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褌姻猫写  作者: 地辻夜行
2/5

 五日後、婿候補たちが再び川原に集められた。

 天候は晴れ。風邪も穏やかで絶好の試練日和。

 お頭は先日消せと語った大岩の上で胡座をかき、我もそこで対岸に並ぶ三人の若者を見やる。

「全員揃ったな。各自、己で作りあげた褌は身につけておるな?」

 お頭の言葉に三人が頷いた。

「お待ちください!」

 突然凜と響いた声に、我も含めて全員の顔が声のしたほうへ向く。

 水鈴殿が忍び装束に身を包み、こちらへ歩いてきていた。

 誰も身動きが出来ぬなか、我だけが水鈴殿に駆け寄り抱きあげてもらう。

「その勝負、私も参加させていただきます」

 我の頭を撫でながらの水鈴殿の言葉に、お頭が眉をひそめた。

「お主の婿を決めるのにお主が参加してどうする」

 彼女はお頭の叱りつける声にも怯まず、毅然と胸を張る。

「私とて彼岸衆のくノ一。己の道は己で切り開きます。そもそも反撃もしない岩をどうにか出来たと言って、それがなんの証になりましょう。岩自身が盾ならば、私が岩の矛となります。私の妨害を潜り抜け、岩を消したならば私も夫と認めましょう。ですが誰一人できぬならば、私は誰の嫁にもなりませぬ!」 

 水鈴殿はお頭を力強くにらみつけた。

「馬鹿を言うでないわ! お前を参加させては婿捜しがまた振り出しに戻るではないか!」

 お頭の叫びたくなる気持ちはわからなくもない。

 忍びたちから婿を選ぼうとした際も、水鈴殿が自ら試練となって参加し、ものの見事に全員をのしてしまったからな。

 婿選びのため、全員若手だったとはいえ圧倒的だった。

 いま思い出しても震えがくる。

 うむ。もう少し水鈴殿にくっつこう。歳をとると冷えていかん。

 以前使って見せた忍法のごとく顔を赤く染めあげるお頭をよそに、彼女は大岩を背にし、対岸に佇む三人の若者を見やる。

「この水鈴、例え父上が認めた相手といえど、私自身が認めた相手でなければ、膝を屈するつもりも股を開くつもりもございませぬ! 頭の地位と私を得たくば各々方(おのおのがた)の力、この私に示しませい!」

 乙女らしからぬ言葉があった気もするが、そこは耳を伏せよう。

 彼女の宣言に若者のうち、二人は笑い、一人は仏頂面。

 まあ鎬は仏頂面しか見たことがないので変わらんとは思っていたが、小さく頷いたのを見ると了承したということなのだろう。

 武具作り以外は他人任せの奴だからな。まあこんなものだろう。

「お頭、良いではありませんか。他の二人は知りませぬが、拙者の今回の仕事はまさしく日の本一。優雅にかつ華麗に頭領の座と水鈴殿を手にいれて見せましょう」

 優男の芳烈(ほうれつ)が歌うように意見する。

 いちいち芝居がかった物言いをする男だ。

 だが作った物が褌であるので、どこか間抜けに見える。

 皆、同じように感じたのだろう。胡散臭そうな視線を芳烈に投げかけていた。

 彼の隣にいた火箭(かせん)が忌々しそうに舌打ちする。

「相変わらず言うことだけはでけえな、芳烈さんよぉ。褌にどんな小細工してきたか知らねえが、勝つのはこの火箭様よ。お頭! おいらも構わねえぜ。俺の火薬は日の本一だ。大岩だろうと水鈴殿だろうと木っ端微塵にしてやるぜ!」

 うむ。この阿呆だけは間違っても頭の座につけてはいかんな。

 水鈴殿の婿選びで水鈴殿を木っ端微塵にしてどうする。

 そもそも指定された道具は褌であって火薬では無い。

 此奴、いったい何を作ってきおった?

 なんにしろ、婿候補の三者は水鈴殿の参加を承知した。

 さてお頭はどう出るかと思っていたら、大岩の上から盛大なため息が降ってくる。

「どいつもこいつも里長である儂の意向を無視しおってからに。ええい、勝手にするが良い! ただしみっともない真似はするでないぞ。彼岸衆の名に恥じぬ技を見せてみい」

 お頭は苛立たしげにそう言うと大岩から飛び降り、離れた草むらにどかりと腰を下ろす。

 どうやら少しばかり拗ねたようだ。まるで子供だな。

 だが勝手にして良いのか。

 ならばと我は水鈴殿の肩に居を移し、対岸の小僧共に牙を剥きだし「シャー」と威嚇してやる。

 水鈴殿一人で問題無いとは思うが助太刀しよう。

 いざとなれば、子供達に手伝わせて用意した秘策もある。

「おうおう馬鹿猫もやる気じゃねえか。おもしれぇ。それでどうすんだ? 一斉に動いて先に大岩を消した奴がお頭か?」

 火箭が左の掌を右の拳でパシリと叩き、誰にともなく問いかける。まさかこの馬鹿に馬鹿呼ばわりされるとは。

 我が内心憤っていると、先程まで拗ねていたお頭がにやりと笑う。

「そのつもりであったが、守り手が二名おるならば一人ずつ挑め。最初に挑んだ者が成功すればそこで終わりじゃが、失敗すれば後の者が有利になるやも知れぬぞ」

 それでは初めに挑む者が、水鈴殿の体力的にも一番不利か。だが先の者が成功すれば、後の者は実力を見せる機会さえ奪われる。

「拙者が!」

「おいらが!」

 芳烈と火箭が一歩前に出て同時に叫ぶと、鎬が黙って一歩下がった。

「お主、数日前に拙者に助けられたこと、忘れてはおるまいな。いや、これまでずっとだ。お前が爆発するたび、誰が手当をしたと思っておる」

「……くそがっ。さっさと行って、さっさとやられて来い」

 芳烈の言葉に、火箭は顔をしかめてその場にどかりと座り込む。

 芳烈は満足そうに頷くと水鈴殿に向き直る。

「ご安心めされい。拙者の技をもってすれば水鈴殿に傷一つつけず、皆の頭からその大岩消してみせよう」

 自信満々に宣言すると突如として川上に向かって走り出した。

 走りながら着物を脱ぎ捨て褌一つになる。

 青い褌。見るからに気持ち悪い。

 下手に芳烈の顔立ちが整っているので、余計に気持ち悪く見える。

 何と言うか不吉だ。

 芳烈は川面から顔を出す石を伝って、こちらの岸に渡ってきた。

 水鈴殿は芳烈から大岩を庇うように移動する。

 ちなみにお頭がいるのは大岩の反対側である川下だ。

 風が正面から吹き付け我の毛を撫でつける。

 瞬間鼻を異臭が刺激し咄嗟に息を止める。

 忍犬(にんけん)ほどではないが、我ら忍猫(にんびょう)も人間よりは鼻が利く。

 芳烈を見てみれば必死の形相で褌の前垂れを両手でばたばたとはためかせていた。

「どうだ、水鈴殿! そなたの後ろに大岩はあるか!」

 既に息切れをしている。薬草を求め、たまに山に分け入ることもあるが、本職は丸薬作り。 鍛錬とは縁遠い。

 水鈴殿は芳烈の言葉に(いざな)われるように振り返り、驚きに満ちた声をあげる。

「嘘? 大岩が消えた!」

 いや、大岩は水鈴殿の目の前だ。

 我は芳烈が何をしたかに気づき、水鈴殿の肩から飛び降りる。

 すれ違いざまに水鈴殿の手の甲に爪を突き立てた。

 手の甲に三本の傷がつき、(うつ)ろになりかけていた水鈴殿の目に光が戻る。

 地面に下りたった我が鋭く鳴くと、彼女は芳烈めがけて得意の苦無を投げつけた。

「うわっ!」

 芳烈が情けない声をあげて後ろにひっくり返る。

 翻った前垂れに苦無が包まれ、伸びきった前垂れが倒れた芳烈の顔にかかった。

 奴がそのまま動かなくなる。

 大岩の向こうからお頭が駆けてきて、動かなくなった芳烈を見下ろす。

「阿呆か、己は。それではこの場にいる全員に幻術をかけねば意味が無いではないか」

 どうやら芳烈が何をしようとしたか、お見通しのようである。

 おそらく幻覚作用のある粉状の薬を褌にまぶしていたのであろう。

 先程「頭から消す」と言ったのも、水鈴殿に「大岩があるか」と問いかけたのも、消えたように思い込ませる伏線であったのだ。

 本来は試練を課したお頭相手に使うつもりであったのだろうが、無駄であったろうな。

 若手最強といえど、水鈴殿はまだまだ未熟ゆえ簡単に引っ掛かってしまったが、経験豊富なお頭に通用したとは思えぬ。

 いや、それにしても水鈴殿について正解であったわ。

 我も老練ゆえな。あのような小細工にはかからぬよ。

 お頭は一気に臭いを嗅いでしまい気を失った芳烈を抱え上げると、軽々と川に投げ込んだ。

 身体が少し流れた所で芳烈が目を覚まし川から顔をだす。

「芳烈失格! 次!」

 川のなかで芳烈ががっくりと項垂れると、火箭が大笑いしながら立ちあがった。

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