最終幕 記憶に咲く花
風が、柔らかく吹き抜ける。
目を開けた柚木は、最初に異世界へ来たときと同じ、花畑にいた。
ネモフィラが咲き誇るその丘で、彼はゆっくりと立ち上がる。
胸の奥が、ひどく疼いていた。
(……俺は、また……)
あの戦い。
あの選択。
あの喪失。
でも今は、まだ誰も失っていない。
仲間たちは、まだ未来にいる。
「……ありがとう、セラテル」
小さく呟いたその言葉に応えるように、風が吹いた。
再び始まる旅。
けれど、今度は違う。
彼はもう、ただの迷子じゃない。
願いが星に還り、時は戻った。
____だが、それは完全なる“やり直し”ではない。
この世界のどこかに残された“記憶のかけら”が、静かに波紋のように広がっていた。
指先が微かに震えている。
心の奥に残るのは、喪失の痛み。そして、どうしても守りたかった少年の名。
「……紗也……」
その名を呟いたとき、背後からふわりと草の香りが舞った。
「やっぱり、君がここに来ると思った」
振り向くと、そこに立っていたのは__セラテル。
本来なら、北の地で初めて出会うはずだったその存在が、まるで自然にここにいる。
少しだけ成長したようなその瞳が、静かに微笑んだ。
「星の流れが変わった。君が“願った”から、時の川の分岐がここにきたんだよ」
「セラテル……君は、どうして___」
「あの戦いも、あの声も、あの選択も。柚木は間違えてない。もう一度、"再生"し直すんだよ。やり直さなきゃ。」
「…俺、大丈夫かな…」
「大丈夫だよ。柚木なら。」
セラテルの指が、空に一筋の光を描く。
それは、遥か遠くに輝く花のような記憶だった。
「紗也を、クロユリを、今度こそ助けたいんでしょう?」
柚木は頷く。
「じゃあ、前向いて"今"と向き合わないと。」
「うん。……今度は、順序なんかに縛られない。
最初に“彼”に会って、“彼”を守るんだ」
___邾田 埜楼。
闇に呑まれた、優しき少年。
紗也を失ったことで壊れてしまった彼を、今度は壊れさせない。
柚木は、歩き出す。
まだ空は曇っているが、確かに一筋の光が射していた。
セラテルがそっと後ろを歩きながら、口元に微笑を浮かべる。
「……さあ、“はじめから、やり直そう”」
頭上から降る灰がかった光が、静かに肩を覆う。光は冷たくも重く、空気がどこか湿っている。目を閉じた瞬間、どこかで鈍い水音が響いた。
「絶対に……守るよ。今度こそ」




