表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

悲願の彼女

作者: 天空 浮世
掲載日:2026/04/20

 その日は珍しく、普段はセールスすら鳴らさないインターホンが鳴った。


 部屋の天井まで積み上げられたゴミを掻き分け、インターホンの画面を開く。


 茶色く焼けた液晶に写っていたのは、半年前出ていったはずの彼女だった。


 黒くて艶のある長髪。白いシンプルなワンピースと肩から下げた茶色いポシェット。顔は前髪に隠れて見えないが彼女に違いない。


 あの日、彼女が私の前から居なくなってから、すべてが狂ってしまった。


 私は枕元に置いておいた霧の箱を持ち、ゴミの山を這いずる様にして玄関へ向かった。


 玄関を勢い良く開けると、マンションの通路にゴミが溢れる。


 周囲を見回すが彼女は居ない。通路から体を乗り出して下を覗くと、彼女がマンションの下でこちらを見上げていた。


 このマンションはオートロックだ。以前一緒に暮らしていた時も、彼女は鍵が開くまで、ああしてこちらを見て待っていた。


 ゴミと共に流れ出たサンダルを履き、エレベーターに乗った。扉は開けっ放しだ。


 大切な物はこの箱の中にある。他はもう、どうでも良い。


 フロントの従業員が一瞬嫌な顔をこちらに向ける。


 寝巻き姿に落ち武者のような髪とひげ。木の箱を抱えた姿は、あまりにみすぼらしい。


 マンションの前には誰も居ない。


 彼女はマンションから少し離れた十字路に立っていた。走って向かうも、すぐに息切れして中々辿り着けない。


 彼女は待ちきれないと揺れるようにして曲がっていく。


 何で今になって現れたのか。何で逃げるのか。疑念は尽きないが、それでも追いかける以外の選択肢はない。


 十字路を曲がるとコンビニがある。どこにでもある普通のコンビニだ。


 彼女はコンビニの奥。急な坂の上で座って待っていた。そこから逃げる素振りは今のところ感じられない。


 この坂を登れば。


 最後の力を振り絞って坂道を駆け上った。


 足がふらつく。息も苦しい。気を抜くと倒れそうだ。それでも彼女に会いたい。その一心で走り続けた。


 遂に頂上にたどり着く。眼下には急な下り坂。頂上ではひしゃげたガードレールの前で彼女が寂しそうに立っていた。


「どうしたの、こんなところで」


 彼女に触れようとした手が空を切る。


「あれ?」


 彼女の一は変わっていない。避ける素振りなど一切ないのに、いくら触れようとしても、私の手は彼女に触れない。


 目の前の彼女が揺らぐ。


「待って! 行かないで!」


 私はみじめにも、その場にしゃがみこんで崩れたまま願う。


揺らめく彼女は口元に笑みを浮かべながら、私の手に持ったきりの箱を指さす。


「これを、開けろっていうのか?」


 身体が拒む。もう分かっているはずの事なのに、私の身体はその現実を拒否していた。


「うん。分かったよあける。もう大丈夫だから」


 何度mお自身い言い聞かせて、白い紐で縛られた桐の箱を丁寧に丁寧に解く。


 中にあるのは白い陶器の容器その中にあるのは。


 彼女だ。


 車のブレーキ音。地面に落ちたビニール袋。むせかえるほどの血の匂い。そこに入っていたのはそんな思い出したくもない記憶。けれど、決して忘れてはいけない記憶。


 陶器の容器の蓋を閉める。もう彼女は居ない。いや、元から居やしなかったんだ。


 立ち上がると、箱の隙間から一枚の紙が落ちてきた。


「これは?」


 紙を拾う。メモ用紙だ。それを拾うと、俺は絶句した。


『私、あんなゴミ屋敷に住むなんてごめんだからね』


 当然こんなもの、書いた記憶は無い。


 彼女が生前に書いたのか。いや、あんなになったのは彼女が居なくなってからだ。


 しかし、この柔らかい文字は、丸っこい可愛らしい字は、彼女の書き方そのものだ。


 もしかしたら、彼女の幽霊が叱責しに来てくれたのか? そんな古今無形なことを、でもそうだとしたら。


「ふぅ、頑張るか」


 途中コンビニで買ったアイスを咥えながら、ゴミ袋を広げる。


「ん?」


 ゴミを片していると、インターホンが緑に点滅しているのに気がついた。


「嘘、だろ?」


 インターホンに保存された記録には、たしかに彼女が映っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ