22.青感(2)
22.青感(2)
泳がせる。
水星特有の、わずかに粘度を感じさせるような重い空気を、私の手が掻き分けていく。
その感覚は、まるで私の手自体が一匹の金魚になったかのようだった。
ここで一つの発見があった。
なぜかは全く分からない。どのようなアルゴリズムが作用したのかも不明だ。だが、「金魚」という生物のイメージを自分の手に代入し、感情移入させた途端、触覚の感度が飛躍的に向上したのだ。
解像度が上がり、動きが滑らかになり、感覚が具現化された。
おそらく「触覚」という感覚と、「金魚」というドローンの間には、密接な相関関係があるのかもしれない。この興味深い仮説は、後でじっくり検証するための宿題としてメモリに保存しておく。
私は引き続き、金魚となった右手を泳がせた。
あてもなく彷徨わせるのも魅力的だったが、あいにく今の私の手(金魚)は明確な目的を持っていた。その目的意識は強力で印象的だったため、本物の金魚のように0.00000000003秒で忘却することもなく、一直線に目標へと向かっていく。
やがて、金魚は何かを感知した。
餌を見つけたかのように、私の手(口)がパクッと開かれる。
そして、ロックオンされた対象へと静かに噛みついた。
噛みつくといっても、親指と人差し指を連携させ、目標物をそっと摘む程度の力だ。
金魚が口にしたのは、何か柔らかく、ぷにぷにとしたものだった。
指触りが良く、温かい。
だが、これだけでは何なのか判別できない。
「群盲象を撫でる」の寓話にある通り、象の鼻だけを触って「蛇だ」と断定するのは愚かだ。このぷにぷにした感触だけで全体像を決めつけるわけにはいかない。
私は指先を滑らせた。
金魚が水草の間を縫うように、スムーズに、対象の表面をなぞっていく。
その輪郭を、触覚というソナーでスキャンしていく。
すると、それは顔だった。
最初は中心部から。私の指(金魚)は、まず鼻を認識した。
そこから花が咲くように探索範囲を広げる。その反動で額へと当たり、滑らかな曲線をなぞる。
耳の稜線を辿り、顎のラインを滑り落ちるように移動する。
そこから軌道を修正し、唇を目指す。
だが、ここで微細なエラーが生じた。
リップクリームを塗ろうとして手元が狂った時のように、指先がピクリと跳ねたのだ。
結果として、指は唇ではなく、その上部――人中(鼻溝)へと軌道離脱してしまった。
私の金魚は人中のくぼみを通り抜け、そこから滑り落ちるようにして、ようやく目的の唇へと辿り着いた。
私は親指の腹を唇に当てた。
まるで指紋認証を行うかのように、あるいは秘密のスイッチを押すかのように。
私はその柔らかい唇の合わせ目に、ぐっと――しかし強すぎず、そっと押し込むように力を加えた。
すると、その唇がゆっくりと開いた。
今朝のブルーアワーに不満げな蕾が、気だるげに綻ぶような調子で。
彼女は私の金魚を、自身の口内へと招き入れた。
そして、金魚は噛まれた。
最初は、子犬が飼い主と戯れる時のように。甘噛み程度の、指を傷つけない優しい力加減だった。
だが、それは徐々に強まっていった。
次第にシャレにならない圧力へと変化し、ジャングルのピラニアに指を食いちぎられるのではないかという危機感が募り始める。
そろそろ指を――金魚を、この口から引き抜いた方がいい。
そう判断したが、遅かった。
釣り針が深々と突き刺さった魚のように、私は後戻りできない状態に陥っていた。完全に捕らえられたマグロのように、まな板の上で解体ショーに晒されるのを待つしかない立場へと転落していたのだ。
痛い。
噛む力が強すぎる。
おそらく私は喘ぎ声――あるいは呻吟の声を上げていたと思うが、その音波は瞬時に雨音へと変換され、青いノイズの中に消えていった。
結局、私の親指の皮膚が裂け、血が滲み出した。
彼女はそれを待っていたかのように、ストローでコーラやスプライトを吸い上げるように、ごくごくと私の血を飲み始めた。
その吸引感。
ドラキュラに生命力を吸われているかのような、エネルギードレイン。
だが、それはあながち苦痛だけとは言えなかった。
ある種の背徳的な快楽が伴う、奇妙な感覚。
吸われていく過程で、私は徐々に学んでいった。
これが「青感」なのかと。
こうして私は、霈という輪郭と共に、金魚と献血を通じて、「青を感じる」ということを学習していった。




