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 「もう、恋なんてしないっつーの!」

 握りしめたペアリングを水面に向かって大きく振りかぶり……

 「幸樹のばかやろぉぉぉ!」

 投げ……ようとしたがその手はふと止まる。これじゃあ、普通じゃないか。

 失恋してペアリングを川や海に投げる。ドラマでよく見かける光景ではないか。すっかり白けてしまった気持ちで、振りかぶった手を下して手すりにもたれかかる。ブレスレットが手すりの鉄にぶつかってコーンといい音がした。手すりの上で組んだ腕に頭を乗せると今度はネックレスがぶつかってコンと軽い音がした。初めての、恋だった。いいや、違う。好きになった人は今までもいた。だけど、両想いになったのが初めてだったのだ。

 十九歳にして、初めての恋。楽しいこともたくさんあった。悲しいこともたくさんあった。いちいち笑って、いちいち泣いた。こんなに楽しくて面白いことがあったんだって、短いけれど今までの人生を悔いてしまいたくなるほどだった。惚れていた。それは間違いない。

 彼のためにだったらなんでもできた。いつでも、なんでも犠牲にしてついて行っていた。それが重かったのかもしれない。本人に言われたことはなかったけれど。

 そんな恋に終わりを告げたのは自分からだった。愛されていない。そう感じたのだ。そして、尽くしている自分が馬鹿みたいに思えた。それが別れの理由だった。

 与えることに慣れてしまってもらうことを忘れていたのかもしれない。彼のくれるものを与えることばかりに夢中になっていて、見えていなかったのかもしれない。考えれば、考えるほど、わからなくなる。自分が未熟だった。そう思うとどこか納得できた。

 「はぁ……」思わずため息がこぼれた。

 決していい恋愛をしたとは思えない。別れた直後だからかもしれない。もう恋なんてしたくない、そう強く思っている。嘘じゃない。嘘じゃない。嘘なんかじゃない。

 「好き」右目から生温かい液体が溢れて、頬を伝った。「……だったよ」

 街の灯りが綺麗だった。取り残されたように感じるほど、綺麗だった。後ろを自転車に乗った誰かが通り過ぎる。視線を背中に受けていたが、気にならなかった。気にしている余裕がなかった。

 濡れた頬を冷たい風が通り過ぎた。もうじき、秋がくる。そして、冬がくる。

 自嘲気味に笑って、腕に顔をうずめる。流れ出る液体は止まらない。

 だいたい一年前のこの時期だった、彼と出会ったのは。そして、好きになった。それから、嫌いになった。

 たった一年も続かない、短い恋だった。短い恋ばかりしてきた彼は長いと言っていた。だけど、あたしにとったら短くて、儚い恋だった。

 「……?」微かな振動に顔を上げる。「メール?」

 鞄をあけて、光を放つ電子機器を取り出す。

 パカ……。軽い音がして光が大きくなる。予想通りメールの受信を告げる表示にすぐさまメールを開こうとした。

 (誰だろ……)簡単な操作をするとメールが開けた。「チェーンメール……」

 くだらない。このメールを10人に送らなければ不幸になると謳った文を深く読むこともしないで、パタンと携帯電話を閉じることで消し去る。もう一度腕に顔をうずめてため息を一つ。また顔をあげると、右手に握りしめた指輪を取り出して、街灯の明かりに照らす。プラチナで出来ているそれは街灯に照らされて輝いていた。

 何の装飾もない指輪。体温で生温い。『K&M 24n7with U』内側にはそう刻印されている。ずっと一緒にいようねという意味だった。ずっと、一緒に。いれなかったじゃない。ばか。ばか。ばか。嫌い。

 何度目かのため息が出て、虚しくなった。このまま普通の女の子みたいに失恋に悲しむ、なんてどこか馬鹿らしい。(普通すぎる、今のあたし)普通なんて、嫌だ。携帯電話をひとまずポケットに閉まって、鞄からタオルを取り出し、頬を拭ってまたしまう。そして、指輪を街灯に照らした。

 刻印を指で撫でる。撫でて、撫でて、考える。このままこの指輪を持っているのは、未練がましい。そして、それもまた“普通”だった。

 「……」

 もう一度メールを見ようと携帯電話を開く。開けばすぐに表示されるメールをさっきは大して読まず閉じてしまったが、今度はじっくり読んでみる。

 『このメールを見たら必ず24時間以内に10人に回して下さい。回さなかったやつはケータイのGPS機能で居場所を調べ……』あとはちんけな脅し文が並んでいる。

 パコンとさっきよりも強めに携帯電話を閉じて顎に当て、考える。

 (チェーンメール……か。たしか不幸の手紙だか幸福の手紙だかが元となったいたずら、だよね……)ちょっと考えて。(面白い、かも)

 チェーンメールなんて、古いいたずらだけど。面白い、かも。ううん、面白い。

 「名付けて、チェーンリングだ」

 指輪をぎゅっと握ってから、鞄に大切にしまった。


 誰にでもなく、ニコっと笑って歩き出した。

 頬を伝った生ぬるい人間らしい液体はいつの間にか、乾いていた。




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