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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

スクウィッドマン

 アメリカ合衆国カリフォルニア州にある危険なギャングの街、コンプトン。


 綺麗な月が顔を出す真夜中。コンプトンの郊外に位置する倉庫内で、真っ黒なスーツを着た男たちが佇んでいる。


 その男たちを侍らせたグラサンの黒人がニヒルな笑みを浮かべていた。彼の正面にいる痩せこけた金髪の男性に対して、


「約束のブツは用意した。受け取れ」


 低く呟いたあと、そばに控えた黒スーツのひとりに命令した。下っ端は灰色のスーツケースを持って金髪の男性のもとまで運んだ。


 金髪の男性は部下にスーツケースを開けさせた。スーツケースの中に入っていたのは、白い粉を梱包した透明な袋だった。それがぎっしりと大量に積まれている。


 スーツケースの中身を確認した金髪の男性は、


「……確かに。では、こちらも相応の対価を支払おう」


 嗄れた声で手短に返事し、部下に中身の詰まった手提げの紙袋を運ばさせた。紙袋を受け取ったグラサンの黒人は、中身を拝見してほくそ笑んだ。


 誰がどう見てもクスリの取引現場だと断言する一部始終だ。


 こんなクレイジー極まる犯罪の現場に足を運ぶ奴は方向音痴のバカだ。あるいは……。


「グッドアフタヌーン、クズ野郎ども」


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「……っ!? だ……誰だっ!?」


 倉庫内にいる黒スーツたちは声のしたほうに振り返る。視線の先に佇む全身白ずくめのコスチュームに目を白黒させた。


 いち早く平静なメンタルを取り戻したグラサンの黒人は、


「おいっ! なにをボサッとしているんだ! さっさとあの男を殺せ!」


 ふざけたイカ野郎を殺せ、と問答無用に命令した。


 命令に従った黒スーツたちは、懐から拳銃を取り出してイカ野郎に銃口を向けた。


 だが、イカ野郎は慌てることなく笑ってみせた。


「おいおい、そんなに急ぐなよ。レディの身支度も待てない男は一生チェリーボーイのままだぞ?」


 いつの間に移動したのか、イカ野郎は黒スーツのひとりに急接近した。黒スーツの頭を引っ掴んでコンクリートの地面に叩きつけた。


「がっ!?」


 頭をかち割られた黒スーツは苦悶に満ちた悲鳴を上げる。彼は白目をむいて意識を手放した。


「……っ!? この野郎!」


 仲間がひとりやられたことによって他の黒スーツたちが逆上した。彼らはイカ野郎を包囲し、エンペラのついたマスクを狙って引き金に指をかける。


「おいおい、その目いちどメンテナンスしたほうがいいぞ?」


 銃弾が放たれる寸前、黒スーツたちの視界からイカ野郎の姿が消え失せた。比喩でもなんでもない。霞のようにイカ野郎の姿を見失ってしまった。


「ど……どこに消えたっ!?」


 さすがの黒スーツたちも一様に慌てふためく。グラサンの黒人が目を配っていると、すぐ近くから笑い声が反響した。


「ほらほら、俺はここにいるぜ? 間抜けなチェリーボーイたち」


 イカ野郎が黒スーツたちの後ろから姿を現した。そのイカ野郎は、黒スーツたちに向かって黒い液体を吐きかけた。


 黒い液体は黒スーツたちの身体に付着し、全員を地面に縛り付けた。


「な……なんじゃこりゃあ!?」


 かなりの粘り気があるらしい。黒スーツたちの身体にへばり付いたそれはガムみたいに伸び縮みしている。黒スーツたちがいくら暴れてもまったく外れない。


「チェリーボーイの君たちに教えてあげよう。通常、墨を吐く生き物として代表的に挙げられるのがタコとイカだ。その中でもイカ墨は非常に粘性が高くてね。海の中では一箇所に止まりやすいんだよ。イカたちはこれを自分の分身に使うんだ」


 イカ野郎が大仰に両腕を広げながら続ける。


「そのイカ墨を限界まで噛み続けるとどうなると思う? 答えは自分の身で体験してくれ!」


 言葉尻を言い終わると同時に、金髪の男性に黒い液体を吹いた。


「わっ!?」


 イカ野郎の口から出たイカ墨が金髪の男性の全身に張り付く。吐きかけられた勢いに押されて地面に倒された。


「大人しく投降してくれるなら、俺特製のイカ墨パスタを振る舞ってやるが?」


 最後に残ったグラサンの黒人に向けて白旗を上げるよう説得した。


 だが、グラサンの黒人は聞き入れようとしなかった。おでこに青筋を立てながら、これ見よがしに中指を立てた。


「舐めた口を聞くんじゃねえよ! このクソナードがっ!」


 ツバをまき散らしたグラサンの黒人は、懐から四十五口径の拳銃を抜いた。イカ野郎の眉間に照準を合わせて即座に撃ち放つ。


 しかし、ふたたびイカ野郎の姿が掻き消えた。銃弾はイカ野郎がいたところを、なにも当たらずに通過する。


 イカ野郎がグラサンの黒人の背後に出現した。先ほどのイカ墨をグラサンの黒人の背中に吐きかけた。


 先んじて動作を読んでいたのか、グラサンの黒人は淀みない所作で避けた。すぐさまイカ野郎に後ろ回し蹴りを食らわせた。


 対するイカ野郎も、左腕を盾にして敵の蹴りをガードする。


「ジャパニーズカラテか。どうやら今宵のダンスのお相手は当たり(ラッキーセブン)のようだ」


「ほざけっ!」


 グラサンの黒人は足を離し、間合いを取ってから拳銃の引き金を引いた。続けざまに発射された弾丸がイカ野郎の眉間へと向かっていく。


 イカ野郎は被弾する前にふたたび姿を消した。すぐあとにグラサンの黒人の右側に現れ、敵を組み伏せようと両腕を突き出した。


 その行動も予測していたグラサンの黒人は、イカ野郎のアゴめがけてエルボーを繰り出す。グラサンの黒人の一撃がイカ野郎に命中した。


 敵の攻撃を回避できず、イカ野郎の脳みそが激しくシェイクされる。彼はたまらず地面に倒れこんでしまった。


「あばよ、ヒーロー気取りのクソナード」


 グラサンの黒人は手向けの言葉を送り、イカ野郎の眉間を狙って引き金を引いた。


 だが、拳銃を撃ったグラサンの黒人は目の前の光景に絶句した。


 なんとイカ野郎が歯と歯で銃弾をキャッチしたのだ。真剣白刃取りならぬ銃弾取りではないか。


「嘘だろっ!?」


 さすがのグラサンの黒人もイカ野郎の妙技に驚きを隠せないようだ。冷や汗を流した彼は石像のように硬直した。


 その隙を見逃さないイカ野郎は、銃弾を吐き出してから特大のイカ墨を吹いた。


 どろりとした粘着質な黒い液体がグラサンの黒人の身体を絡め取った。吹きかけられた勢いに押され地面に倒れこむ。イカ墨が地面にもくっついてグラサンの黒人の身動きを完全に封じ込めた。


 すっくと立ち上がったイカ野郎は、すぐに警察に通報するべく、懐からスマホを取り出そうとした。


「……おい、クソナード」


 グラサンの黒人がイカ墨に拘束されたまま話しかけてきた。


 耳からスマホを離したイカ野郎は、グラサンの黒人にジェスチャーで話の続きを促した。


「……お前、あの時オレのエルボーをわざと受けただろ」


「さあ? もしかしたら友人のメアリーへのプレゼントを考えていたから、君の攻撃を避けることができなかったかもしれないぞ?」


「とぼけるな。オレのエルボーを食らい体勢を崩せば、オレは絶好のチャンスだと思いハジキを撃つ。だが、その一撃を止められたオレは一瞬だけ動揺し、お前に隙を与えてしまった。つまりお前は、オレの隙をつくためにわざと危ない橋を渡った訳だ」


 グラサンの黒人は言葉を区切り、深呼吸してイカ野郎を睨みつけた。


「……お前、イカれてやがるぜ」


 グラサンの黒人の混じりっけない悪態に、イカ野郎は不服そうに口を曲げた。


「おいおい、ひとのことをイカれているとか失礼にもほどがあるぞ。従姉妹が作ったクソ不味いチェリーパイの不評は言ってもいいが、俺に対するその意見はナンセンスだ」


 イカ野郎はいったん言葉を区切り、グッジョブのジェスチャーで自分を指し示した。


「俺はこのコンプトンの平和を守るイカしたヒーロー、スクウィッドマン! この名前、奈落の底のナイトクラブまで覚えていろ!」


 スクウィッドマン、と名乗ったイカ野郎は意気揚々に締めくくった。


 そのあと、しばらくして警察車両がサイレンの音を鳴らしながらやって来た。ぞろぞろと警官たちが倉庫内に入り、ギャングをひとり残らず取り押さえていく。スクウィッドマンは一斉検挙の場面を確認したあと、警官に呼び止められる前に倉庫を出ていった。


 血と硝煙の薄汚れたコンプトンを綺麗な街にするために。己の理想とする最高にイカしたヒーローになるために、スクウィッドマンは今日もコンプトンを回遊していった。

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