イレギュラーな“贄”
「卵が……しゃべった──!?」
まさか卵料理にされることを憂いた“ヨミ”コカトリスの卵の怨念!!?
いやまさか。
“ヨミ”コカトリスの有精卵は青い色をしている。
赤い色してるってことは、生まれることのない無精卵。
喋るはずがないわ。
「落ち着いて、ティアラさん。影に誰かいます」
「へ?」
良く目を凝らしてみると、卵と卵の間の暗がりに人影が……。
「人間!?」
私の大声にビクリとその影が跳ねる。
まずい、怖がらせてしまったかしら?
「大丈夫。怖くないから、出ておいで」
怯えた様子のそれにアユムさんが優しく声をかけると、影はゆらりと動き、ゆっくりと巨大卵の影から姿を現した。
「え……」
「その服……!!」
赤いリボンのバレッタでハーフアップにされた、肩下までの黒髪。
同じ色のぱっちりとした大きな瞳。
そして──セーラー服。
私が驚きに言葉が出ないままでいると、アユムさんが彼女にそっと近づき、穏やかな声で言った。
「大丈夫だよ。俺は黒崎歩。十八歳の大学一年生」
落ち着かせるように優しく語りかけるアユムさんに大きな瞳がふるりと揺れた。
「う……うあぁぁぁぁぁぁあんっ!!」
大声をあげて泣き叫び、アユムさんの胸に縋り付く少女に、私の胸が小さく痛み音を立てた。
「──落ち着いた?」
あれから私たちは、少女を連れて拠点のテントに戻った。
戻ってからもしばらく泣きじゃくっていた少女は今は少しだけ落ち着いて、アユムさんの問いかけに彼のシャツを掴んだまま、コクリと頷く。
冷たいお水を少女に差し出すと、一瞬だけ躊躇して、それからアユムさんの顔を見上げ確認する。
アユムさんが「大丈夫」と言うと、安心したように少女は水を飲み干した。
得体のしれない女からの飲み物は怖いわよね、うん。
大丈夫、傷ついてない。ほんと。
「あの……助けてくれて、ありがとう。私、坂巻れいな。高校三年生。この間十八になったところ」
若い……。
高校三年生、前世の私と同じ歳……か。
「私はティアラです。よろしくお願いしますね」
あえて自身の年齢触れず笑顔で挨拶をすると、レイナさんはこちらを見てから小さく頷いた。
「なんでれいなちゃんはあんなところにいたの?」
アユムさんが優しく尋ねると、レイナさんはピクリと眉を顰めた。
「……“贄”に……選ばれたの」
「“贄”に?」
でも確か、それは一年に一度ってアユムさんが……。
アユムさんもそれを思ったのか、訝しげな顔をして口を開いた。
「今年の“贄”は俺のはずだけど……」
「“本贄”はね。ニュースで見たから、歩君のことは知ってる。でもね、ニュースに出ることのないイレギュラーな“贄”が存在するんだよ。……私、敵が多いみたいで、いろんな人が私を追放したいと通報したんだと思う。私を“ヨミ”送りにしてくれって。ある日突然私はここに落とされたの。守ろうとしてくれたパパとママから引き剥がされて。どうにか上を目指そうとして、魔物の目を掻い潜りながら一つ上の階に上がったけど、なかなか隙がなくて……怖くて、ずっと隠れてたの」
「イレギュラーな、“贄”……」
そんな……。
そんなのただの私情を挟んだ私刑じゃない!!
胸糞悪い……!!
いろんな人から向けられる敵意の最終形態が“ヨミ”送り。
でも、レイナさんはまだ出会ったばかりで良くわからないけれど、少なくともアユムさんが“ヨミ”に落とされるくらい嫌われてると言うのは信じ難い。
何はともあれ、【贄制度】自体を何とかしないと、アユムさんやレイナさんみたいな犠牲者が次々と送り込まれるだろう。
それに、ご家族だって心配なはずだ。
「レイナさん。ここで一緒に暮らしながら五層の“扉”を目指しませんか?」
気づいたら、そう提案していた。
ここから上にはもう魔物はいない。
テントで暮らしながらお父様の救援ロープを待って、一緒に地上に出て、街で暮らしていくことだって可能だ。
だけど話を聞く限り、レイナさんもアユムさんと同じように、お父様とお母様との仲は良いのだから、戻って安心させてあげた方がいい。
「え!? む、無理だよ……。扉は鍵がないと開かないもの……」
「でも帰る手立てはきっと見つかるはずです。それこそ管理役員がここを通る時にでも捕まえて開けさせればいいんです」
連れてきたのは彼らでもあるんだから、少しぐらい手荒い真似も致し方ない。
「えぇ……野蛮……。私、力無いから戦えないよ?」
はい、どうせ私は脳筋聖女です。
「大丈夫です。戦うのは私に任せてください。お二人とも、ご両親やご兄弟がきっと心配しています。だから、無事に帰りましょう」
突然“贄”に選ばれ、突然連れてこられたんだもの。
お父様とお母様が心配していないはずがない。
年長者として、私がしっかりと守って送り届けないと!!
こうして私たち二人のパーティに、新たな仲間が加わったのだった。




