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Side歩


 五ヶ月前。

 話があると両親にリビングに呼ばれた俺は、そこで自分が“贄”に選ばれたことを知った。


 “贄”──。

 あちらの世界から魔物がこちらに攻めてこないようにと捧げられる供物。

 生贄だ。


 “贄”を排出するコミュニティは、全国の学校、会社、その他グループから選ばれ、更にそのグループの中から“贄”自体が投票で決まる。

 今回は俺が通っていた大学が選ばれ、すぐに投票が行われた。


 俺は昔から顔が整っている部類らしく、女子に人気がある。

 それでも俺は、小さい頃から続けている剣道に集中したいからと、告白されてもただ断り続けた。

 元々あまり人との交流が得意ではないのも相まって、気がつけば男子からも女子からも、調子に乗っている嫌な奴だと認識されていた。


 それでも友人はいたが、今回の投票でそれも偽りだったのだということがわかった。

 誰一人漏れることなく、全校生徒が俺を──“贄”に選んだのだから……。

 人というものは、安易に信用できないものだ。


 父母は泣いた。

 兄も泣いた。

 弟も泣いた。


「夜逃げしてどこか別のところでひっそりと暮らそう」

 そう言った父に、俺は黙って首を横に振った。

 そんなことをしてもすぐに捕まる。

 何せ、俺たち国民はこの【贄制度】のために一人一人厳重に管理されているのだから。

 家族を、国家反逆罪に問わせるわけにはいかない。

 俺一人が行くことで家族が平和に暮らせるならそれでいい。

 俺の心残りは、剣道と家族以外、この世界にはないのだから。


 “贄”として“ヨミ”に続く扉に入る前に適性検査を受けるのは、生き餌としてきちんと生命力を持っているかを調べるためらしいが、俺は生命力どころか、魔力を持っていた。

 “光魔法”の適性を持つ勇者、だそうだ。


 それから俺は、何もわからぬ間に防具をつけられ、管理役員に付き添われてダンジョンを抜け、城に連れて行かれた俺は、そこで国王と、大司教という人に説明を受けた。

 

 勇者のみ光の剣を具現化できるのだと教えられ、更にはその具現化をマスターし、魔王城に乗り込み隻眼の魔王を討伐するように命じられた俺は、それから数日、城の客室に泊まり込みで、寝る間も惜しんで訓練した。


 そして光の剣の具現化をマスターしてすぐ、俺は魔王城へと送り出された。

 たった一人で。


 意味がわからなかった。

 なんで俺が、見ず知らずの国のために命を張らなきゃならないんだと。

 だけど、生き延びるために、俺は必死で戦った。


 命をかけて魔王を討伐した理由はもう一つ。

 城で訓練しているときに見た、彼女のことを守りたかったからだ。


 綺麗な長い銀髪。澄んだ海のような青い瞳。

 ピンと伸びた背筋に気品のある雰囲気。

 どう見ても貴族の美しい女性が、一人、訓練場の隅っこで黙々と鉄アレイを持って筋トレに励んでいるのを何度も見た。

 

 あまりに異質な光景に指導役の神官に尋ねると、彼女は伯爵令嬢で聖女だが未だ魔法が使えないのだとか。

 だがそれではただの役立たずなので、物理的な力を磨かせている。いつでも婚約者である王太子殿下を守れるように──と。


 これも意味がわからなかった。

 なんで彼女が守るんだ?

 この世界では女性は守られる存在ではないのか?


 そう思ったが、それはどうやら彼女だけのようだった。

 誰も守ってくれない彼女を、俺が魔王を倒すことで災いから守ってやれたなら……。

 そんな自己満足のような思いもあったんだと思う。


 だがその思いのおかげで、俺は魔王を倒して生きて帰って来ることができたんだと思う。

 ──ダンジョンに追放されたけど。


 角の方でおとなしくしながら息を潜めて過ごし、食料も水もない中、死を覚悟していたその時だった。


「いやー!! 何この音!!」

 女性の声が聞こえて、俺は急いで声のする方へと行ってみると──女性がいた。


 彼女はドレス姿で。

 背筋をピンと伸ばして。

 まっすぐに敵を見つめて。

 最初は暗がりの中そこまでしかわからなかったけれど、名前を聞いて心が跳ねた。

 その女性は、俺が守りたいと思った、ただ一人の人だったのだ。


 すぐに俺がゴブリンを倒したけれど、不要だったかもしれない。

 この人は、俺なんかよりもっと強かったのだから。

 あのアッパーはなかなか強烈だった……。


 ふと、先程めくりあげられたドレスから覗いた白い太ももが頭をよぎる。

 そもそも、なんであんなところにモーニングスターなんて厳つい武器隠し持ってるんだ!?

 それに胸元には非常食まで……。

 王太子の婚約者が……。

 守られるべき人が……。


 はぁ、もう考えるのはよそう。

 それより今は、この柔らかい感触に身を任せていたい──……ん?

 柔らかい──感触?


 俺の意識がふわりと上昇して、ゆっくりと重い瞼を開けると──。


「くー……くー……」

「え……」


 俺の目と鼻の先ですやすやと眠る天使がいた──……。


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