第三幕 壊れた手を、君が取るなら
試練の間は、神殿の奥深くに隠されていた。
祭壇をいくつも抜け、静寂だけが支配する回廊を歩くごとに、空気は重く澄み、ひんやりとした冷気が肌を刺す。まるで、ここだけ世界の時間が止まっているかのようだった。
「___この先だよ。」
甘虎が立ち止まり、手にしていた灯火を掲げる。暗がりの中、目の前にそびえ立つ扉は、ただの石ではなかった。幾重にも重なった模様が彫り込まれ、その中心には“再生”を意味する古代文字が浮かんでいた。
冷たい石の扉なのに、不思議と内側から光が放たれているように見える。
「この扉の向こうでは、外の音も時間も届かない。」
甘虎の声が低く響く。
「中では、自分自身の"最も壊れた瞬間"と向き合うことになる。それを乗り越えた時、初めて君は__"再生"という鍵を手に入れることができる。」
その言葉には、ただ説明だけではない響きがあった。
彼自身もまた、かつてこの扉を越えた者であることを、滲ませる声音だった。
____柚木は一歩、二歩と近づいた。
掌に汗がにじむ。目の前の扉が、ただの石ではなく自分の心の奥底へと通じる"境界"であることを直感していた。
すると、後ろから声がした。
「柚木。もし何があっても、ちゃんと戻ってこいよ。」
埜楼は腕を組んだまま、真剣な眼差しを向けている。
「俺も昔、そこに入ったからわかる。……あれは、1人で乗り越えるもんだ。」
その声には、珍しく迷いが滲んでいた。冗談を差し挟まないほど、この試練は重いものなのだと分かる。
そして、唯人が言葉を継いだ。
「でも、決して"独り"ではない。……俺たちが外で待ってるから。」
柔らかな声。その一言に、柚木の胸の奥がわずかに温かくなる。
独りで進まなければならないけど、外には必ず戻る場所がある。そう思えるだけで、足を縛っていた恐怖が少し軽くなった。
柚木は深く息を吸い、吐き出した。
震える指先で、自分の胸をおさえる。
心臓の鼓動が、やけに大きく聞こえる。
(…怖い。でも、もう逃げない。)
背後には自分を支えてくれる人がいる。
心の奥には、いつも語りかけてくれるセラテルの声がある。
そして、扉の向こうには__かつての自分と、決着をつける瞬間が待っている。
柚木は扉に手をかけた。
ざらついた石の感触が、掌に重みを伝える。
指先がわずかに震えていたが、それでも力を込めた。
重々しい音を立てて、扉が開いていく。
暗闇の奥から、眩しい光があふれ出した。
白い光はあまりにも鮮烈で、目を細めても視界が焼けるほどだった。
光に包まれた瞬間、耳にしていたクロユリたちの声も石畳を踏む足音も、全てが遠ざかっていく。
時間がほどける。
世界が切り離される。
自分だけが世界に取り残されていく。
「……っ」
思わず喉が鳴った。
身体が宙に浮くような感覚。
心臓の鼓動だけが確かな音として、自分をこの世界につなぎとめている。
やがて、全てが光に呑まれた。
柚木は一歩踏み出す。
それは、自分の過去へ。そして"再生"の試練へ向かう、決して後戻りのできない一歩だった。




