Side歩
れいなちゃんやカナンちゃんが来てから、それまでの俺とティアラさんの関係は一変した気がする。
俺は極力、れいなちゃんのそばにいた。同じ日本出身で、“贄”として連れてこられた心細さはわかるつもりだったから。
そこからすぐにカナンちゃんも加わって、二人とも、俺に依存するかのように常に一緒にいるようになった。
代わりに、ティアラさんと二人の時間は少なくなって、どんどん会話は無くなっていったように思う。
ティアラさんは自己肯定感が異様に低い。
きっと、元婚約者や周りの人間から、良いように扱われてこなかったんだろう。
だから自分のことはいつも後回しで、他人を優先させる。
俺が……、俺が一番気にして優先させたいのは、ティアラさんなのに。
王城で見た儚げな、それでいて懸命に剣を振るう姿が時々チラつく。
カナンちゃんが加わって、より一層賑やかになった。
二人とも、悪い子ではないし、特にカナンちゃんは時々ティアラさんに声をかけたそうにしては遠慮しているようにも見える。
身分の差を考えたがゆえのことなのかもしれないが、それがティアラさんにどれだけ伝わっているか、だが、おそらく伝わってなどいないだろう。
彼女達から、いや、俺達から一線を引いてしまっているようにも見える。
俺の気持ちも伝わっていないままに。
彼女たちはあちらの世界で近づいてきた女の子達と同じ。
俺に幻想を抱いているだけだ。
すぐにどうでも良くなる。
今は二人の心細さが緩和できるならそれで良いかとも思っていたが……。
『居心地悪……』
呟かれたのは──おそらくティアラさんの本音。
俺たちがぽかんとして彼女に視線を移せば、彼女はすぐに我に帰り、制止する俺の声を無視してテントから出て行ってしまった。
そして買って来たと思えば知らない男を連れているし、通信石の発動を頼んでくるし……展開が早すぎる。
守さんは良い人だと思う。
気を使わせないように俺たちに積極的に話しかけ、会話を促してくれる。
大人の余裕、というか……ティアラさんも、あぁいう人が好みなんだろうか。
もやもやしてすぐに眠りから醒めると外から話し声が聞こえた気がして、外に出て、見てしまった……。
ティアラさんと、守さんが二人でいるところを──。
微笑み合う二人がどうしようもなく遠く見えて、そしてお似合いで、邪魔をしてはいけないのに、気づいた時には声をかけていた。
「ティアラさん?」
「!! アユム、さん……」
驚きに目を大きくしてこちらを振り返るティアラさん。
「アユムさん、何でここに……」
「偶然起きてしまったところで、外から音がしたので」
「どっ、どこから聞いて──!?」
明らかな動揺を見せるティアラさんに、俺は少しだけ苛立ちを感じた。
俺に聞かれてはまずい話を二人でしていたのか?
「心配しなくても、何を話していたのかなんてはっきり聞こえていません」
モヤモヤからつい口調が冷たくなってしまったが、それを弁解する余裕は俺にはなかった。
「そうですか……」
何だそのホッとしたような顔。
何で俺は……こんなにイライラしているんだ?
「じゃぁ私、そろそろ行きますね。マモルさん、ありがとうございました。お二人とも、おやすみなさい」
少しだけ気まずそうにしながらも挨拶をして、ティアラさんはドレスを翻しテントへと戻っていった。
「……」
「……」
残されたのは男二人。
どうして二人で?
何を話していた?
気になることは頭の中をぐるぐると巡るのに、それはなかなか口から出て来てはくれない。
俺がくり出す言葉を考えていると
「歩君はさ」
守さんが先に口を開いた。
「?」
「歩君は、ティアラちゃんのこと、どう思うの?」
「!! ど、どど、どうって……」
動揺のあまり思わず吃ってしまったが、気にすることなく守さんは話を続ける。
「さっきティアラちゃんに『俺は、貴女といるこの世界は……悪くないと思ってる』って言ってたじゃん。そういう仲なの?」
何だその微妙な声真似は。
「そんなんじゃ──」
「じゃぁ、俺がもらってもいい? ティアラちゃん」
「──っ!!」
息が止まるかと思った。
守さんが……ティアラさんを……?
確かに、落ち着いていて、でも人の心を読み取るのがうまくて、人懐こい守さんなら、ティアラさんは幸せになれるかもしれない。
歳も近いし、安心できるのかもしれない。
でも──。
「嫌です」
まるで子供みたいな主張だ。
だけど、嫌なものは……嫌だ。
「ティアラさんは、俺が守る。あの人を守りたくて、俺は魔王を倒したんだから──」
光の剣を出現させる訓練は、決して楽なものではなかった。
それまで魔法なんて無縁の世界で生きてきて、いきなりお前ならできるからやってみろとか、無茶な話だった。
だけど、そんな無茶な話もやってやろうと必死で努力したのは、ひたすら婚約者を守るための力をつけようと筋トレを続けていた、まっすぐな彼女がいたからだ。
婚約者を守るために力をつける彼女を、俺が守りたいと思ったから。
だから必死で力を使えるようになって、死ぬ気で魔王討伐を果たした。
俺の原動力は、あの日からいつだって彼女だった。
「……そっか。うん。じゃぁしっかりあの子を見ててあげな。あのこもそれを望んでるだろうからさ。ふあぁ〜……。んじゃ、俺も寝るね。おやすみ、歩君」
守さんは俺だけ伝えると、大きな欠伸を一つしてからテントの中へと帰っていった。
なんというか……嵐のような人だ。
そして気持ちを見透かされているようで、何だか落ち着かない。
でも、言葉は嘘じゃない。
白で一人、ひたすら鍛錬に励むい彼女を守りたい一心で魔王を倒した。
その彼女が今、一緒にいる。
手の届くところに。
俺が──俺が絶対に守ってみせる──!!




