第六二話 稲妻の拳と黒い霧の結末
「いくぞ! 二階堂!」
いつの間にか傷を再生し終えた十月風成は言う。今度は二階堂龍牙が追い詰められていたが、彼は逃げようとはしない。彼もまた風成同様諦めが悪い人間だった。
風成は龍牙に向かって走った。真っ直ぐ向かって行ったが龍牙は相手の速さに対応出来ず、腕を構えて防御するのが精一杯だった。
「こいつっ!」
「おっっっらぁ!」
龍牙の体正面が腕で防御されていた為、風成は右足の回し蹴りで相手の右横腹を打つ。風成が右拳の周囲を白く発光させた時のように目に見える程度のプラズマを発していないが、体の周囲は僅かにプラズマ状態となっているので負の質量を持つ粒子を物ともせず攻撃出来た。
「がっぁぁぁぁぁぁぁあ」
龍牙は隣接している複合商業施設の三角屋根まで吹っ飛びながらも思考する。
(あの野郎、身体能力も異常に上がってやがる! その上、俺様の能力が効かねぇ! 明らかに能力を二つ以上持ってやがる。ありえねぇ、人間じゃ不可能だ。まるで輪廻の野郎が理想とするホムンクルスそのものじゃねぇか)
受け身を取る事すら出来ず、吹っ飛ばされた事によって龍牙の体は屋根を削りながら突き進んでいき、次第に速度が下がり静止した。
風成は一回跳躍しただけで三角屋根の上まで移動する。その姿を見たホムンクルスの少女は呟く。
「凄いね」
「うん……それにあいつ、あんなに酷い怪我をしていたのにいつの間にか治ってるわね」
本条啓子は少女の呟きに反応した。
「体が治ったのも能力なのかな?」
「あいつと何度か訓練を通して戦ったけど、確かに傷の治りが速かったわよ。今ほどじゃないけど」
「六々堂輪廻がお兄ちゃんの存在を知ってたら、わたしは造られなかったかも」
「どういう事?」
「能力を使ったら。脳みそに負担が係るのは知ってるよね」
「能力一つだけでも脳全体と全身が疲労するから、能力を二つ以上持っている人間が現われたら脳がパンクして壊れる……のが通説だったけ?」
「うん……複数の能力を持つのは人間じゃ不可能って事。だから、六々堂輪廻はほむんくるすを作った。最終的にお姉ちゃんの……本条家の遺伝子情報を沢山使って複数の能力を使える最強のほむんくるすを生み出そうとしているの」
「……でも現に使えている人間が居るわよ」
「うん」
三角屋根の上にいる龍牙は立ち上がると前方から物音が聞こえ、
「まさか……!」
と言って前方を見ると風成が佇んでいた。
「思った以上にしぶといな」
「お前には言われたくねぇな」
「確かに!」
「ふざけた野郎だ」
龍牙は体を鍛えている訳ではないが、能力で周囲の物や空気に対して斥力を生じさせる事で体を高速移動させている。その移動に耐えうる体になっている為、打たれ強くなっていたのである。
一陣の風が吹いている中、風成は動き出す。一方、龍牙は足裏に粒子を生成させて斥力で体を斜め後ろに飛ばすが、距離を詰められた。二人は空中で向き合う形になる。
「これでくたばってくれ!」
「! 【暗黒壁《ダークウォ―ル》】」
龍牙は目の前に黒い霧状の壁を生成させる。普通の人間が生成された壁を通ったら体は四散し死は免れない。しかし、体の周囲をプラズマ状態に出来る風成には関係なかった。その上、彼は肉体強化の能力を持つ。右拳を振り抜いて、いとも簡単に霧状の壁を突き抜けて龍牙のみぞを打つ。
「ぐっぁぁぁぁあ」
龍牙は空中から落下するが地面にぶつかる直前に粒子を生成させて、体を一瞬、斥力でふわりと浮かして無事に着地する。風成は龍牙を追いかけて地面に着地した後、跳躍し、移動する。
屋根から降りて来た風成を見て啓子と少女は近くに寄るが戦いの邪魔にならないように距離を取っていた。
「まだ、やる気か?」
風成は龍牙に言った。
「あったりめぇだ! お前を殺して俺様が頂点に立つ!」
「まるで俺が頂点にいるかのような口ぶりだな……そんなに自分より強い奴がいる世界が嫌か?」
「黙ってろボケが。俺様は俺様より強い力が許せねぇ、だから叩き潰すだけだ。人を守る為に戦っている甘ちゃんのお前には理解できねぇだろがな」
「お前がなにを望んでるかは知らないし、何を抱えているかなんてどうでもいい。甘ちゃんだろうが奇麗事を並べようが戦いってのはエゴとエゴのぶつかり合いだ。勝った奴が全て正しいようになっちまう」
「なにが言いてぇ」
「俺は人の為に戦っているつもりはない。自分の為に戦ってんだ。俺が守りたいから戦うんだ! 俺は俺の守りたい世界を守る為にお前の願望を打ち砕く!」
風成は右拳を引いて構えると、龍牙は両手を前に突き出す。
「俺がお前を終わらせてやる…………【白輝雷光拳】」
「やってみやがれ、【限界突破・暗黒流体星雲】」
風成の拳の周囲は白く発光し稲妻が弾け散り、龍牙の手の間どころか周囲に拡がるように黒い霧が生成された。
風成は駆け出し、龍牙を黒い霧を上に掲げた。
「にかいどおおおおおおおおおお‼」
「とおつきいいいいいいいいいい‼」
二人は同時に叫んだ。龍牙は黒い霧を放ち、風成は右拳を霧を殴りつけ進む。黒い霧は稲妻が走る拳に裂かれるように散っていき、ついに風成は龍牙の目の前に到達する。
「なっ、ぁ!」
「うおおおおおおおおおおお!」
風成は右拳をそのまま戸惑っている龍牙に打ち付け、東方向にある海沿いの道を越えて海がある場所まで吹っ飛ばした。
そして、風成は龍牙が飛んで行った方向を見ていた。相手が来る気配なかったのを確信すると、自然と赤眼は黒眼、白くなった髪色は黒色に戻り、前髪をかき上げていつも通りのヘアスタイルにした。
「勝った……」
と呟き、七時になると共にカモメの鳴き声が響いた。