04 ティアル王家
「ダイアナ様、まだ落ち込んでいらっしゃるんですか?」
冷めてしまった紅茶を淹れ直しながら、鷹獣人である侍女のエリンが声をかける。
ダイアナは彼女を見上げ、小さくコクリと頷いた。
「だって、私の不用意な発言で婚約破棄させてしまったのよ? それに、国外追放まで……」
「国外追放だなんて大袈裟な。ティアルに来ると決めたのはグレン様のご意思ですし、一応「外遊」という形でいらっしゃったのですから」
あれからすぐに、父であるティアル国王に一報を入れた。
国王は対応を兄である王太子に任せ、王太子は迅速に動いて、諸々体裁を整えてくれた。
そのことにはとても感謝しているが、聞くところによると、話を聞いた途端家族全員で大爆笑したらしい。
「普段穏やかな者を怒らせると、とんでもなく面白いことをしてくれるな!」「あのいけすかないマネルーシの王女の婚約者を横取りするなんて、ダイアナもやるわね!」など、ダイアナがいないことをいいことに、皆が好き放題言っていたというのだから酷い話だ。
だから、帰国直後に両親や兄姉に頭を下げた後、ダイアナは彼らに散々文句を言ったのだった。
*
「こら、待てー!」
「待たない~~~っ!」
突然、静寂が破られる。
ダイアナが寛いでいた部屋に飛び込んできたのは、第三王子のリオンと、第四王女のアイリスである。
アイリスは猫の姿で部屋を駆け回り、それをリオンが追いかけているのだ。
ダイアナの兄弟姉妹は多い。
上から、抜け目のないやり手、第一王子の獅子獣人ジーン、自由気ままな第一王女、獅子獣人のイヴリン、次にダイアナで、その下に学業優秀な第二王子、猫獣人のハリー、やんちゃな第三王子、狼獣人のリオン、そして、猫獣人の双子、第三王女のフローラはおとなしくて恥ずかしがり屋、第四王女のアイリスはお転婆……とまぁ、個性豊かな面々だ。
末っ子の双子はまだ十歳にも満たないため、興奮したりすると猫そのものになってしまう。
獣人は、生まれた時は属性の獣の姿で生まれ、年齢を経るごとに人間の姿になっていく。
十歳を過ぎる頃には、獣人としての形態が安定する。そして、成人である十八歳を迎えると、どちらの形態も自由自在に取れるようになる。
ダイアナはすでに成人しているので、元の形態である猫の姿にいつでもなれる。と言えど、そんなことは滅多にないのだが。
「リオン! アイリス!」
「ダイアナねーさまっ!」
アイリスは、ぴょんとダイアナの膝の上に飛び乗ってきた。これをもって、追いかけっこは終了である。
「ダイアナ姉様、僕は、アイリスが鬼ごっこしようってうるさいから、付き合っていただけなんだよ」
「だとしても、突然部屋に入ってくるのはマナー違反でしょう? あなたはお兄様なのだから、アイリスとフローラにちゃんと言い聞かせなきゃいけないわ」
「はーい……」
リオンの耳と尻尾がしゅんと垂れ下がる。
「マナー違反はよくないけれど、元気なのはいいことだよ。妹たちと遊んであげて、リオンはいいお兄様だね」
「グレン!」
リオンはグレンを見るなり、元気になった。耳はピンと立ち、尻尾も勢いよく揺れている。
開けっ放しになっていたドアから、子猫を抱えたグレンが入ってきた。グレンが抱っこしているのは、猫になったフローラである。
「フローラ!?」
「追いかけっこをしているうちに疲れたのか、この姿のまま眠ってしまったのです」
そう言って、グレンは優しげな表情でフローラを見つめる。
グレンは、ティアル王国に来てからのびのびと過ごしているようだった。
国王夫妻をはじめ、兄弟姉妹たちにも気に入られ、まだ幼いリオン、フローラ、アイリスは特に懐いている。グレンも彼らといるのが楽しいのか、よく一緒にいる。
「グレン、私も抱っこしてほしいわ!」
フローラが羨ましくなったのか、アイリスが駄々をこねる。
ダイアナは、やれやれと溜息をついた。
「アイリス」
「それより! グレン、僕と剣の稽古をしようよ! 今日こそは一本取ってやるっ」
「リオン!」
グレンの人気は凄まじい。
初日こそ客人扱いであったグレンも、一週間も経つと家族のように馴染んでしまった。というのも、彼は王城に住まいを与えられたからだ。
それに驚いたのはグレンだけでなく、ダイアナもだった。ダイアナとしては、王都の一等地にある別邸に住んでもらうつもりだったのである。
しかし、ダイアナの一報を受けた両親は、盛大な勘違いをしたのだ。
『なに!? ダイアナが婚約者を連れて戻ってくる? すぐに王城内に部屋を用意しろ!』
『まぁ! どんな殿方にも靡かなかったあの子が、ようやく……!』
これまでダイアナは自分の意思を尊重してもらえるのをいいことに、あらゆる令息との婚約を断り続けていた。どんな男性にも首を縦に振らなかったことから、両親はダイアナの将来を案じていたのだ。
そこへ、侯爵令息を連れ帰るという一報。二人は喜び勇んで、王城に部屋を用意したのだった。
「ダイアナ様、フローラをお預けしてよろしいでしょうか?」
「あ、はい! 申し訳ございません、グレン様」
ダイアナは、グレンから眠っているフローラを受け取る。その後、グレンはアイリスを抱き上げ、リオンに向かってにっこり笑った。
「リオン、相手になりますよ」
「やったぁ!」
「きゃあ! 私、グレンを応援しますわ!」
「ありがとうございます、アイリス」
グレンはダイアナに一礼し、アイリスを抱っこしたまま、リオンとともに部屋を出て行った。
「グレン様は大人気ですね」
彼らを見送りながら、エリンが微笑む。
「本当に。あの子たちもすっかり懐いてしまったわね」
「ダイアナ様」
「何かしら、エリン」
エリンは、少々圧をかけるように言った。
「ダイアナ様がグレン様に対し、一番他人行儀ですわ」
ダイアナは、ぐっと言葉に詰まる。
「それはっ……仕方のないことじゃない?」
やむを得ず連れ帰ってはきたが、グレンはダイアナの婚約者ではない。元々、何の関係もなかった。友人でもない。
だから、ダイアナはグレンを「グレン様」と呼ぶ。最初は「オーウェル侯爵令息」と呼んでいた。しかし、ここにきてさすがにそれでは他人行儀すぎると、グレンの方から名前で呼んでほしいと言われた。それで、ようやく互いを名前で呼ぶようになったのだ。
ちなみに、ダイアナ以外の面々は、すでに「グレン」と親しげに呼んでいる。
「……どう接していいのかわからないのよ」
困り果てるダイアナに、エリンは肩を竦め、苦笑した。
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