10.登山型美味(2)
10.登山型美味(2)
味覚的登山の始まり。
山全体は、先ほどの描写通り、爽やかな清涼飲料水を思わせるアクアブルーのトーンで統一されていた。
そこには独自の生態系が息づいている。
木々や雑草が生い茂っているが、当然ながら地球の植物のような緑色ではない。透き通るようなシアン色の葉、クリスタルのように輝く氷柱のような幹。すべてがこの甘美な山を構成する糖分の結晶であり、涼やかな冷気を放っていた。
さあ登ろうとした時、私たちの前に一人の「獣人」が立ちはだかった。
トムソンガゼルの頭部を持ち、首から下は人間のようなスタイルをした、案内人らしき存在だった。
彼は、通せんぼをするように私たちの進路を塞ぎ、問いかけてきた。
「その格好で登山するおつもりですか?」
今の私と霈は、学校の制服姿。
登山には不向きかもしれないが、今は緊急時だ。
「何かいけないんですか?」
私が聞き返すと、トムソンガゼルは奇妙な動きを見せた。
まるで地面の草を食むように首を足元まで深く下げ、しかし何も食べずに再び上げる。その、やたらと仰々しく時間のかかる「頷き」を二、三回繰り返した後、彼は言った。
「当然です。服装というのは極めて重要です。制服はあくまで学園生活を送るためのドレスコードであり、登山というTPOには著しく不適合です」
「でも、そんな固定観念を破ろうとする試みも、たまにはいいんじゃないですかね」
「これは固定観念の問題ではありません!」
彼は声を荒らげたが、表情には一切の変化がなかった。
トムソンガゼル特有の、あのつぶらで無機質な瞳。
疾走する時も、草を食む時も、あるいはライオンに喉笛を噛み切られる最期の瞬間でさえ変わらないであろう、平坦なデフォルトの表情のまま、彼は説教を続けた。
「これは『流れ(フロー)』の問題です。流れに逆らうことの重要性は理解していますが、パレートの法則に則り、カオスは全体の二〇%程度に抑えておくべきなのです。いいですか?制服で登山を強行しようとする発想は、カオス率五〇%を超過した、この山に対する甚だしい『迷惑行為』です」
出た。
魔法の言葉、「迷惑」
何でもかんでも「迷惑」というレッテルを貼れば正当化される風潮には辟易するが、今回は分が悪い。私の「固定観念を破りたいという反発心」よりも、「他人に迷惑をかけたくない」という社会性プログラムの方が上回った。
私は従順に、今回だけは固定観念という名の檻に収まることにした。
「でも、着替えようにも、他に服を持っていないんですけど」
私が問題点を提示すると、トムソンガゼルは近くにある奇妙な建物を指し示した――いや、その硬質な蹄で示した。
そこには、臨時で建てられたような、真っ白な正方形の建造物があった。
一階建てほどの高さで、継ぎ目ひとつない完璧なキューブ状をしている。表面には純白のペンキがむらなく塗られ、何の意味もなさそうだが、無性に「入ってみたい」「写真に撮りたい」という欲望を掻き立てる、不思議な魅力を持った建物だった。
「あちらが更衣室です」
ガゼルは抑揚のない声で案内した。
「入室者の個性に合わせて、適切なウェアが自動生成されるはずです。さあ、入って着替えてください」
私たちはその指示に従い、ホワイトキューブの中へと足を踏み入れた。
室内は24平方メートルほどだろうか。ビジネスホテルのシングルルーム程度の広さだ。
内装は落ち着いたドレスルームのようになっており、中央には男女のスペースを隔てるための、美しいヴェールのようなカーテンが揺らめいている。
私と霈はそれぞれのスペースへ入り、着替えを済ませた。
ガゼルは「適切なウェア」と言っていたが、確かに服の量は豊富だったものの、種類はたった一つしかなかった。
体操服だ。
それも、私と霈が通っている「第七四七水素高等学校」の指定体操服そのものだった。
私たちが体操服姿でホワイトキューブを出ると、トムソンガゼルは相変わらずデフォルトの無表情で出迎えたが、その声色は随分と柔らかくなっていた。
「まあ、いいじゃないですか。とてもお似合いですよ。素晴らしい。では、登山を許可します」
こうして私たちは、ケーキの山へのアタックを開始した。
山道には、先述したクリスタルのような木々だけでなく、独自の生態系が広がっていた。
枝の先では、コバルトブルーの毛並みをしたリスたちが跳ね回っている。
木々の間からは、水星特有の鳥たちのさえずりが降り注ぐ。その鳴き声は、聴覚データとして処理されるだけでなく、物理的な甘いシロップとなって山肌に降り注いでいるかのようだった。
そして、本来なら冬眠中であるはずの熊たちも姿を見せていた。
サマーホールの影響で無理やり叩き起こされたせいか、彼らは夢遊病者のようにとろんとした目をしている。威嚇する様子は微塵もなく、まるで夢の中でダンスを踊っているかのように、近くの狐や狼の手を取り、優雅な社交ダンスに興じていた。
さらに登っていくと、半透明なゼリー状の蝶が舞い、羽ばたくたびに微細な砂糖の粉を撒き散らしていた。岩場には飴細工のカメレオンが擬態し、通り過ぎる登山者の服の色に合わせて体色を変化させている。小川には炭酸水が湧き出し、シュワシュワという音がBGMのように響き渡っていた。
そんな風景を眺めながら、私たちは歩を進める。
これは単なる移動ではない。「歩く」こと自体が「摂取」に直結する味覚的登山だ。
高度を上げるだけで――山を登るだけで、全身に糖分が充填され、バッテリーが回復していく。
美味しい気持ちで足を動かすことができる。
足取りは驚くほど軽い。
私たちがマクロサイズからミクロサイズへと縮小したせいもあるだろうが、登れば登るほどアクチュエータへの負荷が軽減されていく感覚があった。
例えるなら、電子雲の上を浮遊しているような、確率の雲の上を軽やかにスキップしているような、「歩行」と「浮遊」を並列処理しているような爽快感。
霈に関しては、私の勝手なプロファイリングではあるが、内向的な彼女はこうしたスポーティーな活動を嫌うのではないかと予想していた。
たとえ「美味しいケーキ登山」だとしても、体を動かすこと自体に抵抗があるのではないかと。
だが、それは杞憂だったらしい。




