第一幕 届かない言葉
五つの鍵が揃った。
北、東、西、南、そして柚木が元から持っていた黒曜石の鍵___
そのすべてを手に、柚木は中央地方へ足を進めた。
世界の中心にある広場。星々が瞬いているこの地方。
五つの光が浮かび、それぞれの象徴が天へ昇っていく。
セラテルもいるんじゃないかと淡い期待を寄せる。
「待ってたよ。柚木」
声のする方を向くと、セラテルが待っていた。久しぶりの再会に、柚木は込み上げるものがあった。
「久しぶりだね。鍵、全部集められたんだね。良かった。」
ホッと肩を下ろすセラテル。
「…それ、向こうにいる者に渡すの?」
「うん。元の世界に戻りたいし。…セラテルとの再会は一瞬だったけど、北地方の時すごく心強かった。」
柚木がそう言うとセラテルは微笑んだ。
「会えないうちに強くなったんだね。過去を乗り越えた証だ。____じゃあ、最後の儀式を始めようか。」
そして、初めてこの世界に来た時にルシェルから渡されたペンダントを握りしめて目を閉じる。
その瞬間白い光に包まれ、二人は飲み込まれていった。
「お待ちしておりましたよ。選ばれし者。」
「ルシェル、お待たせ。鍵、集めてきた。」
「これはこれは。選ばれし者…。そして?……あぁ。貴方は…ふふ。貴方も、ありがとう。君たちの旅路は、私の再生に繋がり、君を元の世界に戻せる力を手に入れれる。」
柚木は、五つの鍵を胸元から取り出した。それぞれの地方で仲間たちと手に入れた、“希望”と“痛み”の結晶。
周辺を見渡す。辺り一面、白い空間。この異世界で初めてルシェルに出会ったあの空間。
そしてルシェルは柚木の方へと歩いている。
(……なんだろう、この感じ)
足元から染み込むような不安。
(……これで、全部が終わる。そう思っていたはずなのに……)
(違う。“何か”が、違う。これは___)
「鍵を渡せば、願いは叶う。さぁ、私に。」
北地方で出会った詠蓮が静かに頷き、淡い青に輝く結晶の鍵。
「これは…兄の想いを託した鍵。渡す。柚木君に」
東地方にて、夜斗が海の青を宿した透明な水晶を手のひらに浮かべる。表情は厳しくも、どこか穏やかで。
「君たちの旅路が、僕のような間違いを繰り返さないようにと願って、託すよ」
西地方では、甘虎が小さく微笑んだ。彼の手の中にあった白と青の結晶の鍵が柚木の手に落ちる。
「命も、再生も、赦しも……君が導いて」
南地方では、彼方が炎のように揺れる瞳で柚木を見つめながら、淡く光る花の形の鍵を渡した。
「この空を超えて。君なら、きっと」
最後に、柚木が静かに取り出したのは、ずっと前から共にしてきた黒曜石の欠片___五つ目の鍵。
「ふふ。」
ルシェルが笑う。
(なんか、嫌な予感がする。)
その直感は、何の根拠もない。証拠も理由も説明できない。
けれど柚木の全身が、警鐘のように震えていた。
「柚木?」
セラテルが、不安げに声をかけた。
柚木は答えようとした。口を開こうとした___
(でも……今言ったら、皆の努力を、信頼を、否定することになる……)
小さな吐息とともに、言葉が喉の奥で溶けて消えた。
「……うん。」
誰にも聞こえないくらいの声で、柚木は呟いた。
(ごめん、誰にも言えなかった……)
(でも、これが……)
(これが、本当に正しいの?)
その不安感を悟ったのか、セラテルは口を開けた。
柚木の手が、黒曜石の鍵を渡す瞬間、セラテルが小さく首を振った。
「柚木…これ、何かが___」
「……っ」
手を止めたかった。
でも、もう遅かった。
五つ目の鍵が、ルシェルの手に渡った。
「柚木來那。やっとこの時が来ました。」
その瞬間______空気が、凍った。
世界が、息を呑んだように沈黙した。
「これで、私は完全になる…」
ルシェルの微笑が、ゆっくりと歪んでいく。
「“かつての神”などではない。“真の支配者”の器になるための準備が、整っただけだ。君の願いなど、初めから叶えるつもりなどない。」
どんどんルシェルの体が浮いていく。
「柚木っ!離れて!」
セラテルの焦った声に柚木はルシェルから離れる。
「ふはははは!!この時をずっと待っていた。柚木來那!!」
次々と変形し、猫のような容姿だったルシェルが、人間離れした背の高さ、そして顔の部分には目玉が一つと口が端から端まで裂けている。
「そこの精霊。お前も変わらないなぁ。何度も何度も何度も何度も同じことを繰り返す。」
セラテルは顔を逸らし唇を噛んでいた。
ルシェルは再度柚木に目を移し挑発めいた口調で話し始めた。
「お前たちはループしていた。同じ季節、同じ月日、同じ記憶を繰り返しながら、何度もこの世界の終わりを迎えてきたのだ。」
次の瞬間、石柱が軋み、床が波打つ。
柚木は反射的に身構え___背後の足音に気づいた。




