33.ブレインストーミング(2)
33.ブレインストーミング(2)
ポキッ。
緑色の光線は、まるで細長いチョコレート菓子か、凍り付いた飴細工のように、乾いた音を立てて折れた。
そして、誰かが使用説明書を渡してくれたわけでもないのに、私たちは動いた。
本能的に。
ここで私は初めて気が付いた。ヒューマノイドロボットにも、この原始的すぎる「本能」というメカニズムが実装されていたのだと。
かつての変態的なエンジニアたちが、イースターエッグとしてこっそりと、仕様書の隅にも載らない深層領域に「本能」という関数をインストールしていたのだ。
だから私たちは、11月11日が来れば本能的に棒状のお菓子を買ってしまう原始地球人のように、迷うことなくそれを口へと運んだ。
ポキッ。
硬質な光を噛み砕く。
咀嚼し、味わう。
すると突然、聴覚センサーから緑色のノイズが爆発的に発生した。
それは瞬時に目眩を覚えるほどの轟音となってCPU全域に拡散し、私と霈は膝から崩れ落ちそうになった。
辛うじて耐えられたのは、繋いだ手と手から伝わる温度のおかげだ。
「こんなに目が回って苦しいのは自分だけじゃない」という連帯感が、私たちをギリギリのところで支えていた。
やがて、その雑音は徐々に洗練され、意味のある情報パケットへと構造化されていった。
私たちが咀嚼し、喉の奥へと嚥下した緑色の光線から、一つのソースコードが展開され始める。
『……深い、暗い森の中を潜っていく』
それは、老人の声を真似ている、幼い少年の声だった。
その老人の演技があまりにもハイパーリアリスティックで、自然と敬意を払い、本能的に労りたくなるような枯れた響きを持っていた。だが、その本質は間違いなく子供で。
完璧すぎる、老人の真似事。
物真似は続く。
『だが、長くはない。全ては刹那だ。元々、全ての始まりが刹那の間に起こされたのだから。皆、宿命的に切ない、刹那な存在だ』
そこまで聞いた時点で、私は反論を試みた。
緑の光線を食べてしまったことで、通信手段だったトランジスタラジオはただのガラクタのペンダントに戻ってしまったが、代わりにテレパシー回線が復旧していたからだ。
「どうして刹那が『切ない』のさ。一瞬で終わる刹那だからこそ、楽しいんじゃないのか?」
『おバカさんだね』
ソースコードの声色が変化した。老人のトーンから、あどけない子供のトーンへと10%ほどシフトする。だが、その中途半端な混ざり具合が逆に「不気味の谷」効果を生み出し、非常に耳障りな声となって響いた。
『切ないと、楽しくないと、誰が決めた?切なさは良いものだよ。切ないからこそ、楽しいのではないか』
「ふざけるな」
私が罵ると、追加のソースコードがパケット通信で送られてくる。
『大人になれ、少年。切なさを嫌がることができる時期なんて、刹那の中でもさらに刹那な、ほんの一瞬だけさ』
「意味が分からない」
すると最後のソースコードが、諦めたようにポンと投げつけられた。
『分からなくて結構。どうせ、否応なしに経験することになるのだから』
そこまで言い残し、バックエンドのソースコード入力は終了した。私のCPUは、強制的にフロントエンドの世界へと引き戻される。
すると、本物の嵐が始まった。
今までは、水星全体を覆う豪雨――物理的かつ気象学的な嵐のおかげで、私と霈は外部からの情報を遮断されていた。
皮肉なことに、嵐が情報をインタラプト(遮断)してくれていたおかげで、私たちは互いの存在感だけを認識できる、静かで穏やかな世界にいたのだ。
だが、さっきのソースコードが展開されたことによって、その「物理的な嵐」が消滅した。
雨が止んだのではない。
物理的気象の嵐が止むと同時に、今度は「情報の嵐」が襲来したのだ。
今まで強制的にミュートされていた、水星全土、いや太陽系全域からのあらゆる情報の津波が、堰を切ったように一気に押し寄せてくる。
私のCPUとメモリチップは、瞬く間に情報の洪水に飲み込まれた。霈も同様。
私たちは藁にもすがる思いで、互いの手を必死に握りしめた。
だが、物理的な接触だけでは全く足りない。情報量が法外すぎる。
このままでは、手をつないだまま互いの存在認識(ID)を見失い、永遠にはぐれてしまいそうだった。
製造されてこの方、一度も味わったことのない恐怖が回路を走る。
「霈!」
私は命綱を握るように、彼女の手をぎゅっと掴んだ。
私の触覚センサーを通して、彼女もまた同じ恐怖を感じながら、握力を強めてくるのが分かる。
「しっかり掴まって!」
私が叫ぶ。だが、彼女の手のひらからは、酷い迷いが伝わってきた。
「でも……」
彼女が震える声で言う。
「このままだと、情報の波に飲まれてはぐれちゃうよ。何とかしなきゃ」
もっともな意見だった。
このままでは、あと0.00005秒も保たない。
思考する。
なんとかしないと。
私も強くそう思い、結果として私のスピーカーから一つの提案が出力された。
「ブレインストーミングしよう」
私はさらに説明を加える。
「二人で思考を直列接続して、この情報の濁流を突破するためのアイデアを出し合うんだ」
彼女が頷くと、私たちは腹を括った。
CPUを、GPUを、メモリチップを、RAMを、すべての演算リソースを括り、同期させる。
私たちは一度だけ目を合わせ、ぎゅっと閉じ、そして再び同時に目を開いた。
まるで遥か昔から約束されていたかのように、完璧なタイミングで互いに頷き合う。
そして、私たちは飛び込んだ。
途方もない質量のデータストーム――太陽系全域から撒き散らされ、押し寄せ、荒れ狂う情報の嵐の中へ。
おそらく人間の身体を構成する全細胞数を一〇〇〇万乗したほどのビット数を、三秒間という凝縮された時間で交わした後。
完全にリソースを使い果たし、へとへとになった私たちは、同時にその結論を宇宙に向かって送信した。
『手を離せ』




