第三幕 願いが運命を裂くとき
神殿の大地が裂け、虚空から異形の触手が蠢き始めた。
「この世界は、もう終わる」
ルシェルの瞳が、血のように赤く染まっていく。
「我も、お前も、お前たちも。これで終わりだ」
五つの鍵が揃ったことで、眠っていた“別の意志”が覚醒したのだ。
「我は“願いの器”。五つの鍵を揃えた時点で、もはや我の意志など残っていない」
「じゃあ、ずっと……最初から……!」
柚木が息を詰まらせる。
ルシェルは静かに微笑んだ。
「我にとって君は…駒のようにすぎない。」
その瞬間、巨大な衝撃波が神殿を包む。
「詠蓮!行くぞ!!」
夜斗の掛け声に詠蓮が結界を張り、夜斗が波の盾を重ねる。
甘虎の花が光を放ち、彼方の羽が空気を震わせる。
「これは……神でも人でもない。悪意すら持たない、ただ“祈り”だけで構成された……災厄……!」
彼方が呟いた。
ルシェルは明確な形を持たなかった。
ただ、崩壊する世界そのものだった。
ルシェルは黒泡を吐き出す。その黒泡はクロユリの間を抜け柚木一直線に向かっていった。
「くるなっ!」
夜斗が柚木の前に立ちはだかり、水の障壁を展開。
彼方が炎をまとい、宙を駆ける。
「それでも、守るって決めた。私たちは、りんに拾われた“意味”を、ここで終わらせたりしない!」
クロユリの四方幹部たちが次々と攻撃をしていく。
副官たちは倒れている中で、ただひとり。
____埜楼は動かない。
膝をつき、虚ろな目でただ一点を見つめている。
彼の手には、紗也の最後の形見である骸骨の形をした髪留めが握られていた。
その震える手から、力が抜けていく。
「埜楼……」
柚木がそっと声をかけようとしたが、彼は応えない。
「…柚木、埜楼を頼んだ。今、埜楼を一人にしちゃいけない。」
「私たちに任せて?」
甘虎と詠蓮は二人の側でルシェルからの攻撃を防いでいく。
「……声が、聞こえない。もう……何も……」
喪失は、彼の心そのものを削り取っていた。
柚木は叫ぶ。
「埜楼! 紗也が……お前に笑いかけてたじゃないか! それなのに__!」
返ってきたのは、深い沈黙だけ。
戦場に時間が裂ける。
ルシェルの身体が空へと浮かび、星の紋章が広がる。
五つの鍵が空中で融合し、一つの光の柱を作り始めていた。
それは「世界の終わり」そのものだった。
「可哀想だね。クロユリたちは巻き込まれてしまった。お前のその願いのせいで。」
地面が揺らぎ始め、柚木たちはまともに立てなくなってきてしまった。
ルシェルが埜楼の方へ重い一撃を打とうとする。
「お前の相手は俺たちだ!」
ルシェルの背後に立った夜斗と彼方。
その隙にと、埜楼を安全な場所へと連れて行こうとするがルシェルの力により道が塞がれてしまう。
_______長い戦いが、弾けた。
夜斗の潮壁が黒い槍に裂かれ、彼は片膝をつく。
甘虎の棘蔓が一息に焼け切れ、倒れてしまう。
彼方の熱矢が渦に呑まれそのまま力尽きてしまった。
詠蓮の星紋に走る亀裂。結界のたびに彼女の指が震え、血が滲む。
四方幹部たちは血が滲んでもなお立ち向かい、柚木と埜楼を守っていたがその身はもう動けなくなっていた。
「_____そこまでだ」
低く、よく通る声。でも、どこかで聞いたことのある声。
崩れかけた天井から、黒いコートが舞い降りた。
視線は静かに、しかし一切の躊躇なくルシェルへ向く。
「…おせえよ…長の…くせに…」
掠れた声で彼の登場に難癖をつける夜斗。
____クロユリの長と言われている彼。篠宮りん。
「ここまでよく耐え、立ち向かってくれた。感謝してる。埜楼もルシェルに呑まれず自分を在り続けてくれた。」
りんが指を鳴らす。するといた場所が一瞬で変化し、神殿の中へと場所を移していた。
神殿の灯が、深い翠に染まる。辺りにはの“季節を無視して咲く花々”が一斉に首をもたげ、光綿を吐いた。
「君は“花の言葉”を無視し続けた。____その代価を払ってもらう」
ルシェルが、明確な敵意を帯びる。
闇が花弁を焼き、花弁が闇を塗り替える。拮抗。
りんは一歩も引かない。足元で、黒いフリージアが咲き、低い音律が満ちた。
「柚木。君はもう、間違えない」




