5/28(水):最悪な出会い
三階層の立体地図埋めが終わり四階層に降りる。
あの金属を売れるかどうかは分からないな。いやたぶん俺が知らないだけかもしれないけど地上ではとれないような金属だろう。だから価値が分かれば高値がつく。
でもそれを俺個人が売ろうとした場合それができないのではないかという話だ。いきなりそんなものが素材で出品されたとしても怪しく見える。
俺と輝夜は知り合いが少ないからそういう知り合いの伝手もないからな。でもどこかのクランに入るとかそういうつもりはないから困ったものだ。
気を取り直して四階層も張り切って立体地図埋めを行う。
「いたな」
ダンジョンの中を走り回っているからモンスターが地面やら壁から出てくるシーンは見ないがのんびりしているところを通りかかって斬り伏せる。
ハイピジン四体が地面を突いているところを首をちょん切って絶命したことを一瞬認識できていない感じだった。
ハイピジンの今出た素材は二種類。『ハイピジンの羽毛』が三つと『ハイピジンの肉』が一つだ。この二つで全部なはず。
ハイピジンの肉は上手い。輝夜がハイピジンの肉をドロップしたことがあって食べたことがあるけど美味しかった。
だからダンジョン都市でドロップしなかった時は少し残念だったけどここでドロップするのなら全く気にならない。
「おっ」
次にいたのはメタルトータス三体とハイピジン二体だった。
ここで疑問なのだがダンジョンのモンスターは混ざっていることが多いのだが争わないのだろうか。別種族だから争っていそうだがダンジョン内ではそういうことは起きたということは聞いたことがない。
そう思いつつメタルトータスとハイピジンを殺す。
「メタルトータスは耐久が減るか……おっ」
ハイピジンまでは耐久が減らなかったがメタルトータスの甲羅を斬った時には耐久が1減った。だが耐久を見ていると十秒で1回復して三十秒でマックスになった。
「もうこれで十分だな」
剣王の魔剣だけでもう十分な気がする。
それよりもドロップアイテムを確認する。メタルトータスのドロップアイテムは『メタルトータスの甲羅』が三つで確かこれだけだったはず。ハイピジンのドロップアイテムは肉二つだからこれは嬉しい。
三階層みたいに四階層も隠し部屋がないかと立体地図を見るが全く見つけることなく四階層は終わった。
俺としてはまだこういう隠し部屋の宝箱があってほしいと願っている。さすがに一個だけのことはないだろう。宝箱があること自体が謎だけど。それを言ったらダンジョンが出てきたこともそうなるから気にしないでおく。
五階層に降りている途中でステータスを見るが一体一体のEXPが高くて二百倍にされているからレベルは上がっている。
でもダンジョン都市ほどではないから効率的にはダンジョン都市がいい。でも精神に余裕がなければ普通のダンジョンがおススメです。
「……誰かいるな」
五階層に降りたところの近くで四人いることが感知で分かった。
まあ今のところダンジョンですれ違う人がいても俺の速さに気が付いていなかったから今回もそれでいくかなと思っていると声が聞こえてきたことでそういうわけにはいかなくなった。
「大人しくしてろよ!」
「やめて! 気持ち悪い!」
急いで声がする方に駆けだすと女性一人に男二人が抑えて男一人が女性の上に乗っかっていた。
強姦の現場に居合わせてしまったわけだ。こういうことは本当に面白くないから見逃すことはできない。
弱い者いじめは面白い要素が一つもなくて不愉快になる。その結果が分かっているのだからつまらなくても不愉快だ。
とりあえずスマホでその現場の写真を撮る。
「誰だ!?」
シャッター音ですぐに気が付かれたがそんなこと今の俺には関係ないから前に出る。
「つまらないことをやっているな。不愉快だからやめろ」
「あ? 何だよてめぇ。殺されたくなければ今すぐにそのスマホをよこして消えろ」
「二度は言わないぞ。時間がもったいない」
今は急いでいるのにどうしてこういうことが起きるのかね。さっさと終わらせて先に進もう。
「チッ! お前らやっちまえ! さっさとしないと萎えちまう!」
「「はいっ!」」
男二人が俺に剣を持って襲い掛かってきた。
まあ冒険者だから体は頑丈だろう。男二人に腹パンをして後方の壁にめり込ませた。
「使えねぇ奴らだな……! 今なら見逃してやるからどっか行け」
俺はこういう奴らに二度言うことはしないから押し倒されている女性の近くに移動してから男の顎に蹴りを入れて蹴り飛ばした。
それを追うように走り露わになっている男の下半身を踏みつけて壁にぶつかる前に何とか止めてやった。男は声にもならない声を上げて気を失ったようだ。
「うわっ、きたなっ……」
俺の靴は血で汚れてしまった。やっぱりこういうつまらないことをやるやつは最後までつまらない。
「大丈夫か? これを着ろ」
服をビリビリに破かれているからアイテムボックスからLv130の時の報酬の聖者のコートを取り出して渡した。服はこれしかないし仕方がない。
『聖者のコート
ランク:8
DEF:25
RES:40
聖属性
HP自動回復
MP自動回復
耐久:100/100』
「あ、ありがとう」
すぐにコートを受け取って身に着ける女性。
女性は茶髪をサイドテールにして可愛らしい感じの女性だった。
「立てるか? 地上に送り届けるぞ」
さすがにこの状態で放置はできないからな。
「……あれ、あなたって」
「何だ?」
「才能ナシの末路くん、だよね?」
「そんなこと今はいいだろ」
そんなことを思い出すほど俺が有名だったのか? それにしてもまだ余裕がある気がするな。強姦にあっていたのにタフだな。
「どうでもよくないよ! 何かあったの!? あいつらクズのくせにレベルが四十くらいある冒険者なのにどうしてキミが倒せるの!?」
気になるというよりも必死にそれを聞きたいという気持ちが伝わってくる。
事後とは言えこういう状況でもこれを聞いてくるほど必死か。
普通の人になら教えることはないし無視していたところだが、こいつからは面白い気配がする。
「才能ナシじゃなくなったからに決まっているだろ」
「どう、やったの? 才能アリに後天的にできるの……?」
「そういうことだな」
「……お金を払うし何でもするから、教えてほしい。……お願いします」
コートを落とし深く頭を下げてくる女性。
「才能アリになったら何がしたい?」
「冒険するに決まっているでしょ。そうでなければこの歳で親のすねをかじって才能ナシの冒険者をしてないよ」
「それもそうか。俺も似たようなものだった」
やっぱりこういう人はいるんだよな。諦めの悪い冒険者が。
「分かった。とりあえずコートを羽織れ」
「う、うん……」
すぐにコートを羽織る女性だが心なしか顔を赤くしている気がする。今さらになって恥ずかしいことをしていると自覚したのだろうか。
渡すとしても初級魔法だ。その中で一番数が多いのは初級風魔法で三百個ほどある。
「このボトルを飲めば魔法を習得することができる」
「それで……」
「タダではないぞ。でも俺から値段を決めるわけではない。そっちが考える適正価格を払ってくれ」
「……それ、一円でもいいってこと? 今のあたしとキミは信頼関係がないのにそんなことを言う?」
「一円だったらそれだけの人間だったって思うだけだ」
実際俺はこの値段を測りかねているし、こいつのことを面白そうだと思っているからこうしたことを言ってみた。何かしてくれるのではないかと思っている。
まあ面白くなくてお金だけ稼ぎたいだけなら貸力でサブステータスを貸し出したり、お金の羽振りが良ければ貸力ではなくボトルを渡すという方法がある。でもこいつはそんなややこしいことをしなくてもいいだろう。
「ほら、いるのか?」
「も、貰うよ! ……本当にこれで?」
「疑うのなら飲めばいい。どうせ飲んでからお金を払ってもらうつもりだからな」
「疑っていないよ。でもこんなので習得できるんだって思っているだけ。じゃあ飲むね」
女性は初級風魔法のボトルを勢いよく飲み干した。
「……これで?」
「ステータスを見れば分かる」
「そ、そうだね……あっ、あ、ある……!」
やっぱりみんな喜ぶんだな。まだ輝夜とこの女性しか見てないけど。
「連絡先を交換するか」
「えっ、あっ、うんっ……あっ、スマホを壊されてる」
服をビリビリにされているすぐ近くにはボロボロになったスマホがあった。
「それなら地上に上がって連絡先を書くからそれでいいな」
「うん、ごめんね?」
「そっちが悪いわけではないだろ。だから気にするな」
時間がかかりそうだから転移を使うか。
「手、出してもらってもいいか?」
「うん」
「手を触ってもいいか?」
「キミなら私は気にならないよ。あっ、自己紹介がまだだったね。私は東江愛理。キミは?」
「新月学人だ。行くぞ」
東江が返答する前に東京ダンジョンに入るロビーに移動しようとした。だけど一歩出ればロビーのところだったが、まあ問題ないか。
「えっ……?」
「ここなら大丈夫だろ。誰かに連絡したいならスマホは貸すぞ」
「……こんなのも習得しているの……?」
「言っておくがこれは覚えられないからな」
「そ、そうだよね……スマホ、貸してもらってもいい?」
「あぁ」
俺のスマホを受け取った東江は連絡をかけている。
時間はまだ一時間と少しくらいしか経っていない。このペースなら何とか二十一階層に行けるか。でも立体地図の地図埋めはやめた方がいいか……? ぶっちゃけ今やらなくてもいいことだ
「スマホありがとう」
「迎えが来るのか?」
「うん。今すぐに来てくれるみたい」
「そうか。それは良かった」
さすがにここでコートを脱げばほぼ全裸の女性一人置いていくわけにはいかないからここで一緒に待つことにした。
「連絡先、どこかのコンビニでメモ帳でも買うか」
「それならさっきそのスマホで連絡したから大丈夫だよ」
「そうか」
誰に連絡したのだろうか。まあ家族以外にはないだろう。
特に会話することもなく一つのソファに少し距離をあけて座る俺たち。
「ねぇ」
「なんだ」
「学人くんの今のレベルを聞いてもいいかな……?」
「さぁな。三回までならレベルが違うか正解かを答えるぞ」
「うーん……八十!」
「違う」
「ねぇ、これ絶対に当たらなそうだからレベル十前後に該当するならそう言ってくれない?」
「いいぞ。さっきの八十五はそれに該当していない」
「そうだなぁ……百!」
「違うし該当していない。あと一回だな」
「えっ!? ……うーん、七十から百十は違うんだよね。たぶん七十以下はないと思うから百十以上ってことだよね……」
「もしかしたら俺のステータス上昇幅が高いかもしれないぞ?」
「ステータス上昇値を平均したら一緒じゃなかった?」
LUKを含めれば俺のステータスはそうではない。
「それはレベルが低い時の話だし、俺の経験値は最初から八百くらい要求されていたぞ」
「あっ、それでずっとスライムばかり狩っていたんだ……」
「おまけにスライムは経験値1しかくれないからな」
「……結局分からないよー。思いきって二百でどうかな!?」
「外れ。残念だったな」
「むー、悔しいなぁ」
これでドンピシャしていたら俺はもう笑い転げていたぞ。
「お嬢様!」
ロビーに入ってそう言いながらこちらに来ているメイドさんがいるが……もしかしなくてもあれが東江のお迎えなのか?
「早紀」
あぁ、やっぱり東江はお嬢様だったのか。それはつまり俺は何もしなくても当たりと巡り会えたってことか。
「大丈夫ですか!? お体は!?」
「寸前のところでこの学人くんに助けられたから大丈夫だよ」
メイド服を着て黒に水色が混じっている髪をアップスタイルにしている女性は俺の方を向いて頭を深々と下げた。
「この度はお嬢様をお助けいただいてありがとうございます」
「いえ、ああいうつまらないことは見ていて不愉快だったので気にしなくていいです。あっ、そいつらの写真を撮っていますがいりますか?」
「是非。ご当主のことです、身元が分かれば一族もろとも打ち首になるでしょう。それから謝礼もあると思います」
「それは本当に気にしなくていいので」
無表情で話しているが怒っている雰囲気がヒリヒリと伝わってくるなこのメイドさん。
「あっ、早紀。学人くんと連絡先を交換しておいて。私のスマホは壊れて使えないから」
「はい」
初めてメイドさんと連絡先を交換してしまった。そして写真もメイドさんに送った。
目を細めて静かなる怒気を強めるメイドさん。
「これらはどこに?」
「ダンジョンの中で生きているとは思いますよ。でも主犯の男は股間を踏みつけておいたのでそこは再起不能ですね」
「そうですか。ありがとうございます。まだ生きているということはまだ苦しめられるということですね」
「殺すのは簡単ですけど苦しめるのは時間がかかりますからね」
「よくお分かりで」
さて、これで東江を任せてダンジョンに入ってもいいだろう。
「俺はこれで」
「待って!」
「なんだ?」
ダンジョンに向かおうとしている俺を引き留めてくる東江。
「今すぐにお金を用意できるよ? だから私の家に行かない?」
「うーん……?」
俺がダンジョンに行くのはお金を稼ぐためだ。だからお金をもらえる場所に行くのはダンジョンに行くよりも直接的だ。
お嬢様らしいからお金の羽振りはいいとは思うが……ダンジョンを冒険したいという気持ちは強い。
「私の家、かなり大きいから直接行った方がお金がもらえるよ?」
「有名なのか?」
「無月株式会社だよ」
「そこって警備や護衛の人材を派遣する大手の会社だよな?」
「そうだよ!」
マジか。こんなことあるのか? 無月株式会社は全く悪い噂を聞かないしかなり待遇がいいとされている会社だ。
もしかしたらボトルを売り出せるかもしれないわけだ。
「どうかな?」
「……分かった。同行する」
「ホント!? やったっ!」
まあ面白そうだから行くか。