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11 アレクサンドラの誤算

「了承いたしかねます、王女殿下。私は、あなた様とグレンの再婚約を認めることはできません。グレンも同じ気持ちでしょう」

「私に歯向かうと言うの? 私に逆らうことは王家に逆らうこと。オーウェル侯爵家は、王家に叛意ありとみなすわよ!?」


 目をつり上げてそう叫んだ後、アレクサンドラはグレンの両腕を掴み、縋るように見上げる。


「グレン、グレンは違うわよね? 私とまた婚約するわよね?」


 グレンは彼女の手を振り払い、首を横に振った。


「私も同じ気持ちです。あなたとの縁はすでに切れている」


 その言葉に、アレクサンドラは愕然としてよろめく。とても立っていることができず、ソファに倒れ込んだ。


「なんと、なんということ……」


 だが、すぐに持ち直し、立ち上がってグレンに駆け寄る。


「そうだわ! あなた、脅迫されているのではなくて? そこにいる獣人国の王女に、何か弱みでも握られているのでしょう? ちょっと、あなた!」


 アレクサンドラはダイアナをギラリと睨みつけ、こちらに向かってくる。

 その獰猛な視線に一瞬怯むが、ダイアナは負けまいときつく睨み返す。


「さすが野蛮な国の王女、恐ろしい目をしているわ。あなた、グレンの弱みを握っているのね。でも無駄よ。グレンは私が守るわ。汚らしいあなたなんかに……」


 掴みかかってこようとするアレクサンドラを避けようとした時、叩くような大きな音がした。


「痛いっ! 何をするの!?」

「そちらが先に攻撃しようとしたので、それを防いだまで。可愛い妹に傷をつけるわけにはいきませんので」


 ダイアナの目の前に立ち、アレクサンドラの腕を叩き落したのはジーンだった。そしてダイアナはというと、グレンに抱えられている。

 いったいいつの間にここまで移動したのか。手を出される、と思った瞬間には、グレンの腕の中にいたのだ。


「グレン! どうしてそんな女をっ……!」

「やれやれ、マネルーシの王女はきちんとした教育を受けていないと見える。仮にも友好国の王女に向かって「そんな女」などと。あぁ、先ほどは我が国を「野蛮な国」ともおっしゃっていましたね」

「あ……そ、それは……」


 ジーンに痛いところを突かれ、アレクサンドラが慌てふためく。助けを呼ぼうにも人払いをしており、彼女の味方はいない。


「このことは、マネルーシ国王に正式に抗議させていただきます」

「そんなっ……! も、申し訳ございませんっ。腹が立って、つい心にもないことを言ってしまっただけですわ! だって、愛する婚約者が他の女性を腕に抱くなどっ……」

「そもそも、その考えがおかしいのです」


 ダイアナを抱いたまま、グレンが言った。

 グレンはダイアナの額にそっと口づけ、甘く微笑む。その次の瞬間には、アレクサンドラに冷ややかな視線を向けていた。


「私がダイアナを守るのは当然のことです。妻を守るのは、夫の役目ですから」

「つ……ま……?」


 アレクサンドラが呆然とする。

 そして、驚きすぎたせいか、気が抜けてしまったのか、彼女はそのまま床に座り込んでしまった。


「そんな馬鹿な……。ありえないわ。妻? グレンがその女と? 一体誰が婚姻の許可などっ……」


 ブツブツと呟いているアレクサンドラに、オーウェル侯爵が淡々と告げる。


「私と妻が許可いたしました」

「ありえないわ! オーウェル家が許可したって、お父様が許可するはずないもの!」

「あぁ。だから、私が許可した」


 控室の続きの部屋から声がした。そして、その主を見て、アレクサンドラが小さく悲鳴をあげる。


「お兄様……っ」


 この場に現れたのは、アレクサンドラの兄であるマネルーシ王国の王太子だった。


「一人娘で、蝶よ花よと甘やかされた弊害だな。まったく、あの人たちにも困ったものだ」


 王太子はアレクサンドラを残念そうに見つめ、これ見よがしに溜息をつく。


「ご自分の両親をそんな風に言うなんて! お兄様には血も涙もございませんの?」

「その言葉、そのままお前に返してやる。オーウェル侯爵令息と無理やり婚約しておきながら、蔑ろにした上、パーカー侯爵令息との浮気を繰り返し、挙句の果てには一方的に婚約破棄を突きつけた。それだけじゃない、お前は彼にティアル王国へ行けと命じたのだ。お前にそんな権限などないのに、王と王妃がそんな暴挙を許してしまった。まったく嘆かわしいことだ」

「それはっ……グレンが私を愛さないのが悪いのよ!」


 王太子は、ギロリとアレクサンドラを睨みつける。


「お前は、努力をしたのか?」

「は?」

「オーウェル侯爵令息に愛される努力をしたのかと聞いている」


 王太子の言葉に、アレクサンドラが言葉を詰まらせる。

 だが、我儘放題に生きてきた彼女がこんなことで屈するわけがない。あろうことか、髪を振り乱しながら逆上した。


「私は王女よ! そこにいるだけで愛されるの! そういう存在なのよ! 愛される努力? そんなもの必要ないわ。だって私は王女だもの! この国でもっとも身分が高く、もっとも美しい! 愛されて当然じゃないの!」


 王太子は額に手を当て、首を横に振った。周囲の人間は、もれなくドン引きである。

 なんという我儘、傲慢、そして厚顔無恥。

 これが一国の王女とはとても思えなかった。


「あの人たちは、完全に育て方を間違えたな。……なんとも見苦しいものをお見せしてしまいました。ジーン殿下、ダイアナ王女殿下、心からお詫び申し上げます」


 王太子は、ジーンとダイアナに深く頭を下げた。

 王太子がまさかそこまでするとは思わず、ダイアナは表面では冷静を保っていたが、心の中では激しく動揺する。


 え、嘘でしょう? マネルーシ国の王太子が私たちに謝罪するなんて! しかも頭まで下げて! なに? 何かの罠かしら!?


 しかし、ジーンは鷹揚にそれを受け入れる。ダイアナとは違い、警戒が見られない。


「ジーン殿下は、彼にも話を通してくださっています」


 ダイアナの耳側で、グレンが小さな声で囁く。

 二人の間ですでに話がついていることにも驚いたが、グレンの吐息が敏感な耳に触れ、ダイアナは飛び上がりそうになった。

 身体を硬直させるダイアナを更に引き寄せ、グレンは甘く微笑む。


「そして、オーウェル侯爵、オーウェル侯爵夫人、グレン殿、あなた方にも謝罪させていただきたい」


 そして、彼らにも頭を下げる王太子に、オーウェル侯爵夫妻は恐縮しつつもそれを受け入れる。グレンも頭を下げるが、ダイアナを離そうとしない。そんなグレンを見て、彼は小さく笑った。


「仲睦まじいことだな」

「はい。私は彼女を……ダイアナを深く愛しておりますので」

「ヒッ……」


 小さな叫び声をあげたのは、アレクサンドラである。

 王太子は彼女を振り返り、再び溜息をついた。


「これでわかっただろう? オーウェル侯爵令息の気持ちはお前にはない。それに、もう結婚している。今更呼び戻されても迷惑という話だ」

「……酷いわ、お兄様」


 容赦なくきつい言葉を吐く王太子に、アレクサンドラは涙を零す。だが、彼の態度は変わらない。


「お前の方がよほど酷いだろう。他国へやった人間を呼び戻し、復縁を迫るなど」

「だって……私はグレンを愛して……」

「お前のそれは、愛ではない」


 ピシャリと言われ、アレクサンドラは泣き崩れた。


「ううっ……酷い、酷いわ! 私は王女なのよ! それなのにっ…」

「お前たち、アレクサンドラを連れて行け」

「はっ」


 王太子は従者たちに命じ、アレクサンドラを退出させる。そして、再度皆に向かって頭を下げた。


「この度のことは、本当に申し訳なかった。アレクサンドラにはよく言い聞かせ、二度とあなた方には近付かせないようにする。王と王妃にも言い含めてあるので、心配は無用だ」

「感謝いたします」


 代表してジーンがそう応えると、彼は柔らかく笑み、部屋を出て行った。

いつも読んでくださってありがとうございます。

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