第四三話 葛藤する風成
十月風成はガラスで顔を擦った所から血が出ていたので二の腕で拭った。
「くそう、ガラスが少し刺さったじゃねぇか」
風成と対峙している奏義安は言葉を返す。
「自業自得だ」
「正直、お前の能力は強力だけど、見切れない速さじゃない」
「ふっ」
義安は嘲るように笑う。
「何がおかしい」
「貴様、今、楽しんでるだろ……戦いを」
「……どういう事だ」
「ホムンクルスと一緒に帰りたいなどと奇麗事をほざいていたが、貴様は今、戦いが楽しくてたまらないはずだ」
「なーに言ってんだ。あのな、確かに俺にはそういう気があるけど、戦ってる最中に他の事考えてる余裕ないからな。…………二度と奇麗事なんて言うな」
風成は心底、義安が自身が言った言葉を一括りに『奇麗事』にされて苛立ち、静かに怒った。確かに朝っぱらからトレーニングルームにこもって修行して晩御飯の二時間後には筋力トレーニングする事が日課になっていて戦闘狂と言っても過言では無かった。その上、修行をし終える度にシャワーを浴びるので水道代もかかっていた。
風成は『負けず嫌いな性格だから』、『弱いより強い方がいい』、『自分が出来る事を続けている』等の理由を持って鍛えづづけていた。それに本心からホムンクルスの少女連れ戻して本条啓子と共に帰りたいと思っている。
風成は右手を引いて全体重を掛けるように空中を殴る。
「【衝波】」
「【小結界・集合展開】」
風成が放った空気砲が義安に向かっていったが八つに分かれた結界同士が集合し蜂の巣状の結界に戻って空気砲を防ぐ。
義安は吐き捨てる様に言う。
「隙がでかい技だ」
「俺もそう思うよ」
「【小結界・分離展開】」
「! させるか!」
義安は再び結界を八つの六角形として分離させると風成は義安に向かって走っていき、殴りかかるが、
「ぐあ!」
突如、風成は自身の顔に固い何かが当たり思わず目をつぶる。更に固い何かが上半身に何度もぶつかる。
「あ˝ぐっ、ぐっっっ!」
風成は攻撃に耐え切れず、体を仰け反らせながら後方に跳躍し、しゃがみながら義安の方を見る。
「はぁ……なんだよそれ」
「ありとあらゆる手を用意するのが戦いの常だ」
義安の背後に再分離した八つの結界が浮いていた。風成の身に何が起きたかというと結界の一つが義安の前方一メートルまで飛び出し、風成の顔を打ち付けたのであった。そして、残りの七つの結界も一つずつ飛び出して風成の体を打ち付けて後退させたのである。
(ここまでは結界が届かないみたいだ。範囲内なら自由に動かせるのがやっかいだな。さーて、どうしようか)
風成は立ち上がる。
義安は指摘する。
「なぜ笑っている?」
「は、別に笑ってなんか……」
風成は口元を触ると口角が上がってるのに気付く。
「これはあれだよ、あれ。余裕の笑みってやつだ」
「まだ自分に嘘を付くのか」
「お前いい加減にしろよ! どうせ、また戦いを楽しんでるだの――」
「いや、貴様は殺し合いそのものを」
「!」
「貴様は命を懸けた殺し合いを楽しんでいる。色んな奴と戦ってきたから分かる」
「……訳の分からない事を言いやがって」
「心当たりがあるはずだ。自分の命より興味を優先した事が」
「……」
風成はつい、自身の記憶を辿ってしまう。三年しかない記憶の中。無能力者だった当時、啓子と駿河腕合との戦いを見て命の危険を感じたのに逃げなかった自分が居た事。本条啓子に能力者の世界に入るかどうか問われた時、『戦いに身をおく』という言葉に抵抗が無かった事。桐宮セツと戦った時、自分の怪我を省みない戦法を取った事。
(違う……俺は本当に本条を助けたくて戦って。今も本条とあの女の子を助けたくて)
風成は苦虫を嚙み潰したよう顔をし、額を片手のひらで押さえて義安を睨む。
「精神攻撃でもしてるつもりか」
「本当の己と向き合った上で闘え」
「そんな必要はない……俺はお前を倒す。ただそれだけだ」
と言いながら風成は葛藤していた。そして、手はいつの間にか構える事を止めていた。