三
「情けねえ奴だな。いったい何をしたかったんだ、おめえは? 褌をばたばたさせてただけじゃねえか!」
火箭は腹を抱えて大笑いする。
芳烈は何も言い返せず、俯いたまま対岸に戻っていくと、草むらの上に膝を抱えて座り込んだ。
目からは涙が滝の様に流れている。
調合の腕は本当に優れているからな。
幻覚の作用には自信があったのだろう。
ただ今回は褌に仕込み、臭いを風に乗せねばならなかったために、効力も効果範囲も限定的だったな。
それでも職人として、優秀な奴であるのは間違いない。
これからも、その技術で彼岸衆を支えていってくれるだろう。
少なくともようやく笑い終えた、あの阿呆よりはよっぽど頭領に相応しかったし、これからの成長も期待できる。
「さあ、前座は終わりだ! 真打ちの登場だぜ!」
着物を脱ぎ捨て褌一丁で高笑いする姿は正に阿呆。
小柄でその身体は傷だらけ、火傷だらけ。
その傷は全て自身の火薬の実験の末の爆発によるものだ。
この里に治療に優れた芳烈がいなければ、とっくの前に死んでいるのではないか?
この阿呆が頭なんぞになったら我が子孫達の未来が暗い。
「見ろ! この輝かしい褌を! 芳烈の薄気味悪い褌とは一味も二味も違うぜ!」
金の褌?
いや輝きが鈍いか。
陽の光を多少は跳ね返しているが、金というよりも黄味がかっている。
さらに前垂れの先端がやや膨らんでいるようにも見えるな。
こちらも嫌な臭いがする。芳烈の物とはまた別物。
ただ嗅ぎ覚えもある臭い。これは火薬か。
あの先端の膨らみに火薬が詰め込まれているのかもしれん。
「聞いて驚け! この褌には全体に硫黄を塗り込んでおるんじゃ! 先端に 他の火薬の材料を詰め込んでのう。火なんぞいらぬ! この先端が岩にぶち当たれば火薬達が刺激し合い、まさかの大爆発。周囲は全て木っ端微塵よ! これぞおいらの最高傑作、炸裂爆裂奇天烈褌よ!」
火箭は高らかに吠えると、前垂れを上空へと放り投げ腰を回す。
前垂れが火箭を中心に竜巻の様に円を描きながら上昇していく。
道具の力だけではこうは舞い上がらない。
あれだけ爆発して生き残っているのも芳烈の治療技術が優れているだけでなく、火箭自身が職人の割には身体も充分に鍛えられているという事なのだろう。
もっとも毎日槌を振るい続ける鎬に比べると、華奢に見えるのだが。
「水鈴殿! おいらの褌は大岩はおろか、その辺りを丸ごと吹き飛ばす。悪い事は言わねえ。今の内に逃げるこったぁ!」
言うが早いか伸びきった前垂れの先端を我らがいる対岸の大岩へと振り下ろす。
刹那、水鈴殿が駆け出す。逃げたのではない。
むしろ黄ばんだ褌に向かって飛んだ。
伸びきった前垂れの中程を掴み、そのまま川へと落ちる。
火薬の詰まった先端も勢いを殺され、水鈴殿の後を追うようにゆっくりと川に沈んでいく。
うむ。川のせせらぎが耳に心地よいな。
それ以外は静かなものだ。
どうやら褌に用いた布には、特に水を防ぐ工夫はないようじゃ。
濡れてしまえばいかに優れた火薬といえど、その力は発揮できまいて。
日に焼けた健康そうな肌から水を滴らせ、水鈴殿は呆然とする火箭に苦無をなげつける。
「ひゃっ!」
褌の前褌に苦無が刺さり、火箭が情けない声をあげて尻餅をつく。
普段自分で爆発しているくせに、目の前に迫る危機にはあまり強くないようだ。
先程までの強気な様子が鳴りを潜め、その顔は青ざめている。
これしきで臆するようでは到底頭は務まらぬ。
水鈴殿の尻に敷かれるどころか、踏み潰されるのが落ちであろう。
もう落選が決まったような火箭に、水鈴殿がとどめとばかりに再び苦無を投げつける。
先に刺さっていた苦無と交錯し甲高い音とともに、これまた前褌に刺さったかと思うと、なんと褌が燃え上がる。
「うわっ! うわわわっ!」
腰が抜けて立ち上がれないらしく、四つん這いになり正に尻に火が付いた状態で川へと飛び込んでいく。
全くもってみっともない。
「なんだそれは」
芳烈が先程の仕返しとばかりに嘲笑する。
我に言わせればどっちもどっちだがな。
尻を川に浸し安堵する火箭を冷たく見下ろしていた水鈴殿が、ひとつため息を吐いてお頭を振り返る。
「何故、此奴らを候補に?」
「う、腕は確かなのだ! 職人としての腕は!」
お頭が顔をしかめながら言い訳をした。
まあ、元々この婿選びの手法自体に無理がある。
いくら彼岸衆の道具作りを担っているとはいえ、褌を作りそれで大岩を動かせと言うのは無茶というもの。
お頭も水鈴殿も、頭の中は割と筋肉で出来ているからな。
どちらも武力で物事を解決したがる。
職人を婿に迎えるというのなら、もう少し違うやりようがあるのではなかろうか?
まあどんな方法にしろ水鈴殿が阻むのであろうから、本人に決めさせるのが一番早いと思う。
それでは一生結婚せんと考えた末かもしれんが。
「ええい、まだ一人残っておるわ。鎬、次は主じゃ。悠長に構えておらんで、早うこの大岩なんとかしてみせんか!」
先の婿候補達への不満をぶつけられた鎬は、仏頂面のまま着物を面倒そうに脱ぎ捨てた。