いざ、城へ
「……さて……」
「ティアラ様……」
悲しんでいる時間はない。
寂しんでいる時間もない。
心配そうに私を覗き見るカナンさんに、私は俯きそうになる自分を奮い立たせ、口を開いた。
「カナンさん、失礼しますね」
いうと私は彼女の膝裏と背に手を添え、一気に持ち上げた。
お姫様抱っこというやつだ。
「へ!? ちょ、ティアラ様!?」
「これが、いいのでしょう?」
前にカナンさんの方からリクエストしてきたというのに、顔を真っ赤にさせて口をパクパクさせる彼女に、クスリと笑みが溢れる。
「魔術師達が防いでいるならばまだ多少猶予もあるでしょう。先に町にあなたを送り届けます」
カナンさんの町はこのすぐ上だ。
城下町で城はすぐだし、多少寄り道したところでそう時間はかからない。
「で、でも……スタンピードは?」
「あなたをご両親のもとへ送り届けてから城へ向かい、ウェルシュナ殿下にお会いします。おそらくその場で処刑されることはないでしょうし、大丈夫ですよ」
まぁ、死んだと思っていた私が戻ってきたことで腑は煮え繰り返るだろうけれど、処刑されるとしたら──スタンピードを止めたその後だ。
「一人で止めるんですか? 私も一緒に──」
「行きますよ。舌、噛まないようにしてくださいね」
「ひゃぁっ!?」
カナンさんの申し出を最後まで口にさせないままに、私は力を背に流すと光の翼で浮き上がった。
バサッバサッと羽音を響かせ、カナンさんをしっかりと抱きあげたまま飛んでいく。
そして長い階段もあっという間に通り抜け、第一層。
ここで出会ったんだ──アユムさんに。
そんな感傷的な気持ちを飲み込んで、私はその真上の地上を目指した。
長い岩壁をどんどん上へ上へと飛び、ついに光が見える──。
「わぁっ……」
「っ、久しぶりの日の光ですね」
こんなにも暖かかっただろうか。
久しぶりの日光の刺激に、私たちは二人、思わず目をぎゅっと瞑る。
くうぅ……久しぶりの外界は目にしみる……!!
少しの間目を瞑ってからゆっくりと開くと、青い空のど真ん中まで私は浮上していた。
地上を見下ろすと、大きく荘厳な城が小さく見える。
「さて、それじゃぁカナンさんを送り届けに行きましょうか」
そう言ってそのすぐそばの城下町へと視線をずらすと、なんだかいつもと様子が違うことに気づいた。
「あれ……?」
いつもは賑わう城下町の通りには人は誰も出ていない。
市場にも、中央広場にも、人の姿はない。
「皆とこに行っちゃったんだろう……」
「避難指示が出たのかもしれませんね」
有事の際の避難場所は、城の敷地内にある講堂だ。
もしかしたら騎士団の指示で避難しているのかもしれない。
「とりあえず降りてみましょう。残っている人もいるかもしれませんし」
もしかしたらカナンさんが帰って来ることを信じているご両親が、彼女を待っているかもしれない。
私はそう言うと、ゆっくりと降下して中央広場へと降り立った。
刹那──。
「カナン!!」
「カナンだ……カナンが帰ったぞ!!」
男女がカナンさんの名を呼びながら近くの店から飛び出し駆け寄ってきた。
ミルクティー色の髪。
よく見ると女性はカナンさんによく似ている。
もしかしてこの人たちが……。
「父さん……!! 母さん……!!」
カナンさんが子を上げると同時に、彼女は父と母と呼んだ男女にぎゅっと抱きしめられた。
「よかった……!! 無事でよかった……!!」
「お前、今までどこに……」
「ごめんなさい……!! ごめっ、ごめんなさぁぁいっ!!」
カナンさんも、お父様とお母様も、涙をボロボロとこぼしながら再会を喜ぶ。
よかった……。
やっぱりお父様もお母様も、カナンさんのこと、心配していたのね。
喧嘩しても、いなくなって欲しいはずないもの。
「カナン!! カナンじゃねぇか!!」
「帰ってきたのね!! よかったわ……」
騒ぎを聞きつけて、なんだなんだと人々が家から出てこの中央広場へと集まり始めた。
え、こんなに? 避難は?
もしかして全員避難してなかったの!?
まさかそれとも……スタンピードが起きたこと自体、知らない?
「皆、心配かけてごめん。私、森に入ったら穴に落ちちゃって……今までダンジョン“ヨミ”にいたの」
「“ヨミ”だって!?」
「そんなところからよく無事に……!!」
“ヨミ”という言葉にざわめき立つ町の住人達。
そりゃそうだ。
あそこから帰ることができるなんて前代未聞だもの。
しかもこんな若い女の子が。
「うん……。落ちたところでティアラ様が助けてくれて、一緒に生活させてもらって、ここまで送ってくれたの」
カナンさんが言うと、それまで空気とかしていた私へと視線が一気に集中した。
「ティアラ、様? うぁぁあああ!? ティ、ティアラ・プレスセント伯爵令嬢様!? ほ、本物!?」
「どうも……。偶然出会っちゃったので、ここへお送りしました。では私はこれで」
説明する時間が惜しい。
名残惜しいがそろそろ行かなければ。
「そ、そんな。娘の恩人をこのまま返すだなんて」
「いいえ。私は行かねばならないので」
「あ、あの、もしかして、スタンピードと関係が?」
「!!」
知っていたのか……。
知っていて、この町にいたというの?
「知っていながら、なぜ避難をしていないのですか? 騎士は? 誘導は?」
「そ、それが、国から警報は出たのですが、誘導もなく、避難するために城の門を叩いたのですが開けてはもらえず……。仕方なく皆家にこもっておりました」
は……?
どう言うこと?
城門も開けず、誘導もない?
それは紛れもなく、この国がもはやなんの機能も果たしていないのだということを示していた。
「……あんのくそ王太子……」
「ティアラ様!?」
私が低く呟いた暴言にカナンさんが頬を引き攣らせた。
「はっ!! こほんっ。わかりました。みなさん、すぐにプレスセント伯爵家へ行ってください」
「伯爵家へ?」
「家のものには話を通しておきます。あそこは父が結界を張っているので安全です。ここへ到達するまでに私がなんとかするつもりではありますが、
万が一のための避難を。いいですね?」
「わ、わかりました!!」
了解の言葉に私は頷くと、すぐにカナンさんに背を向け、近くに見える城を見上げた。
「カナンさん」
「は、はい!!」
私のことを聞いて、怒って城に乗り込もうとして、それが原因で喧嘩になって家を出たカナンさん。
私に、私としての存在意義を感じさせてくれた彼女には、感謝しかない。
「私のために怒ってくれてありがとう。出会えてよかった」
顔だけ彼女を振り返り微笑むと、私はまたまっすぐに前を向いて、大空へと飛び立った。




