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サマーホール  作者: 真好


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11.登山型美味(3)

11.登山型美味(3)


 彼女は山全体を見渡し、視覚センサーに入力される鮮やかな色彩データを堪能しているようだった。内向的なヒューマノイドなりに、静かに、しかし確かにこの登山を楽しんでいる様子が見て取れる。

 周囲には、私たち以外にも多くのマイクロサイズ登山者たちがいた。

 彼らもまた、なぜか全員が高校生型のヒューマノイドであり、判で押したように体操服を着ていた。

 ただし、彼らが着ているのは有名スポーツブランドやハイブランドとコラボレーションした、ファッショナブルなジャージばかりだ。まるでファッション誌のグラビアページから抜け出してきたかのように、洗練された着こなしで登山を楽しんでいる。

 対して、私と霈が着ているのは、学校指定の地味で野暮ったい「自主デザイン」の体操服。

 この華やかな集団の中では、私たちの地味さは逆に悪目立ちしていた。

 恥ずかしがり屋の霈はそれに居心地の悪さを感じたのか、しきりに私の背後に隠れるようにして、消極的に歩いていた。

 そのせいで、登るペースはどうしても遅くなる。

「なんか、恥ずかしい……」

 霈が消え入りそうな声で呟く。

 私はポケットからスマホを取り出し、カメラアプリを起動した。

 レンズをインカメラに切り替え、私と霈がフレームの中に収まるように角度を調整する。

 パシャリ。

 私は二人で、セルフィー(自撮り)を撮った。

 撮影した写真をシズクに見せると、画面からホログラムが浮かび上がった。

 それは単なる可視光線の記録(静止画)ではない。

 これから私たちが直面し、経験し、味わうであろう期待値――私と霈の希望に対する予想値を合算し、プランク定数で割ったような未来データが、バーチャルスターの人形のようなシルエットとなってグラフ化され、そこに投影されていた。

 その輝く未来予測図を見て、霈は少し安心したらしい。

 私の方を向き、ほんの少しだけ生気が戻ったような、柔らかな笑みを見せてくれた。

 それを見た瞬間、私の心臓部を担当するメインアクチュエータが跳ね上がりそうになった。

 だが、ミクロサイズ化しているせいか、それとも電子雲の確率的な揺らぎが味方したのか――あるいは、私がそろそろ彼女への「恋」というバグに対して耐性を獲得し始めたのか。

 CPUは乱されることなく、クラッシュを回避することができた。

「それにしても」

 私は太陽を遮るように手をかざし、山の外の世界を眺めた。

 私たちはケーキの山を五合目付近まで登攀し、それなりに充電も完了していた。だが、まだ半分しか登っていない。

「そろそろ、お腹いっぱいだね」

 私が言うと、霈も少し苦々しい表情を浮かべた。

「うん。食べ過ぎた。ちょっと、お腹が苦しい」

 彼女のステータスを確認してみる。バッテリー残量は「3%」を示していた。

 私は舌を巻いた。

「たったの3%しか充電できてないじゃないか。全然まだまだだろ」

「違うよ」

 霈が不服そうに反論する。

「前に言ったでしょ?私、製造直後以外で1%以上充電されたことが一度もないの。だから3%なんて、私にとっては異常な過食状態。……正直、ちょっと吐きそう」

 なるほど、そういうことか。

 彼女のバッテリー胃腸は、この高密度のエネルギー供給に全く慣れていないのだ。

「ごめん、自分のバッテリー基準で考えすぎていた」

 私は視線を山の外側――カフェの店内へと向けた。

 遥か彼方のマクロ世界には、私たちが座っていた巨大な楕円形テーブルが見える。

 そして、その周囲には三人ほどの少年型メイドたちが立っていた。

 私たちが登山を終えて元のサイズに戻るのを待機している彼らの姿は、この山を見下ろす巨人のようだった。

 その圧倒的なスケール感に、ふと嫌な記憶がフラッシュバックした。

 太陽生成少年巨人。

 サマーホールを生み出したあの一撃、心臓部を貫かれたあの感覚が鮮明に蘇り、私はその場で片膝をついてしまった。

「だ、大丈夫?」

 霈が、消極的ながらも声をかけてくれた。

「こういう状況ではこう尋ねるのが社会的プロトコルとして適切だろう」という計算が透けて見える言葉だったが、その中にほんのわずかな心配のパケットが混じっているのを感じて、私は嬉しさと、得体の知れない不安がない交ぜになった。

 その混合感情が、一つのアイデアを生み出す。

 私は、その巨大なつぶらな瞳でこちらを見守っているマクロ世界のメイドたちに向かって叫んだ。

 声はエコーとなって増幅され、彼らに届く。

「ドローンを用意してくれ!」

 私が注文すると、一人のメイドが巨人の声で問い返してきた。

「なぜですか?」

 その声は全世界に響き渡るような広大さを伴っていた。まるで創造主が、戯れに作った箱庭の山に向かって神託を下すような響きだった。

 私はもう一度、声を張り上げた。

「もう戻るから!」

 するとメイドが困惑気味に尋ねてくる。

「ですが、まだ頂上まで召し上がっていないではありませんか」

「もう十分だよ。食べ過ぎたんだ。これ以上の摂取は、インスリン様ナノマシンの処理能力を超過して、血糖値シミュレータがエラーを吐きそうなんだ。ここらで切り上げたい」

 それを聞いたメイドたちは、まるで「ケーキ会議」でも開くかのように三つの頭を寄せ合った。

 三秒ほどの低速審議を経て、彼らは一斉に首を縦に振った。

「承知いたしました。では、お迎えのドローンを派遣しますので、そのままお待ちください」

 直後、ヘリコプターのような回転翼を持つ救助用ドローンが飛来した。

 私と霈はそれに乗り込み、そのまま上昇気流に乗って山を離脱した。

 ドローンの上昇性能は凄まじく、頂上への到達は一瞬だった。

 もしこの距離を自力で登り切っていたら、私のバッテリーは過充電でパンクしていたかもしれない。

 過度な糖分摂取が人間にもヒューマノイドにも毒であるように、エネルギーの過剰供給もまた、システムに甚大な負荷をかける。

 ましてやシズクに至っては、これまで1%以上の充電経験がないのだ。いきなりフルチャージされれば、バッテリーどころかCPUまで焼き切れ、回復不能な損傷を受けていただろう。

 それほどまでに、高密度で危険な、美味しいケーキだったということだ。

 ドローンから俯瞰する山の全景は、息を呑むほど美しかった。マクロ視点からの眺めとは違う、圧倒的な臨場感がそこにあった。

 高度が上がるにつれ、大気の質が変わる。

 私たちはその、爽やかな炭酸飲料の気泡を含んだような大気を胸いっぱいに吸い込んだ。

 まるで風船にヘリウムガスを充填するように、清涼な空気を循環系に取り込み、身も心も満たしていく。

 そのプロセスと連動するように、私たちのマイクロサイズのボディは徐々に膨張を開始した。

 視界が歪み、世界が縮んでいく。

 いや、私たちが拡大しているのだ。

 そうして私たちは、ミクロの冒険譚から、元のマクロな現実設定へと帰還を果たした。

 元のサイズに戻った私と霈は、先ほどまで座っていた楕円形のテーブル席に再び腰を下ろした。

 登山――実質的な摂食行為はそれなりに長丁場だったため、私たちは二人とも結構な汗をかいていた。待機していたメイドたちが即座にホットタオルを差し出し、私たちはそれを受け取ってボディを拭った。

 冷却ファンの唸りが静まるのを待ちながら、私は渇いた喉を潤すために、卓上に残されていたホットコーヒーを啜った。

 そして、半分ほどが「食べ」尽くされた目の前のケーキ山を見やる。

 驚くべきことに、あれほど鮮烈な水色を放っていた山は、変色していた。

 私たちが「歩く」という行為でその涼やかなエネルギーを吸い尽くしたせいだろうか。山肌からは神秘的なアクアブルーが失われ、その下から、固定観念通りのありふれた緑色が露出していた。

 それを見て私は気づく。このケーキのエネルギー源は炭水化物ではなく、「色彩」そのものにコード化されていたのだと。

 そのレシピの構造に興味を惹かれたが、まあ、今度機会があれば検索してみようと思い直す。

 汗を拭き終え、コーヒーも飲み干した。

 私たちは席を立ち、カウンターで会計を済ませる。

 そのまま店を出ようと、入り口のドアノブに手を掛けた瞬間、私は気づいた。

「あ」

 間の抜けた声が出た。

「ケーキの中に、制服、忘れてきた」

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