第四幕 安穏の風情
今日の授業が終わった鐘が鳴る。授業間の鐘とは違い
鐘自身も仕事を終われる喜びが乗ったように大きく感じた。放課後、庭園でひとり過ごしていた柚木に、ふいに声がかかった。
「……いた。もう、落ち着く場所見つけたのか?」
振り向くと、彼方が立っていた。
「俺の居た学校にもこういう庭園があってさ。思い出してた。…でももう、遠い昔に感じるよ。」
辛そうに笑う柚木に、彼方は小さなため息をつき、ゆっくりと柚木の隣に腰を下ろす。
「遠い昔でも、柚木にとっては忘れたくない思い出なんだね。今までいろんな地方に行って、どんなに月日が経っても似た光景を見たらすぐに思い出すなんてさ。」
彼方は柚木に目を合わせずゆっくり話していく。
この世界に来てから自身のことをあまり話していなかった柚木にとって、時間がゆっくり流れているこの瞬間が心地よかった。
しばらくの沈黙を破ったのは柚木だった。
「それで、彼方はどうして俺を探してたの?」
「あぁ。そうだった。伝えるのを忘れてた。柚木。____少し気になってることあるだろ?……紗也のこと」
「え、いや……そんなつもりじゃ……」
「嘘。顔に書いてある。気づいちゃったんだろ?あの子、ちょっと普通じゃないって」
柚木は答えられなかった。
あの幻影の中での時間、そしてあの笑顔……どれも現実感が薄く、それでいて忘れられない。
____彼方が重い口を開けた。
「紗也は、もうずっと、学苑の奥で眠ってる」
「……眠ってる?」
「体はね。でも、心はいまもどこかを彷徨ってる」
彼方は遠くを見つめたまま、ぽつりと話し始めた。
「すごく強い心を持ってた。でも……守ろうとしたものが多すぎたんだと思う」
「……それって……」
「だからね。俺は君に期待してる。今度こそ、紗也を迎えに行ってくれるんじゃないかって」
「俺が……?」
「うん。君はもう、誰かの心の中に踏み込んでる。その証拠に、あの子は君の名前を聞いたとき……泣きそうだった」
風が吹く。
白い花が舞い、空に吸い込まれていく。
「もう一度、会えるといいね。きっとそのとき、紗也は___君に笑いかけてくれる。」
柚木はただ、彼方の横顔を見つめるしかできなかった。
その目には、希望とも哀しみともつかない、複雑な光が宿っていた。
「柚木。これ、渡しておくね。」
そういい渡されたのは天文塔と呼ばれる、この学苑の象徴とも言われる場所の鍵だった。
「天文塔は、紗也がよく行ってた場所。」
「そこはね、西地方のあの講堂が見えるんだ。講堂の頂点が少ししか見えないけど、そこに埜楼がそこにいるんだって。そこで甘虎や唯人と共にして。喜怒哀楽を感じて。難なく生きてるって。そう思うとさ、ぼくも"埜楼は頑張ってる。ぼくも頑張らなきゃ。"ってそう思うんだ。」
二人の頭上から声がする。
____紗也?
そう思い柚木は見上げるが、木から降りてきたのは孤亜だった。
「…孤亜か。相変わらず上手だね。紗也かと思ったよ。」
この悪狐め。と軽く頭を叩く彼方。
柚木は久しぶりに心が温まる会話を聞き目頭が熱くなる。すると、孤亜が声色を変えた。
「でも、言ってたことは本当。違う地方なのに、お互いを思い合ってるなんて素敵だよね〜。」
足をぶらぶらと動かしながら話す孤亜は羨ましそうな表情をしていた。
「…夜に行ってみるといいよ。景色も綺麗だし。何より幻想的。炎と星の融合した光景、演出が、心を落ち着かせてくれるし、何より自分を主人公みたいにしてくれる。」
柚木は頷くと、二人は学苑の方へと歩いて行った。
その夜、柚木はひとり、学苑の天文塔に登り、夜空を見上げながら、彼は小さく呟く。
「___紗也。俺は…俺たちは君に、もう一度……会いたい」
その言葉に呼応するように、夜空の彼方でひときわ強く光る星が、瞬いた。




