がめつい魔術師
岸に上がってこの場から離れようとする。
「ちょっと待ってください」
「んだよ?」
「何か忘れていませんか?」
最初から何も持って来てないので忘れる物なんてないはずだ。
「お礼ですよ!お・れ・い!!まさか私がタダで動くと思ったのですか?」
「そういうことは最初に言っておけよっ!」
あーあ、俺、何も持ってないし。その辺に落ちているものを見ても、ワカメや貝殻などの使い物にならないものばかり。コイツがこんな物で首を縦に振る訳――ないよな…。俺がウンウン悩んでいると思いついたように口を開いた。
「そうですね…。アナタの歌が聴きたいですね」
へ…?
「そ、そんなことでいいのか?そんな簡単なことでいいんなら…」
俺は息をスゥッ深くと吸い込んだ。歌に集中して、周りの音が聞こえなくなる。いつも海の中で歌っていたけれど地上で歌うのも悪くない…。むしろ気持ちいい。最後まで歌い上げると渇いた音が辺りに響いた。
パチパチパチパチ。
「噂には聞いていましたけど、やはりアナタの歌声は美しいですね。本当はその声が欲しかったところですが、私はどこぞの魔術師のように残酷なことはしたくありませんから」
魔術師は辺りを見まわしながら、もう時間がありませんね、と言い1枚のウロコを俺に渡した。蒼く光るそのウロコは見覚えがある。そう、それはまぎれもなく俺の……。「アナタのウロコです。これを飲めばもとの人魚の姿に戻れます」
なんだ…、コイツ、意外といい奴じゃん。見直したぜ。
「では、私はこれで」
そう言って立ち去るかと思いきや、俺に近づき、アゴを持ち上げたかと思うと…。ちゅっ、と音をたててキスをしやがった。
「なっ…!んなっ…!」
前言撤回。
やっぱりコイツはヤな奴だ!っつーか変態だ。殴ろうとしたらもう海へ帰ってしまった。
(ナニ考えてんだ、アイツ?)
もうアイツのことを考えるのはよそう。会うことはこれきりだろう。住む世界も違ってしまったんだし。しかしほんとにこれからどうしよう。着るものも何もないし。
「さむ…」
今は3月だ。
暦の上では春だけど素っ裸ではさすがに寒い。
ザッザッザッ。
誰かが歩いてこっちに来る音がする。
(やばっ…!)
こんな格好見られたら一発で取り押さえられる。あわてて岩陰に隠れた。暗くて誰かわからないがシルエットからして男だというのは間違いない。月が雲から顔をだし、辺りがうっすらと明るくなった。
足音はだんだん近づいてくる。