6/8(日):家族
「今日は急に帰ってきたけどどうしたの?」
リビングにあるソファの端に座っている俺に真昼はそう聞いてきた。
隣には輝夜が座っているから俺の隣に座ることができないように輝夜が先手を打った。
「近況報告とかしたくてな」
「それなら座って話を聞かないとねぇ」
だがそんな手をあざ笑うかのように真昼は俺の膝の上に座ってきた。しかも俺と向き合うように。
「真昼?」
「あはっ! お姉がこわい~」
怖いと言いながら俺に抱き着いてくる。
「あれれ? もしかして学人さんウチに抱き着かれて興奮してるぅ? これがいいの~? ほらほら!」
真昼は俺の膝の上で確実に意識しながら腰を前後させている。それを見ている輝夜は絶対零度の視線を真昼に送っていた。
「いいのか真昼? このままでいて」
「え~? もしかして怒るの~? ……ッ!」
さっきまでは姉をからかっていて今の状況をよく理解していないようだが俺とキスできそうな距離に顔がある真昼。
「お、お邪魔しましたー」
さっきの前後させる仕草は恥ずかしくないのに顔が近いことは恥ずかしいようでそそくさと俺の膝の上から降りてテーブル席に移動した真昼。
「で? 話があるんでしょ?」
母さんがそう切り出してくれた。
「私、会社を辞めて冒険者になりました。まだ会社には在籍しているんだけどもう行かないから辞めてることにしているわ」
「へぇ、そうなんだ。良かったじゃない」
「あらあら、それなら学人くんとパーティを組んでいるってことかしら」
「そうよ。何なら他の人ともパーティを組んでいるわ」
「あらあら」
両母親が祝福してくれる人で良かった。これが安定を求めるために会社勤めを勧めていたのなら俺たちは縁を切っていただろう。
やっぱりやりたいことをやれないのはそれだけで人生の価値は薄くなる。
「それから俺が団長のクランもある」
「えっ!? そんなの聞いてない! そういうことは早く言ってよ学人さん!」
「悪いな。言い出すタイミングがなかった」
「最近作られたクランって昇龍クラン?」
「そうだ。そういう情報って出ているんだな」
「出てるよ。冒険者は個人だから出てこないけどクランは国に申請しているから出てくるんだよね」
この真昼もそれなりに冒険者やダンジョンについて情報通だ。
「それならウチも昇龍クランに入るね! きっと学人さんに役に立てるから!」
だが輝夜と違うところは真昼に冒険者としての才能があることだ。まあ今になって見れば才能アリなんてゴミみたいなものだが。
「ねぇ! ウチもダンジョンに行ってもいい~?」
「そうね……」
真昼は俺と輝夜の付き添いでちょっとだけダンジョンに入ったことがある。両家の父母や俺の弟もどうせだからとその時に入っている。だけどそれだけで真昼がダンジョンに入ることは高校卒業までは許可が出ない。
今高校三年生だからあと一年待てばダンジョンには入れるようになる。
それは新月家でも適応されて俺の弟である実もそうなのだが仲間たちと一緒にダンジョンに入ったことがある感じがすると母親から聞いた。
「学人くんのレベルはいくつなのかしら。学人くんを信用しないわけではないし安心して任せられるのだけれど少しは心配ね」
それはそうだ。生まれた時から俺のことを親と同じくらいに知っているが所詮は他人だ。
でもここで正直にLv2625だと言っても信用してくれるかどうかは分からない。信用してくれないというか困惑という気持ちがあるだろうな。
だからここは信用してもらうためにインパクトがあるものを出すしかない。
「このボトルを飲めば力が手に入るって言われたらどうする?」
「唐突ね。とりあえず赤の他人なら信用しない。でもあんたからならどういうことか説明してもらってから飲む」
「このボトルはサブステータスを習得できるボトルだ。俺はこれを入手できるようになっていて、それで今この人類で一番のレベルになっている」
「ふぅん。それなら一つ貰う」
俺からボトルを受け取って飲み干す母。
「ホントだ。魔法が増えてるわ」
「えっ!? ということはお姉も才能ナシじゃなくなってるってこと!?」
「ふっ。そういうことね」
「ずるいずるい! ウチも飲みたい~! ね、お願い」
「魔法五種類ならあるぞ」
「さすが学人さん大好き!」
これからのことを考えれば身内にはふんだんにボトルを渡しておいた方がいいだろう。東京ダンジョンが一番ヤバそうというのを考えれば俺が対応する可能性が高いから東京は大丈夫だとは思うけど。
「光さんもどうですか?」
「そ、そんな貴重なものをいいのかしら……?」
「一本一千万とかしそう」
「一億で売ってるよ」
母さんの何気ない一言に答えると三人が固まってこちらを向いた。
「こ、これ一億もするんだ! 誰に売ってるの!?」
「昇龍クランを作るきっかけになった東江家だ。東江家に昇龍クランのスポンサーをしてもらっている」
「どれだけこれがあるのか母さんに言ってみな」
親指と人差し指で円を作る指は古さを感じてしまう。
「百億は超えてる。東江家は金持ちだからいくら売っても買い取ってくれる」
「ま、それだけあるなら冒険者やってても文句は言わないよ。でも気を付けるんだよ」
「分かった」
でもこれからダンジョン侵攻が起きればお金の価値もなくなってしまうかもしれない。がボトルの価値は下がらない。むしろ上がるだろう。
「い、一億円なんだよね……」
「気にしなくていいぞ。たくさん手に入るから」
「一億円がたくさん手に入るんだ! じゃあいただきまーす」
真昼は俺の言葉を聞いて遠慮なく飲み干す。
「光さんもどうぞ。これから役に立ちますから」
「……そうね。もらうわ」
光さんも俺に勧められてボトルを遠慮気味に飲む。
ステータスを解放している時点で才能ナシであろうと才能アリであろうと変わらない。
「で、いつ結婚するわけ? 今は事実婚でしょ。そんだけお金があるならもう困らないわね」
「いつ孫を見せてくれるのかしら」
母からすればそこは大事なところか。
「まだ子供は考えてないわ。これから少し忙しくなりそうだから」
「クランのこと?」
「それも関係しているわ。……六月十日に――」
輝夜がダンジョン侵攻のことを言おうとした時、二階からドタドタと足音が聞こえてきてリビングまで向かってきた。
「うるせぇんだよ! こっちは寝てんだよ!」
破壊せんばかりの勢いで扉を開け放ったのは元々金色の髪が混じっていた黒髪を金髪に染めている目つきが悪い男、新月実。俺の弟だ。
前まではヤンキーみたいじゃなかったのにいつの間にこんなことになったんだろうな。少しだけ興味がなくなってきているところだ。
「アンタこそうるさいんだよ! こっちはアンタの睡眠なんてどうでもいいだよ!」
ぐれている息子に対してぐれ返す母親。見ていて面白いな。
「……んだよ、兄貴がいるのかよ」
「よっ、久しぶり」
俺の顔を見るなりさっきよりも不機嫌になる実。
「てかクランとか話してたけどもしかして兄貴がクランに入ったのか?」
「入ったんじゃなくて団長になったんだぞ」
「……は? 才能ナシの兄貴が?」
「そうだぞ」
一瞬の間があって実は笑い始めた。
「ぷっ、ぷはははははははははっ! 才能ナシの兄貴がクランの団長? 笑わせに来ているのか!? それなら面白いな! そんなクラン誰も入らないだろ!」
「残念ながら輝夜は副団長でそれ以外に五人入っているぞ」
「は……? か、輝夜さんは会社員じゃ……?」
「もうやめて冒険者になっているわよ。それでクランに入ったわ」
俺と真昼は仲がいい。でも輝夜はあまり実のことを好きではないから会話する時も抑揚のない感じで話している。ぐれる前からこうだ。
だけど実は輝夜のことを大好きだ。だから俺が仲良くしていることが気に入らないようだ。
「――ぜんだよ。うぜぇんだよ! いつもいつも俺の前を歩きやがって! どうせ才能ナシなんだからクランの団長になっても意味がないだろ! くだらない見栄を張るんじゃねぇよ!」
「……ハァ」
前までは輝夜と同様に俺のことを必死に追いかけていたはずなのに。腐ってしまったか。
「ッ! 死ねよ!」
「きゃあっ!」
俺のため息が引き金になったのか実は近くにいた真昼を押しのけて俺に殴りかかってきた。
家の中だから反撃してもいけないし避けてもいけない。だから指一本で拳を止めた。
「家の中だぞ。それに殴りかかるなんて少し野蛮なんじゃないか?」
「……はぁ? な、なんで止めれるんだよ……?」
「分かるだろ? 俺が実よりも前にいるからだ」
「ッ! ざけんな!」
実が再び殴りかかろうとしてきたから魔糸で実を捕縛した。
「な、何だよこれ!? 何でこんなことができんだよ!」
「俺が頑張ったからだな。それよりも少しうるさいぞ。いい加減に大人しくしろ」
そう言った後まず実が見たのは輝夜だった。そして気まずそうに顔をそらしたから俺も見てみるとゴミを見るような目をしていた。
「実がダンジョンに行こうが勝手だが他人に迷惑をかけるな」
「勝手じゃないわよ」
まあ俺としては他人に迷惑をかけなければどうでもいいんだ。それで死のうがそれは本望だろ。
「チッ」
落ち着いたようだから拘束を外せば舌打ちをしてリビングから出て部屋に戻った実。
「助かったわ。あれが暴れたら家なんてなくなる」
「さすがに俺がいない間はそこまではしないだろうけど」
「……どうしたものかね」
「どうすることもできない問題だろう」
新月家と月見里家だからこそ起こった実のぐれ問題。でもそれはどうしようもないことだ。
一番の解決策は輝夜をぶつけることだがそんなものは許されないからな。だからどうしようもない。