第一話 十月と本条
――四月一二日。
時は夕刻。人気のない倉庫街にて、今年、中学生になったばかりの少年が歩いていた。
少年の名は十月風成。黒いミディアムヘアで前髪をかきあげた状態にしている。凛々しい黒い目が印象的だが、全体的に飄々とした雰囲気を醸し出している。制服の黒ズボンとワイシャツを着ており、前を開けたワイシャツからは黒色のTシャツが見える。
風成は、とある少女と会う約束をし、指定された倉庫に向かっている最中である。
(まずいな……どうしよ)
少年は焦っていた。待ち合わせの時間をとうに過ぎていたからだ。学校が終わったらすぐに倉庫街に行く予定だったが彼は放課後、屋上で爆睡してしまっていた。
そして、たった今、待ち合わせの約束をした少女の横を気付いてない振りをして通り過ぎた。
「……は?」
少女は怒気を込めてそうな声を漏らす。そのまま自分の目の前を通り過ぎた人物に冷ややかな目を向けていた。
風成は少し歩いた後に立ち止まり、少女は怪訝そうな顔をする。
(また、おかしな事をやりそう)
と勘繰る。少年の性格を考慮した結果である。一方、風成は、
(ここはもう奇行に走って笑いを取るしかない)
予想斜め上の発想に至り、風成は大きく息を吸って叫ぶ。
「本条ーーーーー‼ 出てこい‼ うおおおおおおお!」
「な、な、何考えてんのよ! 馬鹿‼」
風成は背後から聞こえる声で体を強張らせると、円状の火柱が頭を横切った。肝を冷やした彼が後ろを向くと、少女が炎を出したであろう右手のひらを広げて前に突き出していた。
風成は泡を食って叫ぶ、
「あぶねえよ! 燃えたらどうすんだよ!」
「今! 今、私の目の前を横切ったまま歩いたのよ! ぜっったい気付いてたでしょ! しかも馬鹿みたいに人の名前を叫ばないでよ!」
「だからって火を飛ばすかよ、これだから最近の若い子は」
「あんたも私と同い年でしょうが!」
「とりあえず落ち着けって、それに俺が叫んだ事で合流出来たんだろ、俺は正しい」
「そんなわけないでしょ。疲れるから、もう黙ってて」
少女の名前は本条啓子。身長は風成より少し低い程度の黒髪黒目。髪はセミロングで前髪は自然に流し、幼く可憐な顔立ちとは裏腹に強い口調を発し気の強さが伺える。白いブラウスの上に紺色で袖が無いワンピース型の制服を着ており、襟先のボタンを開けて首元の赤い紐リボンを緩めて下げていた。
先程、啓子は手のひらから火を出したのは超能力によるもので、彼女は超能力を操る人間――能力者と呼ばれる。啓子の能力は『火炎を生成し火炎を操作』する事だ。
啓子は早速、風成の軽率な行動に頭を悩ませた。何故なら、能力者というのは世間一般には認知されておらず、裏社会で生きる存在である。そんな能力者が集う施設である『能力所』に向かうのに大声を出されては堪ったものではない。
彼女は後ろに風成が付いて来ているのを確認しながら、倉庫のシャッター横の扉を開けた。
「この倉庫の中に入るわよ」
「……」
風成は黙っている、啓子の言い付け通りに。
「ここの地下に能力所があるのよ。昨日も言ったけど、この場所を一般人に知られたらお終いよ。能力者という存在がいる事を世間に知られた日には消される……まではないと思うけど、本部の人間、つまり東京にある能力所の人達から咎められる事になるわよ」
「……」
「分かった?」
「……」
目はしっかり合っているのに風成は真顔で黙っている。啓子はふざけているのか良く分からない少年の様子を見て、ツッコミたい気持ちを抑えた。なお、ふざけている模様。
倉庫の中には施設の場所をカモフラージュする為に大量のコンテナが積んである。また、入り組んだ迷路になるようにコンテナは配置されている。迷路に入って突き当りのコンテナの前で立ち止まると、啓子はコンテナを鍵で開ける。すると、地下に繋がる階段が現れた。
「昨日、色々と言ったから分かると思うけど、ここを降りると能力者として生きる事になるわよ。覚悟できてる?」
「…………」
「もう喋っていいわよ、ってか喋れ」
啓子は痺れを切らした。
そんな少女を風成は一瞥し、地下に繋がる階段を覗くと俯いて後退りする。
「どうしたの? もしかして怖くなった?」
心配そうに啓子は風成に歩み寄って、背中の後ろで手を組んで顔を窺う。
「大丈夫よ。皆、本当に良い人だから、それにしても、あんたでも怖い事があるのね」
「そんな事より、今めっちゃ、トイレ行きたいんだわ。膀胱が限界。大体、何が怖いんだよ……でも確かに本条は怖いよな! なんてな!」
「は……は、ははっ」
啓子の乾いた笑い声に風成の防衛本能は働く。しかし、時すでに遅し、啓子は風成の右頬に向けて炎で包ませた右拳を振り抜く。
「ふっっざけんっなぁぁぁ!」
「ぐああああああああああ!」
殴られた風成は空中で一回転する。そして地面に突っ伏した後、口を開く。
「くっ、なんて凶暴な生き物なんだ。ジャングル育ちかよ」
「なんか言った?」
啓子は笑みを浮かべながら尋ねる。対して風成は、
「ナニモ、イッテマセン」
と片言で返事をした。