あなたに会えて、幸せでした
“ヨミ”第五層。
“扉”の前に五人で並び立つ。
いよいよだ。
ダンジョンボスを倒した今、もうこの“扉”は、管理役員の鍵がなくとも開くことができる。
私が“扉”をゆっくりと開くと、その扉の先は真っ白な光で溢れていた。
おそらくこの光の先が──日本だ。
「手紙、ちゃんと持ってますか?」
「あぁ、うん、持ってるよ」
「お腹空いてませんか?」
「さっき干し肉食べたばかりでしょ」
「は、ハンカチちり紙は──」
「ティアラさん、それじゃお母さんだよ」
あぁ、いつもと反対だ。
いつもはアユムさんがお母さん役なのに。
いざとなるとこんな遠足前のお母さんみたいな言葉しか出て来ないだなんて。
踏ん張れ、ティアラ。
笑って。
ちゃんと送り出して。
「アユムさん。色々ありがとうございました。レイナさんも、マモルさんも」
一人で落とされたこの絶望のダンジョン。
だけど気付けばこんなにも素敵な仲間ができて、繋がることができた。
私はこの縁を、一生忘れることはないだろう。
たとえこの後、一人で生きていくことになったとしても。
ここから出てもウェルシュナ殿下が私を見つけないとは限らない。
どのみちあの家にはいられないだろうから。
私はこれから、どこかで一人、ひっそりと生きていく。
「俺も、ティアラちゃんに出会えたのは不幸中の幸いだった。いろいろありがとう。君たちの幸せを、遠くから祈ってるよ」
そう言って押し花を入れた自身の胸ポケットに触れるマモルさん。
「私も。アユムやレイナや、マモルのこと……ぐずっ、わ、忘れないからねぇぇえええ!!」
目から鼻から大洪水を起こしてしまったカナンさんにレイナさんが歩み寄りその手のひらへ自身がつけていたバレッタをそっとのせた。
「あげる。前にこれの作りが気になるって言ってたでしょ?」
この世界にはないバレッタの作りに、錬金術師の家系で物作りを生業とする生粋の職人カナンさんは興味を示していた。
レイナさん、その時は「私の大切なものだから絶対にダメ」と言って、触らせたりもしなかったのに。
「私のママが作ってくれた大切なものだから、大事にしてよね」
「でも……そ、そんな大切なもの……」
「いいの。ママにはまた会えるんだから」
レイナさんなりの、“忘れないで”の思いなのだろう。
「レイナ……うん、ありがと。大切にする」
生まれ育った世界も、これから歩む世界も違うけれど、二人は親友というものになれたんだと思う。
会えなくなったとしても、本物の。
「ティアラさん──」
「アユムさん……」
歪んだ目元。
眉間に皺。
何て顔してるのよ。
私はそんなアユムさんに無理やり笑ってみせる。
「お別れ、ですね」
もっと、一緒にいたかった。
「この世界でずっと、あなたの幸せを祈っています」
もっと声を聞いていたかった。
「身体に気をつけて。お元気で……」
大好きだと──伝えたかった。
「っティア──!!」
アユムさんが何かを言いかけたその時だった。
「!!」
私のドレスの胸元から光が溢れる。
そこに入れていた通信石に、通信が入ったのだ。
私はすぐに魔力を流して通信許可を出すと、目の前に大きく映像が飛び出した。
「ティアラ!!」
「お父様? 一体どうしたんですか? そんなに慌てて……」
額に汗。
あのお父様がこんなにも焦っている表情を見せるだなんて、何かあったに違いない。
「スタンピードだ!!」
「スタンピード!?」
飛び出した言葉に思わず声をあげる。
「あぁ……!! 旧魔王城から膨大な魔力が弾けた!! 主人を亡くした魔王城の中に封印されていた魔物たちが解き放たれたんだ!! 今……この聖マドレーナ王国に向かってる……。復讐するために──。今、神官や魔術師たちが必死に結界を張っているが、突破も時間の問題だろう……」
「なん……ですって……!?」
魔物の復讐……。
魔物達にとって絶対的存在だって魔王の敵討ち、というわけか。
アユムさんが魔王を倒してすぐに、神官達は魔王城へと結界を張り、その中の魔物達を封印した。
それを突破してのスタンピード……。結界の力が弱すぎたんだ。
私が、聖女の力を使うことができなかったがために。
「ティアラは今しばらくそこに籠っていなさい」
「!? お父様!?」
「私は陛下の呼び出しにより、これから城へ向かう。おそらく、最前線へ向かうことになるだろう。屋敷には強力な結界を張ったから、今のところミモラ達の心配はいらない。お前はそこで──確実に生きのびろ」
「お父さ──っ!!」
まるで最後かのような言葉を残して、父からの通信は断たれた。
静まりかえる第五層。
「ティアラさん、スタンピードって……」
「魔物の暴走。おそらく、主人を無くして魔王城に住んでいた魔物が暴走を始めたのでしょう。アユムさんが魔王を討伐してすぐ神官達が魔王城に結界をはり封じましたが、暴走状態の魔物達にはそれを突破することなど容易いことだったようです。手始めに魔王を滅ぼしたこの聖マドレーナを、次は世界を無差別に襲いにいくはずです」
スタンピードの魔物に基本理性などない。
一つの目的を達成すれば、後はただただ破壊と殺戮を繰り返すだけ。
「っ……なら俺も──」
「ダメです!!」
彼らはもう、返すんだ。
平和なあの国に。
愛する人たちが待つ場所へ。
「私の羽は──、一人で定員オーバー、ですから」
「え、きゃ!?」
「うわっ!?」
トンッ──と私は右手で守さんを、左手でレイナさんを扉の中へと押し出す。
すると二人は光のなかへと吸い込まれるように消えていってしまった。
こんな別れ方、望んではいなかったのだけれど……。
「ティアラ、さん……なんで……」
「アユムさん」
泣くな。
泣いちゃダメだ。
私は両目から溢れ、こぼそうになる温かいものをぐっと押し込めると、ただ、笑った。
「あなたに会えて……幸せでした……っ」
トンッ────……。
「ティアァァァアアアアアアア!!」
光の中へと吸い込まれていくアユムさんを見つめながら、私は自分の愛称を叫ぶ大好きな声を心に刻むと、バタンと思い切り“扉”を閉め、聖魔法を“扉”に施していく。
そしてあちらとこちらを結ぶ“扉”は封じられた。
永遠に──……。




