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第1話 待って。おいていかないで。先生。

 泣きむしな画家のお弟子さん。


 待って。おいていかないで。先生。


 私にはとってもとっても大好きな絵があった。

 半分くらい死んでしまっていた私を救ってくれて、私に絵を描くことの素晴らしさを教えてくれて、私の人生を変えてくれた絵だった。

 あの題名は『太陽』。

 その絵を描いた人はとっても若い天才の画家さんで(いろんなところで天才って書かれていたり、言われたりしていた)小さな子供のころからずっと天才で、十代のころにはもうプロの画家さんになって、とっても、とっても有名になって、そして二十代のころに、いろんな伝説的なことをして(何百億円で絵が売れましたとか。こんな世界的な賞を世界最年少で受賞しましたとか、あるいは、大きな公的なところでの歴史に残るような大失敗とか、そんなことだった)そして、あっという間にこの世界からいなくなってしまった。

 とっても重い病気になってしまって、二十八歳か九歳くらいのころに亡くなってしまった。(あんまり考えないようにしているから、正確にはわからなかった)

 そんな若き天才の画家さんのお名前はうみと言った。

 うみさんは私の絵の先生だった。

 心の先生とか、絵の目標にしていますという意味の先生ではなくて、『本当に私の絵の先生をしてくれたのだった』。

 半年という短い間だったけど、私とうみさんはずっと一緒にいた。

 二人だけで、森の奥にある小さなアトリエの中で、ずっと二人で絵のことだけを考えて、好きな絵ばっかりを描いていた。

 アトリエの中でうみさんはいつも幸せそうに笑っていた。(だから今も私の心の中にいるうみさんはいつも笑っていた。なんだか泣いてばかりいる私のぶんまで笑ってくれているみたいだった)

「不思議だよね。絵ってさ。どうしてこんなに夢中になれるんだろう。子供のころからずっと絵を描いているけど、今も描きたいことはなくなったりしない。なくならないだけじゃなくて、もっともっと描きたいものが増えていく感じがするんだ。ふうせんみたいに心が膨らんでいくみたいに。時間がいくらあっても足りないくらいに、描きたい絵がいっぱいある」

 私は今、大きな真っ白なキャンパスの前に立っている。

 もちろん、絵を描くために、ここにいる。

 うみさんと二人だけで一緒に暮らした森の奥にある小さなアトリエの中で、ひとりぼっちになって、立っている。

 うみさん。うみさんがいなくなってしまった世界の中で、私はどんな絵を描いたらいいんでしょうか? ふがいない弟子にそれを教えてください。うみさん。

 私の目はずっと真っ白なキャンパスを見つめている。

 手にはブラシを持っているけど、『なにも描くことができないでいる』。

 こうしている間にも、砂時計みたいに、時間がこぼれ落ちていく。

 とても大切な時間が、とても大切な命がこぼれ落ちて、なくなっていく。過ぎ去ってしまう。

「永遠にこの世界に残るものなんてなにもないよ」

 ううん。それは違います。うみさん。『あなたの絵は永遠に残ります』。きっと永遠に。いつまでも。いつまでも。残ります。

 私の手は動いてくれない。私の足は一歩を踏み出してくれない。私の目は真っ白なキャンパスを見ていることしかできない。

 新しい絵も、描きたい絵も、なんにも見えてこない。

 なんだかまた泣きてしまいそうになった。(もう涙が少し溢れてきた)

 私の絵は、永遠に残るどころか完成さえしていない。

 絵を描くことは楽しいことばっかりじゃない。苦しいこともたくさんあるんだ。

 うみさん。どうして死んでしまったんですか?

 うみさんが描きたかった絵を私は描くことができますか?

「自分の絵を描くんだよ。ぼくの絵じゃなくて。君の絵を描くんだ。君だけの絵を。君自身の絵を。ぼくはそんな絵が見てみたいんだよ」

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