第一一話 選択
風成と啓子は病室に移動しベッドの上で座っていた。この病室は風成が住んでいる場所でもある。
「お腹空いたな」
風成は胡座かきながら口を開いた。彼の頭の中はペペロンチーノに飢えている。チラッと室内にある冷蔵庫を見て、そういえば冷蔵庫に板チョコを入れたなと思い出した。
一方、啓子は足を組みながら座っており用件を伝えようとしていた。
「話があるんだけど」
「あれだろ、俺も能力者の世界に行かなきゃいけないんだろ」
「察しいいわね」
「俺にはこれがあるからな」
風成は自身のこめかみを人差し指でトントンと叩く。推察力を自らアピールしていた。
「はいはい」
啓子は雑に返事をした。
「ていうか、あんた! 何であの日、公園に戻ってこなかったのよ? 説明して」
少女は思い出したように風成を問い質す。
「能力使いすぎて、足が動かなかったんだ。ビルの上をぴょんぴょんジャンプしてたら、急に全身が痛くなってさ」
「……馬鹿なの?」
「ということでめんごめんご」
「腹立つけど、無事で良かった」
「あぁ、そうだ、また巡り会えたし結果オーライオーライ」
「ぶっ飛ばすぞ」
風成はキレそうな啓子をなだめるために「ほら、これあげるから」と言って冷蔵庫から板チョコを取って差し出した。むっとした啓子だったが、甘い物が好きなので内心はちょっぴり嬉しかった。
「何かの病気で入院してるの?」
と啓子は尋ねながら、板チョコを割って自身の口に運んだ。
「病気に見えるか?」
「頭の病気に見える」
「おいっ」
風成はツッコんだ。
「で、結局なんでこんなところにいるのよ?」
「身寄りがないんだよ。それだけ」
「そうなんだ……私も身内はいないわよ。一緒ね」
啓子は風成の言葉に数瞬、瞠目したが、彼と同じ境遇であることを優しく伝えた。同じ身の上であることを認識させることで元気付けようとしたのだ。厳密には、唯一父親が生存しているものの国内にはいない。
「そうなのか……本条は凶暴だからな、皆近づくのが怖いんだろう、って痛っ‼」
風成は啓子に横腹をど突かれた。
「あのね、デリカシーなさすぎなのよ。あんたは」
「今のはあれだ、わざとふざけて場を和ませる、みたいな感じのあれ」
啓子はジト目で場を取り繕うとしている風成を見つめ、
「そうだ、あんた名前名乗ってないでしょ。教えてよ」
先程、「本条」呼ばれたことで訊きたいことを思い出して尋ねた。
「そうだったけ?」
「そうよ」
「俺は十月風成っていうんだ。ちなみに今食べたいものはペペロンチーノ」
「十月風成……あとちょっとうざいね」
少女は彼の名を覚えるようにぼそりと呟き、冷評した。
「冷たっ……言葉にハルバートがあるぞ」
「意味分かんないわよ」
そう言って啓子は可笑しそうに笑った。ちなみに風成は言葉にトゲがあるという意味のつもりで喋っていたが伝わるはずもない。
「はむ」
と板チョコを再び割って口に運ぶ人物は言い継ぐ。
「私達能力者は基本的に『能力所』っていう場所で過ごしているのよ。各都道府県や政令指定都市に能力所があって、私は『神戸特区能力所』に所属しているのよ」
「ふーん」
「あんたみたいに何処の能力所にも所属していない人は『治外能力者』って呼ばれて、能力所に所属していないことを良いこと好き放題に能力を悪用したり、他の治外能力者に利用されることだってあるのよ」
「利用ってなにされるんだ?」
「……人体実験させられたり、能力者を欲してる奴らに売られて下っ端として扱われることもあるわよ」
啓子が重々しい声色で語ると風成は「怖っ」と端的に感想を言う。
「それに能力所も一枚岩じゃないのよ。治外能力者と繋がりがあるスパイがいることもあるわ」
「へぇー」
少女は、
(こいつ本当に聞いてるのかよ)
と思いながら持っている板チョコをパキっと齧った。
「東京に全国の能力者を統括している本部があるんだけど、能力者が増えれば増えるほど組織は末端の人達のことまで完全には把握出来ないから何処の誰が危害を及ぼそうとしてるのか本部は把握できてないのが現状よ」
「駄目駄目過ぎるだろ……まぁ、普通の人間をまとめるのとは訳が違うもんな」
風成は、本部ってポンコツなのでは? と思ったが一応の理解をしてみた。
「本部はあんたの存在を認知してるし、正直、選択肢はないけどどうする? 来る? 私達の世界に」
「そもそも選択肢が無いから、どうしようもなくない?」
「……あんたの能力を直で見たのは私だけよ。取り消せるわ」
「え? 嘘付くの??」
風成は虚偽の報告をすると、暗に言う啓子に困惑していた。
「戦いで錯乱して幻を見たとか言えるわよ」
「いやいや、バレたら本条の立場が危うくなるだろ、それにこのままだと俺はその治外能力者ってやつに捕まるかもしれないんだろ」
「能力を使わずに平穏に過ごせば見つからないと思うわ。それにこっちの世界に来たら、もう普通の人生を送れないわよ。無理に異能が飛び交う戦いに身を置くことはないのよ」
「…………」
風成は沈黙し考えを巡らす、啓子の言った「戦いに身を置く」という言葉に不思議と抵抗がないのを自覚する。ただ、何故抵抗がないのか彼自身分かっていなかった。ただ漠然とそう感じていた。
「時間はあるからずっと考えていいわよ。私としてはうーーん、あー、あんた悪い奴じゃないし、おかしいところあるけど来て欲しいかも、なんて言ったみたり……」
啓子は風成が思案している様子を横目で見ながら、照れ臭そうに喋る。
「いいよ」
そんな彼女の様子を気にしながら、風成は答えた。
「え?」
「行くよ、連れてけ」
「思い切り良すぎよ、本当にいいの?」
「いいんだ」
「怖くないの?」
決断の早さに戸惑う啓子は訊く。
「本当に怖いのは、このまま死んでいくことかな。俺、実は二年前気付いたら病室に居てさ記憶がないんだ。この際、他の人には出来ないことをして生きたいかな。うまく言えないけど存在証明ってやつ? それに俺だけじゃ、この能力を持て余しそうだからな。本条と一緒に戦ったときみたいに頑張りたいんだ。それに俺に来て欲しいんだろ? なら、断る理由がないかな」
記憶がないという告白に啓子は動揺したが「俺に来て欲しいんだろ?」と言われると、そっぽを向いて口を開く。
「別に来てほしいとか言ってない」
「いや言っただろ」
風成は苦笑した後、彼女の正面に立って手を差し伸べて、
「よろしく」
と言い、啓子は、
「後悔しないでよ」
と言って二人は握手を交わした。
そして、物語は過去から現在に戻る。