殺意交じりの結婚式
この聖マドレーナ王国に古くから存在する、荘厳なる大聖堂。
王侯貴族大勢の参列者が見守る中、本当ならば父親とともに通るこの中央に敷かれた赤い絨毯の上を、私一人で歩いていく。
真っ白なウェディングドレス。
頭には長いベール。
どちらも婚約者との結婚準備で私が選び準備していたもので、メイリア嬢との結婚で使おうと取っていたらしい。
用意した本人に着られることになってドレスも本望だろう、と言われたけれど、あの時と今とでは婚約者に対する考え方も１８０度変わったのだから、嬉しくもなんともない。
向かう先には、愛するはずのない男のにやついた顔。
あぁ、吐き気がする。
本来ならば力でもってこの場を破壊したいところだけれど、あいにく父を人質に取られている私には従うという選択肢しかなかった。
私は今日──ウェルシュナ殿下と結婚する。
参列者の中で、母とミモラが射殺さんばかりにウェルシュナ殿下を睨んでいるけれど、だめだ。
お父様を開放してもらうまでは。
そのあとは暴れようが何しようが構わないし、もはや王族自体がどうなっても知ったことではないけれど。
今だけ。
今だけ耐えるんだ、私。
「ほぉ……美しいな」
「それはどうも」
「ふん。美しいが、相変わらず可愛げのない女だ。嫁ぎ遅れのお前をもらってやると言っているのに」
「そもそも嫁ぎ遅れの原因はあなたですけどね、ウェルシュナ殿下。それに、私はもう一人で生きていくのでもよかったのです。恩着せがましく言わないでいただけますかしら？」
かつてこんなにも険悪な新郎新婦がいただろうか？
いや、いないだろう。
だってここは、愛し合う新郎新婦が愛を誓いあう場所なのだから。
にらみ合う私たちを背後から恨みがましくにらみ続けるのは、ウェルシュナ殿下の恋人であるメイリア嬢。
そりゃそうだ。
立場を奪ってやったと思っていた女に、その立場を奪い返されたのだから。
こちらとしては不本意ではあるけれど、ざまぁだわ。
私たちが睨みあいながら小声で会話を続けている間にも、司祭がつらつらと祝いの文言を述べている。
まるで結婚という地獄へ続くバックミュージックだ。
「で？ お父様は解放してくださるのでしょうね？」
お前が結婚に応じれば父親を開放する。
そういわれて私はこの純白のドレスを着たのだから。
「あぁ、開放すさ。──お前が、私の子を産んだその後に、な」
「！！ っ……ならば、早く終わらせてしまいましょう。共に過ごさねばならない時間など、最小限でいいわ」
それ以上、生涯をこんな男とともにするだなんて反吐が出る。
誓いのキスだってそうだ。
だけど私を大切に愛し育ててくれた父のためならば、耐えて見せる。
今までだってたくさんの苦痛に耐えてきたのだ。
これくらいの苦痛、きっと、大丈夫。
「ふんっ。減らぬ口だ。すぐにそのような口、叩けぬようにしてやる」
「──ではお二人とも、誓いの口づけを」
絶妙なタイミングで司祭から誓いのキスの催促が入る。
えぇいいままよ！！
私がぐっと目をつむり、唇への不快な衝撃に備えた、その時だった。
「ちょっと待ったぁぁぁああ！！」
「！？」
扉がバンッと大きく開け放たれ、大聖堂に、低く耳障りの良い声が響き渡った。
