第一幕 記憶の雲の、その向こうへ
空が、近い。
天に届くように高く築かれた学苑。その頂に立ち尽くし、柚木はゆっくりと空を見上げた。
あの戦いのあと、彼はセラテルに願った。
「__やり直したい」と。
すべてを救うために。今度こそ、自分の手で。
「……ここ、は……」
目の前に広がるのは、雲に包まれた幻想の南地方。
風が柔らかく頬を撫でる。だが、胸の奥は強くざわめいていた。
「……遅れると、また失うことになる」
自分の声に自分で鼓舞するように、柚木は歩き出す。
ここには彼がいる。
真中 紗也___
前の世界で魂を喪った、埜楼の大切な幼馴染。
今度は守る。何があっても。
「紗也はまだ記憶を失ってる。でも……間に合うはずだ」
背後から、ふわりと光が舞った。
「……やっぱり、来たんだね」
振り返ると、そこにいたのは__セラテルだった。
「セラテル……良かった。南地方も星の流れが……?」
「うん、ここに導かれたんだよ」
その声音は変わらず穏やかで、どこかすべてを知っているような響きを持っていた。
「紗也を救いたいって、君の願いが強かったからね。」
セラテルの目は、何かを越えた者のように澄んでいた。
柚木は言葉を失い、やがてそっとつぶやいた。
「ありがとう、セラテル。……一緒に、紗也を救おう」
「うん」
風が、白い羽のように空を流れていく。
その向こうに、彼はいる。
柚木とセラテルは風に身を任せ、宙に浮いた。
_____南地方の学苑、空庭にて。
「…あれって…?」
遠くに佇むのは、白銀の雲のベッドで眠る紗也。
そのそばで静かに佇むのは、学苑を統べる者___朱央彼方と、変幻の能力を持つ者、東堂孤亜。
「……記憶は、まだ戻ってないよ。」
孤亜が冷静に報告する。だがその眼差しには、わずかな不安が見え隠れしていた。
彼方はその言葉にただ頷く。
「でも……このまま、何も思い出さない方が、幸せなのかもしれない」
「けど、それだと彼は“扉”を開けられないし、"あの世界"から来た彼も帰れない。」
孤亜の言葉に、彼方は黙する。
その“扉”____紗也の心に刻まれた、記憶と鍵。
それがなければ、彼もこの世界も救われない。
「…セラテル、彼方と孤亜の所に行こう。」
「うん。」
「…彼方!孤亜!」
風に乗って届いたその声に、彼方と孤亜が振り返る。
そこに立っていたのは___柚木とセラテルだった。
彼方の目が細まる。
「……君が、柚木來那だな?」
「うん。……彼を救うために来た」
その眼差しに迷いはなかった。
彼方はゆっくりと歩み寄り、柚木と対峙する。
かつてはただの旅人だった柚木の中に、明確な意思と覚悟が宿っていた。
「彼とは、誰のことを言っている」
柚木はしばらくの沈黙の後、口を開く。
「…紗也。真中紗也。」
「…なぜ彼を知ってる。君はここに初めてきたはず。誰かに聞いたのか?」
孤亜が柚木を見る。
「知ってるの…?紗也ことを。」
「……うっすらと。でも、大切なことは忘れていない。紗也が、ここで……消えたことも」
沈黙が流れた。
やがて彼方は、ふっと微笑みを浮かべる。
「なら証明するんだ。柚木來那。今度こそ、彼を救えるというなら___この空の試練を越えてみせろ。」
雲が渦を巻く。それはきっと物語が再び動き出す合図だと感じた。




