Side歩
「“魔王城探索してきます。探さないでください。ティアラ”。………………子どもの家出の書き置きか!!!!」
ティアラさんに会いに来てみれば、執務室にいたのは非常に困った顔で固まる宰相一人だった。
訳を訪ねた俺に、宰相は無言でこれを差し出したのだ。
この、たった二行の短い書き置きを……。
うそだろ?
あの人これで大丈夫だとか本気で考えて──いそうだな、うん。
ティアラさんは妙なところで抜けてるというか、天然だから、本当にこの書置きがあれば皆心配することなく待っているだろうとか考えたんだろうな。
でもそんなわけがない。
いくらティアラさんが強いとはいえ、目的は魔王城なんだ。
心配にならないはずがない。
魔王城は一度麻黄湯罰の際に行ったけれど、薄暗い森に囲まれた不気味な場所だ。
若い女の人が一人で、なんて、きっと怖がっているに違いない。
「宰相、俺も魔王城に行きます」
「はい。よろしくおねがいします、アユム殿」
俺は深くうなずくと、マントを翻し魔王城へと向かった。
***
鬱蒼とした森の中。
「久しぶりだな、ここも……」
あの時はたった一人、何もわからない世界で必死だった。
ただ早く魔王を倒してゆっくり暮らしたい。
早くあの人が安全に暮らせる世界にしてあげたい。
それだけを考えて突き進んだ。
寝る間も惜しんで進み続けて、魔王城で奴と対峙した。
──隻眼の魔王と……。
今でも思い出す。
あの鋭い目。
鋭い牙。
大きな身体。
まるでアニメやゲームの中のような禍々しい姿に震えた。
決して楽な戦いではなかったし、正直死にかけたけど、ちゃんと討伐したはずだ。
奴が肺になって消えるのを、俺はこの目で見たのだから。
なのになぜ?
なぜ今更魔王城なんかに?
「とにかく、ティアラさんを早く見つけないと」
森の中、蹄の音が軽快に響く。
この馬は国宝の魔馬という人畜無害な魔物らしく、普通の馬よりも断然早い。
あっという間に森の奥。
魔王城へとたどり着いてしまった。
前回は城から歩いて数日かかったというのに、何て差だ……。
前に来ている分、俺のことを知っているからか魔物たちも様子をうかがうだけで襲っては来なかったし、スムーズに到着できたな。
「……前回の時もこれを貸してくれたらよかったのにな……」
前国王のケチ。
大きく古びた扉を見上げると、俺は魔馬から飛び降り手綱をすぐ傍の木に括り付けた。
「少し待っていてくれよ?」
そう言って魔馬をひと撫ですると、俺は扉をゆっくりと慎重に開いた。
ギィ~~~~、と今にも外れそうな音を立てて扉を開けてすぐ目に飛び込んできた光景に、俺は思わず顔をひきつらせた。
「……うわぁ……」
なんだこれ……。
至る所に魔物の死骸。
上にも下にも壁にまで。
まさに地獄絵図。
これをやらかしたのはおそらく、いや、確実に……。
「あの人はまったく……」
一人そうこぼしたその時──ドゴォォォォォオオオオオン!!
「!?」
上の階からすごい音と衝撃が響く。
「……元気そう、だな……」
とりあえず無事であろうことに安堵して、俺は上の階を目指した。
ゴォォォオオオオオオン!!
バギッ!! ゴンッ!! ガンッ!!
上に行くほどに音が生々しく大きくなってくる……。
どこを進んでも魔物の死骸の山だし……。
ここまでだと魔物に同情したくなるな。
とはいえ、こうひっきりなしに音が続いているということは、魔物は多いんだろうな。
早いところ合流しないと。
階段を駆け上がり最上部。
大きな鉄の扉は開け放たれたまま。
そしてその先には──。
「ティアラさん!!」
「へ?」
──血まみれのモーニングスターを振り上げて、美しい聖女様がこちらを振り返った──。




