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生きづらいから頑張るのをやめよう!

作者: 空野 奏多
掲載日:2026/04/11

 突然ですがみなさん、寄生虫を知っていますか?


 昔、国立科学博物館行って目にしました。

 サナダムシじゃなかったかなぁ。

 めっちゃ長くてキモいやつでした(語彙力)


 よく知られてるのは、カマキリにいるハリガネムシですね。


 カマキリを水辺に誘導して、最後には腹を……あ、やめときましょうか。でも行動を操れるのはなんかすごいですよね。


 あとアニサキスとか有名ですよね。


 サーモンの刺身とかにいて、食べると胃に穴が空きそうなほど痛いとか。昔上司が痛すぎてロキソンニン推奨の3倍飲んで仕事しようとしてましたが、途中で帰りました。そりゃそう。



 他にも猫にいるトキソプラズマは、人間にうつると症状としてはインフルエンザみたいになります。


 その後男性は頭が悪くなって、攻撃的かつ懐疑的になった上で女性にモテなくなるのだとか。ちなみに女性だとセクシーで社交的になるそうなので、男性側がなんか可哀想ですね。ちなみに妊婦の方だと赤ちゃんにリスクがありますので、普通によくない寄生虫です。



 なんで寄生虫の話こんなにしてるのかというと、我々には全員が持ってる寄生虫がいるからですね。




 知ってます?

 ミトコンドリアっていうんですけど。

 あれ、寄生虫なんですって。




 昔は人の細胞だと思われていたそれは、実は寄生虫だった——これは現代の定説なんだそうです。



 そうです、怖い話してます。



 細胞レベルでの寄生虫だから、赤ちゃんになる前の卵子にもういるそうなので人間は逃げられません。


 ついでにあまりにも人に馴染みすぎてるせいで、その遺伝子の結構な範囲を人間に移してるそうで——その結果、人間は発達したとかなんとか。


 なにせ、ミトコンドリアは人のエネルギーを作り出している、今や人間にいないと成り立たない寄生虫なのでね。取り除いたらもはや死んじゃうんですよ。細胞だと勘違いされるレベルでいるくらいだし。




 わりと人間も、寄生虫に操られてますね。

 なのに我々は自分を疑わず固執しています。

 性格も行動も変えられると信じています。





 でも果たして、本当にそうなんでしょうか?





 別に寄生虫に限った話ではありません。


 例えば、我々がやる気を出すのはドーパミンというホルモン物質によるものだし、不足すればやる気など出ません。集中や活性化にはアドレナリンが、幸福にはセロトニンやオキシトシンが必要です。不足すれば鬱になりやすくなります。


 そもそも心というものは概念であり実物は存在せず、我々は脳内の電気信号で動いていますね。その回路をいじれば、人間など容易く操れるのかもしれません。


 そして根本として、大体の性格や人の容姿、性質を決めるのは遺伝子です。後天的な環境ももちろんありますが、同じ環境で育てても同じにならないのは、遺伝子で決められている性質によるものですね。




 そうです。あなたという個人は。

 我々という人間は。

 実は、心で動いてません。




 寄生虫なら簡単に変えられることが、心で思うだけでは簡単に変えられないかもしれない、ということです。だって全部、決まっちゃってるからさー?


 無理な環境で頑張ってみても、ドーパミンは出ないかもしれません。そうするとまず望まれるほど頑張れないんですねぇ。これは足掻いたところで自分だけではどうしようない。


 薬とかあれば別です。

 でも心持ちでは変わらない。

 それどころか、さらにひどくなる。


 全然そんなことがあり得てしまいます。根性とかいう人は、その環境でもアドレナリンやらドーパミンやらが出せる体質だ、というだけの話なんですね。


 そこで出せない体質の人がいくら頑張っても、同じようにはなりません。つまり心でどれだけ渇望しても、同じ土俵では、同じ方法では、戦いようがない人がいるということです。



 結構、残酷な話です。怖いですね。

 だけど、とても大事な話です。

 それは我々の人生を左右するほどに。




 私は思うのですが——生きづらさというのは、これに気づかず執着することから始まるのではないでしょうか?




 じゃあ何故固執するのか?

 それが優れていると思うからです。

 それが普通で、基準だと思うからです。


 当たり前のものが当たり前ではないと気づけるのは、そこから外れた時だけです。馴染めている間は疑問にも思いません。考える必要がないからです。


 考えるというのは、手間です。

 無駄に電気信号を出すんですよ?

 エネルギー使ったら疲れるじゃないですか。


 ですから、努力したら追いつけるとか、頑張れば馴染めるとかいうのは、消費活動を増やす行為なんですね。


 それは側から見たら馴染んで普通になれているようでも、もしくはそれに近づけているつもりでも、内側では他者より消費しています。その状態で疲労しないのは無理なので、生きづらいなぁと思うわけです。



 それが回復できる範囲ならよし。

 ただし、追いつかないならダメです。

 どんどん健康から遠ざかるでしょう。



 だから生きづらいなら、まず認めないといけないのですね。『これは、自分には合わない、できないことなんだ』、ということを。



 思考に付随して出るはずのホルモンが出なかったら、もうスタート地点にも立てない。その時点で勝負にならない。努力して変われる範囲のことは、ただ自分に向いていて、ホルモンとかの力を借りてできる範囲のことだったということです。



 ある人は友達が沢山ほしいかもしれない。

 でもたくさん人と話すと、疲れてしまう。

 ならその望みは、多分自分のものではない。



 限りなく自分のもののように見えるけれど、本来のラクなものではない——社会というものに魅せられ、操られて作られた望みかもしれません。


 それが普通もしくは憧れだと思い、そうなるようにされているかもしれません。見えない圧力とかで。



 ある人は恋人がほしいかもしれません。

 だけど何かするのは面倒でしたくない。

 本当は無償で尽くしてくれる人がほしい。



 愛を感じるというのは幸せホルモンオキシトシンがみせてくれます。が、それは自分が感じるだけなら関係が続かないですね。相手もホルモンの奴隷ですからね。


 そうなると別の方法で継続しようとします。例えば恐怖で支配するとか、相手のやる気を奪うとか。この時点で本物の愛は受け取れないですけどね。


 ちなみにこれが成功してしまうと愛ではなくて嗜虐心で満たされてるのですけれど、オキシトシンも出ちゃうしドーパミンもでちゃうから本人は気づかないのかもしれません。よ! ホルモンの奴隷‼︎


 そしてストレスを受ける側は一時的にノルアドレナリンで脳を覚醒させるけど、常時継続すると逆に活力がなくなって無気力で逃げられなくなります。


 合わないことを続けることや、ブラックな仕事を辞められないのもこれです。けして愛や努力で続けてるわけではないんですね。


 さてみなさんはどうでしょう。逃げられないだけのもの、経験ないですか?



 憧れというのは一種の夢で幻想ですね。

 夢は見るのは簡単なんです。

 ただし、叶えられるとは限らない。



 何故なら人間のできることは、向き不向きがあるから。だから、世間が普通だとすることができないことがあっても、別におかしくはないし、自分1人でなんとかなるとも限らない。



 向いてないなら、認めるしかありません。



 そして楽になりたいなら、負担を軽くする。

 合わせない、違う方法にする、諦める。

 そういう選択が生きやすくなる秘訣かも。


 例えば片付けが苦手なら、最初から物を増やさない。人を雇ってしまう。アドレナリンが出る方法を考える——たとえば、定期的に人を呼ぶなどして、片付けざるを得ない状況を作るとか。


 そういう、別のアプローチを考えるといいかもしれません。世間にはまらないで、憧れを捨てて、型破りな自分にあった方法にする。それだけで、少なくとも過剰なストレスホルモンコルチゾールから解放されるかもしれません。



 性格はそうそう変わらないです。

 性質や環境でできる物だからです。

 この環境とは良いホルモンの出る環境です。



 行動はたしかに変えられますが、それで変わる範囲には限りがあるというのを知るのもまた大事なのだと思います。


 頑張っても結果が出ない環境は、すなわち生きづらい環境ということです。合わないということです。


 陸に上がった哺乳類が海に適応するには何世代も繋いで進化が必要でしたね。つまり環境によっては適応するには、一代限りでは限界があるということでしょう?



 頑張らないためにどうするかを考える。

 もしくは、頑張らなくていい環境に行く。

 それが生きやすくなるコツかもしれません。




 しかし心で思うことは幻想ではない、ということも大事です。(矛盾)




 電気だなんだと言っても。

 あなたが今感じる感情は、今この時本物で。

 あなたにとって間違いなく存在する物です。


 それを無視しても動けないので、向き合って本当の望みを知り、折り合いをつけ、コントロールする必要があります。社会適応だねぇ。



 全てが自己責任のように扱われるこの世界で、正解を決めるのは自分しかいません。



 それに実は、向いてないように見えても、頑張り続けられるものは向いてます。人間、ちょっとのストレスはむしろ人生のスパイスです。


 全てを手放すのではなく、『生きがい』をみつける——それもまた、生きやすくなるために必要なのではないでしょうか。取捨選択、うまくやってこ!

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