信頼できる存在
しん、と静まり返ったダンジョン。
所々に柔らかい光を放つ光苔が、炎の魔石がなくとも辺りを仄かに照らし出す。
ちゃぷん──……。
ここは泉のある二層のフロア。
私は一人、ひんやりと冷たい泉の中へと足をつけた。
「冷たっ」
いつもは炎の魔石の力で温泉化している泉も、今は本来の冷たい水。
その冷たさが、僅かに熱をもった身体に染み渡る。
聖女の力が目覚めた。
あれだけ願い続け、無理だと自分を自分の観念で縛り付け、諦めた聖女の力が。
私は今まで、心のどこかで自分がまだあの世界の人間なのだと思おうとしていたのかもしれない。
女子高生としての私が死んだなんて信じたくなくて。
もう父母や友人に会えないという現実を……、一生この世界で、この窮屈なドレスで生きねばならないという現実を信じたくなくて。
今世の、ティアラ・プレスセントとしての生を、拒絶し続けたのだきっとそれがストッパーになっていたのだろう。
自分という存在を認めた瞬間、私の中に力が巡り始めた。
そしてさっきの治癒能力だ。
完全に聖女としての力を覚醒させることができたんだ。
「──私……、本当に聖女だったのね……」
「ぷふっ……!!」
呟いた言葉に反応するように聞こえたのは、誰かが吹き出す声。
「!! アユムさん!!」
振り返るとそこには、口元をおさえ必死に笑いを堪えるアユムさんの姿が……。
「ぷっはははっ!! 何を当たり前なこと言ってるんですか!! 深刻な顔してたと思ったら……ぷふふっ……!!」
どうやらアユムさんのツボに入ったらしい。
彼は普段クールな表面な割に、自分のツボに入るとそれはもう盛大に笑い出す。
このダンジョン生活で彼の意外性はすでにバレている。
仲間が増えてからは気を張っていたのか、ずっとクールで落ち着いた彼になっていたし、こんなふうに笑っているのを見るのは久しぶりだ。
私は変にクールぶった彼よりも、こっちの方が好きだったりする。
うん、人として、ね。
笑いながら私の隣に座り込み、彼は私を見つめた。
さっきまでとは打って変わった、穏やかで落ち着いた、優しい眼差しに戸惑ってしまう。
「あ、あの、アユムさん?」
「ティアラさん。……俺は、一度だってあなたが聖女ではないなんて思ったこと、ないですよ」
「へ……?」
思わず間の抜けた声が漏れた。
だって私、聖女らしいこと、何もしていないのに。
ただモーニングスターを振り回して、返り血を浴びながら戦って、捌いて……なのに?
不思議そうにアユムさんを見上げる私に柔らかく微笑んだ彼は、私の手をそっと取って口を開いた。
「誰かのために力を振るえる、その心は誰よりも聖女らしい」
「っ……」
とくん、と鼓動が跳ねる。
そんなに真剣な表情で、そんなことを言われたら……。
返す言葉に迷う私をよそに、アユムさんは再び口を開く。
「力を使えるようになって、あなたの努力が報われて、よかったです」
「アユムさん……。はいっ!!」
彼なら話しても──。彼だから、話したい。
そう思った時には、口から溢れ出していた。
「私はもう日本人の……、普通の《・》女子高生ではないのだと、認めることができたからこそ、です」
「!! 日本人の──女子高生……?」
目を大きく見開いて私を見つめるアユムさんに、私はゆっくりと頷いた。
今までこれを口に出すのが怖かった。
自分があちらの世界からも、こちらの世界からも、弾き出されるのではないかと不安だったから。
でも、彼なら大丈夫。
彼には知っていて欲しい。
「……はい。私は──前世はアユムさんやレイナさん、マモルさんと同じ日本人。──普通の、高校生でした」




