甘液の小瓶1
───ここはどこなんだろう。
中村友莉は困惑しながらも、どこか冷静であった。右手に目を向ける。「黒い葉書き」を持っていたはずの手には何も残っていない。
「「のぞみ遊園地」へようこそ」
彼女は声がした方に体を向ける。そこには、180を超える長身な男性が静かに佇んでいた。妖しげで色白、目を奪われてしまいそうな程美しかった。
「ファルシュと申します。」
彼女はようやく口を開くと──
「「のぞみ遊園地」…。ここはどこですか…?…日本ですか?」
「あまり詳しいことは言えませんが、貴方がいた世でも死者の世でもない、「存在してはいけない場所」とでも言いましょうか。」
「……どういうことですか…?」
「まぁ、場所はあまり重要ではありません。」
ファルシュは一度咳払いし、続けた。
「それでは当園の説明をさせていただきます。お客様にはこの遊園地で全力で楽しんでいただきます。心の底から楽しむことができたなら、お客様の望みを何でも叶えます。」
「ちょっと待ってください楽しんで願いを叶えて貰うって…どういうこと?」
「……「楽しんだのに、加えて願いも叶うなんておかしい!」ですか?いえいえ、我々はお客様に楽しんで頂かないと死んでしまいます。なので、お礼がしたいんです。Win-Win というやつです。」
「死ぬ……?もう何が何だか分からない…。」
「我々「のぞみ遊園地」のスタッフは、喜怒哀楽の「楽」を養分として生きる魔物なのです。 そのため、「楽」を見せて頂かないとお腹が空いて死んでしまいます。」
友莉は余計分からないという顔をした。
「なのでお客様の「楽」という感情を我々に見せてくれればいいわけですね。」
「……それで、私は帰れるの?」
「えぇ、もちろん。全てのアトラクションが終了いたしましたら、記憶を消して元の世界にお送りします。」
友莉はやっと安泰の表情を見せた。しかし、すぐに不思議そうに首をかしげた。
「でも、楽しいって感情はどうやって食べるの?」
「そのことに関しては心配なさらなくても大丈夫ですよ。当園ではこの小瓶を使います。お客様が「楽」を発したとき、この小瓶に甘液が溜まり、蓄積されていきます。一度溜まったら減ることはありません。」
「直接食べることはできないのね。」
「いえ、食べれるのですが、目に見えるようにした感情の方が美味ですし、お腹持ちも良いのです。
少なくとも我々にとってはご馳走です。」
「そうなんだ」と感心したように呟くと、興味がより湧いたようで、段々と顔が明るくなっていった。
「"甘液"って美味しそうね…舐めてみてもいい…?」
「人体に害はないので、どうぞ。」
そう言われると、彼女はこれ以上ないぐらいの笑顔を見せた。ファルシュが持っている小瓶に残っている甘液に目を向ける。
「…あれ、さっきより小瓶の中の甘液が増えてる?まぁいいや。」
躊躇いなく、口の中に甘液を入れた。口に入れた瞬間、彼女の体は震え始め、時々ビクッと体が跳ねるようになった。
ファルシュは体が跳ねる様子を見て焦ったのか、「人間に食べさせたのは初めてだからな」と零す。恐る恐る彼女に話しかける。
「どうですか?」
話しかけられると、友莉は目に涙を浮かべながら答えた。
「…!!…お…いしい…!!…なにこれ…めっちゃ美味しいんですけどぉ……感動…!!」
「…それは良かったです。」
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まだ甘液の余韻で体が震えている友莉を落ち着かせ、ファルシュは説明を続けた。
「アトラクションは計7つ。それぞれに管理人の魔物が付いています。管理人にはそれぞれ専用の小瓶があり、「楽」を向けた相手の小瓶に甘液が溜まります。 どうぞ、小瓶です。落とさないようにしてくださいね、替えはないですから。」
ファルシュはそう言って、親指程しかない小さな小瓶を友莉に渡した。
「…あ!だからさっき あなたの小瓶の甘液が増えてたんだ!にしても小瓶多いね……1.2.3…4……え9つ?管理人て一人ずつじゃないの?」
「1つは私の分ですね。」
「てか、「「楽」を向けた相手の小瓶に甘液が溜まる」って……あんたメッチャ不利じゃんよ。案内係なんだから。」
そう言われて、少し不服そうに彼は答えた。
「舐めないでください。先程も溜まっていたでしょう?心配はいりません。」
「ふーん…というか、9つだから…もう一つの余りは?」
「管理人が2人いる所があるんです。」
「2人?なんでそこだけ?」
「1つ目のアトラクションは、その2人の担当ですので、詳しくはそこに着いてからお話します。さあ、そろそろ園内にお入りください。」
友莉は、ハッとしたように遊園地のゲートを見た。彼女は園内にまだ一歩も踏み入れていない。友莉とファルシュで遊園地のゲートを挟んでいる。彼女はそんなつもりは無かったが、本当はまだ少しも心を許していなかった という事に気が付いた。
「では参りましょうか。1つ目のアトラクションへ。」