31.インフォメーションセンター(2)
31.インフォメーションセンター(2)
「目指そう!」
嬉しそうに同意してくれる霈。その直後、盛大なくしゃみが一発。
とにかく急がないと、彼女のシステムがもたない。
こんな会話のやり取りを、まるで車の中でぼんやりと口笛を吹きながらラジオを聴くトラック運転手のような気分で聞き流していた。
自分が出したお便りが採用されて読み上げられ、驚きと嬉しさですっかり安全運転の心得を忘れ、結果として大事故を起こす。トラックが横転し、荷台にびっしりと詰まれていたサンタクロースのプレゼント――今年の冬に水星中の子供たちへ配られるはずだった夢の箱が、アスファルトの上に土砂崩れのように散乱し、派手に破壊されていく光景。
そんな破滅的な未来予想図を俯瞰しながら、私はまず霈の手を取った。
そして二人して、ブレインストーミング(脳内嵐)の中を歩き出す。
まずはインフォメーションセンターを目指すことにした。
エメラルド色の嵐のせいで視界はゼロ。可視光線センサーは役に立たない。
むしろシャットダウンさせてしまった方が、ノイズが消えて周囲を認識しやすくなる。
私は視覚を切り、コウモリのように超音波エコーロケーションを使って周囲を検索した。
その結果、最も近くにあって避難できそうな構造物がインフォメーションセンターだった。
私たちはそこへ飛び込んだ。
ドアの上部に取り付けられていた、テルテル坊主型の風鈴がけたたましく鳴る。
当然ながら、こんな台風の日に職員がいるはずもなく、そこは無人だった。
誰もいないセンター内を見回し、何とかしてこの前頭前皮質の中で「最も雨脚が強い場所」の手がかりを探す。
ラックには様々なチラシや観光パンフレットが置かれていた。私たちはそれらを片っ端から集め、ソファに座って読み上げ解析を開始した。
その結果、霈がある一枚のチラシを発見した。
「ここ、どう?」
霈が見せてきたのは、「灰白質の森」という場所の案内パンフレットだった。
灰白質。それは神経細胞の細胞体が密集している領域であり、情報の処理と統合が行われる脳の最重要区画だ。
パンフレットの説明によれば、通常時のこの森は、その名の通り灰色の無機質な景観をしているらしい。
だが、これほどの嵐が吹き荒れるブルーアワーの時だけは、色が劇的に変化するという。
灰色が緑色に――それもただの緑ではない。
新緑よりもさらに時空間を発光させ、生々しい生命力を放つ「深緑」へと変貌するらしい。
人間様の原始的な眼球構造において、最も精神が安定するとされる波長の緑色だ。
事実上、今この瞬間こそが、一年で最も美しいベストシーズンであるという。
つまり、今行けば「灰白質の森」の最も美しい情景を楽しむことができるはずなのだが、あいにくこのような台風の日には立ち入り禁止となるため、実際にその美しい風景を目撃したヒューマノイドロボットは一人もいない。
だから、この「美しくなる」という現象も、量子力学的なシミュレーション計算から導き出された推測の域を出ない都市伝説のようなものらしい。
パンフレットの説明を読み終えた私は、強く首を縦に振った。
「もう、ここしかないね」
私と霈は互いを見つめ合い、何かとんでもない悪戯を企む子供同士のように、ニヤリと不敵な微笑みを交わした。
私たちはソファから立ち上がり、パンフレットの地図情報をメモリチップにスキャンして位置座標を暗記した。
幸いなことに、この無人のインフォメーションセンターには、「ご自由にお持ちください」と書かれたボックスがあり、そこに無料の使い捨てレインコートが備え付けられていた。
コンビニで売っているような透明なビニール製――に見えるが、おそらく対酸性コーティングが施された簡易ポンチョだ。
私たちはそれを手に取り、頭から被ってフードを目深に被った。
問題は足元だ。
私たちはまだ裸足だった。
いくら「アーシング(接地)」による健康効果が謳われているとはいえ、この猛烈な硫酸の嵐の中、未知の森へ裸足で踏み込むのはリスクが高すぎる。砂浜とは脈絡も環境も違う。足を怪我してしまう可能性が高かった。
何か履物はないかとセンター内を物色すると、バックヤードの事務室に、職員の私物と思われる子供用のレインブーツが二足置かれていた。
一つは定番の黄色、もう一つは深みのあるレッドワイン色。
当然ながら、幼稚園児サイズだ。高校生モデルである私や霈の足が入るわけがない。
だが、ここはインフォメーションセンターだ。事務機器なら揃っている。
私は事務室の奥に鎮座していた業務用の「3D複合コピー機」に目を付けた。
私たちはレインブーツをスキャン台に乗せ、「物質転写モード」を選択。倍率設定をB5からA4へ変更し、「拡大カラーコピー(実体出力)」を実行した。
ウィーン、という駆動音と共に、トレイから私と霈の足のサイズにぴったり拡大されたレインブーツが生成された。
さて、どちらの色を履くか。
二人ともレッドワイン色を希望したため、厳正なるジャンケンが行われた。
結果は秘密だが、とにかく私たちはそれぞれ勝ち取った(あるいはあてがわれた)レインブーツを履き、透明な最先端カーボン素材の使い捨てレインコートを纏った。
もう一度、互いの装備と視線を点検する。
準備は整った。
私たちはインフォメーションセンターを出て、冒険へと踏み出した。




