歩の告白
「ティアラさん、今度は俺のこれまで、聞いてもらえますか?」
「アユムさんの──これまで? はい、私でよければ」
私が答えると、アユムさんは少し安心したように息をつき、
「あなただから、聞いてほしいんです」
と頬を緩めゆっくりと口を開いた。
「俺は小さい頃から剣道をやっていて、剣道一筋で今まで生きてきました」
「!! やっぱり、アユムさんの構えは剣道の型だったんですね!!」
剣道に詳しかったわけではないけれど、テレビで時々見る試合と同じ構えと立ち方だったから、なんとなくそうかなとは思っていた。
アユムさんの道着姿……うん、絶対似合う。
「はは、同じ日本人ですし、やっぱりわかってましたか。……スポーツ推薦で高校に入り、大学も剣道で有名な大学に入学。これからもっと剣道を極めていこうとしていたんです」
彼の腕ならば確実に世界で活躍することができるだろう。
なのに“贄”なんかに選ばれるなんて……。
こんなに優しくて誠実な人が。
「あの……私やっぱり、アユムさんが“贄”に選ばれるほど誰かに嫌われるなんて事、信じられないんですけど……」
トラブルになるような気性の荒さもないし、どっちかというと男女ともにモテそうなイメージしかない。
「んー……そう、ですね……。人の悪意は、トラブルになる、ならないで向けられるものばかりじゃないんだと思います。……その……、自分でこう言うのも変な感じなんですけど……、俺、昔から女の子によく告白とかされていたんです」
「!!」
まさかのカミングアウト──!!
いや、わかってたけどね!?
そうだろうなぁって思ってましたけどね!?
その顔にその性格。
モテないはずがない。
チッ……リア充め……。
私の思考を読んだかのように、アユムさんは慌てて、
「ち、違いますからね? 俺は剣道一筋でしたからね!?」
と弁解し始めた。
なぜそんなに焦ってるんだろうか。
「と、とにかく、剣道一筋だった俺は、誰からの告白も断り続けて──そうしていると、男からも女からも“調子に乗っている”と変な敵意を向けられるようになったんですよね」
「ひどい……」
「それを放置していたら、“贄”にされてしまいました」
『なんであいつばかり』
『なんであの人は気持ちに応えてくれないの?』
そんな膨れ上がる負の感情にさらされながらも、自分のやりたいことを貫いていたアユムさん。
そんな彼から、描いていた未来を奪ってしまったのか、あの扉は。彼の周りの人々は。
「そんな……アユムさんは何も悪くないのに……」
「はい。でも、もういいやって諦めたんです。周りがその気なら、あんな世界──って。俺がごねて家族に悪い影響が出るくらいなら、俺は“贄”として死んだっていい。そう思っていたら、勇者の力があることがわかって、なんか、魔王を倒せって言われて。嫌々ながらに光魔法の練習をしました。途中までは──」
「途中までは?」
私が言葉を返すと、アユムさんは私の目をじっと見つめてから、柔らかく微笑んだ。
「あなたに、出会ったから」
「私に?」
え、その時期私、アユムさんに会ってないんだけど、どういうこと?
人違いなんじゃ……?
混乱した私に、アユムさんは変わらぬ微笑みを浮かべたまま続けた。
「城の訓練場で、光の剣の修行中、あなたを見つけました。隅っこで、懸命に筋トレをする御令嬢を」
「ふぁっ!? み、見てたんですか!?」
恥ずかしすぎる……!!
全く気づかなかった……!!
ていうか、筋トレに励む令嬢とか不審者でしかない……!!
「お、お見苦しいところを……」
縮こまる私に、アユムさんはふふっと何かを思い出したかのように笑った。
「いいえ。ぷくっと頬を膨らませながら筋トレに励む姿は可愛らしかったです」
「かわっ!?」
アユムさんから飛び出した言葉に、返す言葉が詰まる。
おそらく彼は無意識なのだろうからいちいち反応していたらこちらの身がもたないのだけれど、どうにも彼の天然発言には慣れない。
「……それに、その真剣な姿に、気づけば見入ってしまってましたから。そして神官から、あなたのことを聞いたんです。婚約者である王太子のために強くならねばならないのだと」
あぁ。きっと、無能だからせめて力だけでも鍛えてもらわねば、とか言ったんだろうなぁ……。
はっ……!!
ということは、アユムさんは最初から私が役立たずだと知って──!?
「百面相しているところ申し訳ないですけど、早とちりしないように。俺はそんな偏見で貴女のことを見てませんでしたからね」
またも私の思考を読んだかのように告げたアユムさんは、もう思考が読める超人なんじゃないかとも思う。
「婚約者のために懸命になるあなたを見て、この人と守りたい、と思った」
「へ……?」
聞き間違い?
耳がおかしくなった?
硬直する私をよそに、アユムさんは続ける。
「あなたを、ドロドロに甘やかしてあげたいと。でもそれは婚約者の仕事だから、俺はせめてあなたが安心して暮らせるよう、魔王を倒そうって。俺が魔王を倒せたのは、あなたに出会ったからなんですよ」
真っ直ぐに向けられた真摯な眼差しから目を背けることができない。
なんだこれ。
まるで──。
「あなたに出会えたんだ。ここにきたのも悪くない。そしてここに落とされたのも。だから、これからはたくさん頼ってください。俺は、あなたのことを大切に思っているんですから」
「アユムさん……。はい!! 私も、アユムさんのことがとっても大切です!! いつもお世話してくれてありがとうございます。私もアユムさんに頼ってもらえるように、しっかりしていきますから、これからもよろしくお願いしますね!!」
アユムさんはいつも私を見守り、お世話をしてくれようとする。
まるで第二の母のように。
私だって、そんなアユムさんの力になりたい。
「んー……多分伝わってないな。……まぁいいか、今は。──ティアラさん」
「はい? ──っ!?」
小さなリップ音とともに額に落とされたのは、柔らかな感触。
見上げれば耳まで赤くしたアユムさんのお顔。
「そろそろ行くよ、ティアラちゃん」
赤い顔のまま微笑み、私を引き上げたアユムさんに、私の時がしばらく止まったのは言うまでもない。




