囚われたティアラ
「やった……やったぞ……!! 聖女が魔物を倒した……!!」
誰かが興奮したようにそう叫んで、それからはその場にいた全員が大きく歓声を挙げ、魔物の討伐を喜んだ。
「さすが聖女様だ!!」
「あぁ私は信じていたよ、ティアラ嬢が本物の聖女様だとね!!」
「こんな素晴らしい聖女様を輩出した我が国はこれからも安泰だ!!」
おーおー、好き勝手言ってくれる。
人間とはなんと調子の良いものか。
力があるとわかった瞬間のこの手のひら返し。
何だか気持ちが悪い。
「おぉ……何ということだ……。ティアラ嬢、本当にありがとう……!! そして息子の数々の無礼、本当に申し訳なかった」
「そのことに関しては、陛下が謝ることではありませんわ」
謝るならばそこでブスッとしてるウェルシュナ殿下だ。
もっとも、謝られたところで許すわけがないのだが。
「こんなに素晴らしい聖女を生み出したのだ。プレスセント伯爵にはこれをやらねばならんな」
国王陛下はそう言って懐から黒い石で作られた腕輪を取り出すと父の方へと歩み寄り、そして戸惑う父の腕にそれをはめた。
「伯爵は宮廷魔術師としていつもよく国を支えてくれているからな。これは元々伯爵にと作らせた特注品だ。勇者が討伐した魔王の持っていた魔石で作らせた、国宝級の品でな、授与式をする前になってしまったが、受け取ってくれたまえ。ティアラ嬢、君も」
言いながら陛下は、今度は小さな指輪を取り出し、それを私の右手の薬指へとはめた。
「お父上のものを作る際に材料が余ってな。同じものを小さくして指輪として作ってもらっていたのだ。まさか役に立つことになるとは」
気持ち悪いほどに笑みを浮かべながら玉座へと戻る陛下に、私は眉を顰めた。
ふと隣を見ると、父も同じように何か考えているように見える。
今魔王の魔石で作ったと言っていたけれど、まさか何かしら効果のある魔石……?
「ウェルシュナ」
「はい、父上」
陛下に促されてウェルシュナ殿下が私の目の前へと歩み寄る。
久しぶりに間近に見る、王子様然りといった煌びやかな男に、思わず一歩後ずさってしまう。
黙っていれば王子なのだ。黙っていれば。
「ティアラ、本当にすまなかった」
「いえ」
出てきたのは謝罪の言葉。
気持ち悪い。
そんな言葉一つで、あの日の屈辱が癒えることはない。
「私がお前を信じてやれなかったばかりに、辛い思いをさせてきたんだ。これからはお前を労り、お前を信じ、理解できる人間になろう」
「いえ結構です」
しまった。
心の声が漏れてしまった。盛大に。
そしてその漏れた言葉によってウェルシュナ殿下の頬が引きつって固まってしまった。
ただ本当に、もうそんな言葉はいらないのよ。
今更もう遅い。
今更労り、信じ、理解されたところで、私の人生は大きく変わってしまった。
もう関わりたくも、関わるつもりもない人なのだから、あとは放っておいてほしい。
それが一番、私にとってありがたい贖罪の仕方だ。
「陛下、先程の二つの約束は守ってくださいましね。魔法で保護しているので、破ってしまうと陛下のお命も危ないことになりますから」
「無論。国民の減税についてはすぐにでも対応しよう」
よかった。
これで今まで重税で苦しんでいた国民の生活が、少しは豊かになれば……。
カナンさん達の笑顔が浮かび、自然と笑みが溢れる。
だがそんな笑みは、次の瞬間、一瞬にして凍りつくことになる。
「急いで私達の結婚式の準備をさせねばな、ティアラ」
「──は?」
今この野郎何つった?
あまりの衝撃につい心の中の口が悪くなってしまったが仕方がない。
私の空耳だろうか?
今、私たちの結婚式の準備、とか聞こえたんだけれど。
「あの、結婚式、というのは……メイリア嬢との?」
「いや、私と、お前の、だ」
「……」
「……」
「はぁぁぁあああ!?」
どういうこと!?
脳みそ大丈夫!?
私この人に婚約破棄されて、実質処刑の追放されてるのよ!?
何がどうしてそんな相手と結婚しなきゃならないわけ!?
そんなジタバタした自分を一旦落ち着かせ、至って冷静を装い、再び口を開く。
「殿下、私は婚約を破棄されておりますし、あなたにはあなた好みの愛らしいメイリア嬢がいらっしゃるではないですか。私は実家に戻り、ゆくゆくは町に降りて暮らすつもりです」
何より私を射殺さんばかりに睨んでいるメイリアに気付いて!!
「あぁもちろんメイリアとも結婚はするさ。メイリアは私の可愛い恋人だからな。だが、聖女の血を残すのは大切な義務。お前を正妻として、メイリアを側室とするつもりだ。不服はなかろう?」
「ドヤ顔で言われても納得できませんからね!?」
何で自分を殺そうとした男と結婚しなきゃならないのよ!!
何よりウェルシュナ殿下と子を成すとか絶対嫌!!
「とにかく、もうあなたと会うつもりはありません。私は父とプレスセント伯爵家へ帰りますので、これにて失礼!! 行きましょう、お父様!! ……お父様?」
腹にすえかねた私が出て行こうと父を促すも、父は動こうとしない。
見れば、愕然とした表情で自身の両手を見つめているではないか。
「お父様? どうしたの?」
「魔法が……魔法が、使えない……!!」
「はぁ!?」
魔法が使えない?
宮廷魔術師が!?
私が声を上げると、今度は黙って見ていた陛下が薄気味悪く微笑んだ。
「あぁ、効いてきたか。魔力封じが」
「魔力封じ!?」
「うむ。伯爵の進言はどうもワシには耳障りなことが多くてな。それでも余計な力がある分、聞かねば厄介。そこで、魔力を封じるアイテムを作らせたのだよ」
「魔力を封じるアイテム……。っ、まさか……!!」
「捕らえろ」
気づいた時にはもう遅い。
陛下の命令により、騎士達が一斉に動き出し、私とお父様は数人の騎士によって鎖で拘束されてしまった。
そう、先程付けられた腕輪と指輪こそが、魔封じのアイテムだったのだ。
「ティアラ嬢のものはついでだったが、作っておいてよかった」
「ティアラ。君と私の結婚式の準備が整うその日まで、君には君専用の特別な部屋で待機していてもらおう。連れて行け」
「っ、何を……!? お父様……!! お父様ぁぁぁああ!!」
ウェルシュナ殿下が言うと、私は騎士たちに厳重に囲まれ、無理矢理に部屋から連れ出されてしまった。




