5/27(火):厄介な後輩
家事を終わらせて丁度いい時間になったから輝夜の家を出て立体地図を展開しながら輝夜の会社に向けて歩き始める。
「……大体十mか」
立体地図を見ていると十m先が作り上げられている。でも立体地図だからマンションがあれば十mよりも上を作り上げられずに切れている。
しかもよく見れば部屋の中も見える。これ、すごく悪用ができるよな。自動で更新されるんだからこの家には今誰がいるとかどこにいるとかが何となく分かってしまうわけだ。
人間が映し出されていたら誰にも教えられないところだ。
「走るか」
走っても作り上げられるのかが気になって走り始める。
最初は軽く走っていたが段々と走るのが楽しくなってきて速度を上げる。
「くはっ……!」
このステータスで地上を走ることなんかなかったから障害物の心配があったが、感知があれば人や動物にぶつかることはないし段々と速度を上げているから数分後にはその心配はなくなっていた。
大通りに出て車が走っている横を並走する。
チラリと運転手の顔を見れば男の人がこちらを見て目を見開いて驚いている顔を見て笑いそうなのをこらえて車よりも早く走り抜ける。
冒険者のステータスで人に危害を加えることは普通よりも罪が重くなるようだが、それ以外での用途は制限されていない。スポーツの大会とかはそもそも出場できないが、そう言うのではない限りは法が追い付いていない。
だからこうして車よりも早く走ったとしても何ら問題はないわけだ。でも撮影されるのはメンドウだから次にやる時は少し変装をしていかないとな。
縦横無尽に走っているため立体地図がかなり広く作り上げられている。輝夜の家から輝夜の会社までにとどまらず東京全地区制覇しても輝夜の就業時間に間に合いそうだった。
でも一番は東京ダンジョンの近くに行って転移できるようにしておく。やっぱりここはお金稼ぎするためには外せないからな。
ダンジョンの中で立体地図は作り上げることができるのか? それにダンジョン内での転移はどうなのか、検証していきたいな。
輝夜の就業時間になるちょっと前に輝夜の会社の前にたどり着いた。一瞬だけ輝夜に連絡しようかなと思ったが今更な話だ。
「誰かといるのか」
感知で輝夜が会社から出てくるのが分かったがその近くで誰かといるのが分かった。
凛として前を向いて歩いている輝夜にチャラくて茶髪の男が色々と話しかけている姿が見えた。もはや輝夜はその男のことをないものとして歩いている感じだな。
でも今まで輝夜にそれを聞いたことがなかったから何だか意外だ。輝夜は色々と俺に話してくるのにそれを俺に話さなかったのは何かあるのか。まあ気にしないからいいんだけど。
「学人!」
どのタイミングで話しかけようか悩もうとした瞬間には俺の顔を見てすぐさま駆け寄ってきた輝夜。
「どうしてここにいるの?」
「輝夜を迎えに来たいと思って来たんだ。連絡なしに来たから迷惑だったか?」
「全然そんなことはないわよ。嬉しいからいつでも迎えに来てほしいくらいだわ」
「そうか。それなら迎えに行こうかな」
「嬉しいわ」
道行く人が男女問わず輝夜の嬉しそうな顔を見て見惚れているくらいに輝夜は美しかった。
「あの、輝夜先輩?」
「気安く私の名前を呼ばないで」
「す、すみません……」
さっきの嬉しそうな顔から一変、人を殺しそうな顔をした輝夜に男は咄嗟に謝る。
「帰りましょう学人。そこの男は気にしなくていいから」
「ま、待ってください! か、や、月見里先輩!」
待ってくださいと言われたが輝夜はそんなこと気にせずに俺の腕を引いて帰ろうとする。
「待ってください! 月見里先輩!」
そんなことが平常運転のように前に行って頭を下げている。
「どうか話をさせてください! お願いします!」
周りの目など気にせずそう言っている男。チャラそうに見えて意外な一面だ。
「私言ったわよね。あなたと話すのは会社だけ。会社の中でも仕事の話以外は受け付けない。仕事が終わればもう会話をしない。しかも私の命よりも大切な人との時間を邪魔してやっているのよね? 本当に、勘弁してほしいわ」
高校や大学の時の輝夜もこうだったな。だからあまり友達とかいなかった。俺も面白くない奴と話すつもりはないから友達はいない。
それについては俺と輝夜は問題視していないからどうでもいい。
「やっぱり……その人が月見里先輩が言っていた冒険者になろうとしている同棲している人なんですね」
こいつも輝夜のことが好きな男なのか。そういう奴は何度も見てきたから雰囲気で分かる。
「冒険者なんて将来性がない危険な趣味じゃないですか! 二年もして名前もあがらない人は才能ナシですよね!? そんな人よりも俺が幸せにできます!」
おぉ、輝夜の絶対零度を受けても意見を発しているとは。
「だから? あなたには関係ないことよ」
「あります! 俺は月見里先輩のことが好きなんです! 月見里先輩のことを幸せにしたいと思っているんです!」
「幸せは人それぞれよ。あなたの幸せを渡しに押し付けないで。私は学人と一緒にいるだけで幸せで、最後の一秒まで一緒にいられるだけでもう何もいらないわ。だからあなたに関われると迷惑なのよ。こうして一緒にいられる有限な時間を無駄にさせられているわ。今度会社以外で話しかけてきたらストーカー被害で警察に行くわよ」
そう冷たく言い切った輝夜は俺の腕を引いて歩き始める。
「俺は! 諦めませんから!」
俺たちの背中にそう言い放つ男。少しは面白いな。でも輝夜はやれないけど。
「彼氏持ちなのに、よくやるな」
「迷惑な話よ」
「俺が輝夜は俺のものだって言う暇がなかったな」
「あれは言っても変わらないわよ」
「今度会うことがあったら言うことにする。言っておくことが大切だからな」
「そうしてもらえると嬉しいわ。……もうやめようかしら……」
輝夜はそこそこ悩んでいるみたいだ。
「やめればいい。俺のレベルが200を超えたから一億なんてすぐにたまる」
「……そう、かしら」
「そうだぞ。それを証明するために明日は東京ダンジョンに行って稼いでくる。その稼いだ金額を見て判断してくれればいい」
「分かったわ。……魔法を六つも習得して使わないことが苦だもの。早く一億貯めて」
「当然だ。俺も輝夜と一緒の時間を過ごしたいんだからな」
輝夜には初級水魔法の他にドロップする属性魔法は渡している。火魔法とか雷魔法とかも渡そうとしたが使わない今はいいと断られた。
「そう言えば本当に今日は迎えに来たいと思って来てくれたの?」
「そうに決まっているだろ」
「幼馴染だから分かるわ。違うわね」
「残念なことに正解だ。お詫びも兼ねてこれから迎えに行く」
「そうしてもらえると嬉しいわ」
「ま、もうやめることになるから数は少ないけどな」
「随分な自信ね。でもこういう時の学人は絶対に期待以上のことをしてくれるわよね」
幼馴染だからよく分かっている。大抵自信がある時は楽しい時だから頑張ってしまう。
「それで、何があったの?」
「あぁ、実はな」
輝夜と直接触れているため輝夜の家の前まで転移した。
「こういうことがあって驚かせようとしたんだ」
「……幻覚?」
「いや現実だ。ここに転移してきたんだ」
「……すごいわね。こんな魔法も手に入ったの?」
「転移という魔法だ。これでダンジョンの移動も楽になる」
「そうよね。下に行けば行くほど高価な魔石が手に入るけどそれだけ移動に時間がかかるのだからその転移は商売にもできるわ」
転移はどの作品でも強いからな。
「それから、輝夜でも俺みたいにレベルアップをする技を見つけたぞ」
「……それは嬉しいことだけれど、聞くのは少し先にするわ。今だと仕事に行かずにダンジョンに行きたくなるから」
「社会人は大変だな」
明日の成果を聞かせて早々に退職手続きをしてもらおう。