勇者様はお母さん気質
通信が切れてからも、私はしばらく無言でその残像を見つめていた。
最悪、私がここから出ることができなくても、プレスセント伯爵家はミモラが継いでくれる。
私のせいで伯爵家がお取り潰しになったら流石に困るけれど、国王陛下がそんな采配を下すとは思えない。
ならば、私一人いなくなったところでどうにかなる伯爵家ではないから、ひとまずは安心して良いだろう。
簡単に死ぬ気はないけれど、その覚悟だけはしておかないと。
「ティアラ……さん?」
アユムさんの深く穏やかな声が響いて我に帰った私は、「何、でしょう?」と彼に視線を向けた。
「あの、新しい婚約者、というのは……」
「あぁ……」
そういえば話していなかった。
私のこと。
「そうですね、気になります、よね。……でもその前に──お風呂、入らせてください」
「────は?」
なんとも間の抜けたアユムさんの声が、ダンジョン三層に波紋のように広がった。
──「ふぅ〜……身にしみる〜」
二層の泉の隣に、モーニングスターで砕いた浅い穴。
そこに泉の水を汲んで入れ、さらにアユムさんに発動させてもらった炎の魔石を入れれば簡易露天風呂の完成だ。
「何おじさんみたいな声出してるんですか」
私がお風呂に入っているすぐ側で、アユムさんが背を向けて見張りをしてくれているのだけれど……どうにも落ち着かない。
話題を探そうにも五つも歳が離れているし、前世は同じ世界の同じ国に住んでいたとはいえ、前世の記憶とかスピリチュアルなことを言って引かれるのはキツいものがある。
さてどうしたものか……ぁ、そういえば……。
「そういえばさっきの話ですけど……」
「はい?」
「新しい婚約者、ってやつです」
アユムさんはおそらく王族とは面会済みだろうし、王太子の婚約者である私のことも聞いている。ならさっきの話を不思議に思っても無理はない。
話しておいてもいいだろう。
「実は私、婚約破棄されまして」
「破棄!?」
私の告白に声をあげて、咄嗟にこちらを振り返るアユムさん。
そしてすぐに我にかえってから「うぁぁああっ!! ごめんなさい!!」と慌てて再び背を向けた。
「ぁ、え、えぇ」
むしろこんな色気のカケラも無い入浴シーン見せてごめんなさい。
「あ、あの……、なんで破棄なんて?」
戸惑いながらも尋ねるアユムさんに、私は静かに答えた。
「……私に、力がないから」
「力……ですか?」
「えぇ。私は聖女として生まれたけれど、魔力を流すことができなくて……。聖女の力を使うことが未だにできません」
「ぁ……」
何かピンときたように、アユムさんが小さく声をあげた。
おそらく私を嘲笑ってきた神官あたりから色々聞いていたのだろう。
「だから私は、せめて聖なる力無しでも婚約者を守れるようにと、幼い頃から鍛錬を積み重ねてきました。武術はもちろん、あらゆる毒に耐性をつけるよう、少しずつ毒を身体に慣らしていったり、いつでも不審者に対応できるように暗器の扱いもマスターしました。そしてその結果出来上がったのが──脳筋聖女」
聖女かどうかも怪しいから“もどき”をつける人もいたけれど。
「アユムさんに出会った日、私の婚約者であったウェルシュナ殿下が学園を卒業され、王城で卒業パーティが行われていました。私はパートナーとして出席し、半年を待たずして彼と結婚する……予定でした」
「予定……」
「えぇ。パーティで殿下が手を取っていたのは私じゃない。殿下の二つ下のメイリア・ボナローラ子爵令嬢でした。聖女もどきで五つも上の年増で嫁ぎ遅れの私より、年の近い若い人の方が良かったのでしょうね。私はその場で婚約の破棄を宣言され、聖女だと騙した罪で“ヨミ”送りの刑に処されたのです。一度も家に帰ることも許されず送られてしまったので、父母や妹に何も言えず仕舞いでしたが……また話ができて良かった……。それでも迷惑をかけたであろうことは変わりないんですけどね」
お父様もお母様もミモラも、とても心配していた。
私のことを大切に思ってくれて、私が役立たずの聖女でも見捨てることなく愛してくれた、大切な家族だ。
だからこそ、迷惑をかけたくはないし、心配させたくはないのに。
「そんな……横暴すぎます……!! ティアラさんは婚約者のために強くなったのに……。それに結婚だって、王太子の卒業を待っていたから遅くなっただけでしょう? それで嫁ぎ遅れとか……ふざけてる……!!」
「アユムさん……」
再び私の方に視線をむけ、真剣な表情で吐き捨てる。
アユムさんの怒りがひしひしと伝わってくる。
家族以外で私のためにこんなにも怒ってくれる人がいるなんて……。
この人は、人の心を思いやることができる、とても優しい人なんだ。
そんな人を、こんなところで死なせたりしない。
絶対に元の世界にかえしてあげないと!!
「でもアユムさん。私、追放されて良かったとも思ってるんです」
「え……?」
「だって、アユムさんに出会えましたから。こんなに優しい人に出会えて、私、きっとラッキーです」
「〜〜〜〜っ!! はぁ……それは俺のセリフですよ。俺も、ここに追放されて、あなたに出会えて良かった」
吸い込まれそうなほどに澄んだ漆黒の瞳が私を捉え、優しい低音ボイスが耳に心地よく響く。
まるで時が止まったかのような一瞬に我を忘れかけると、アユムさんがハッとして再び視線を逸らした。
「そ、そろそろ出ないと、ふやけますよ。これ、取り敢えず巻いて出てください」
そう言って私の方へと投げよこしたのは、自分が羽織っていた黒いマント。
「見つけたタオルは俺がさっき洗っておいたので、ティアラさんが出たらその炎の魔石で乾かします。火力を調整したら一瞬で乾くので少しの間それで辛抱してください」
「え? あ……は、はいっ」
「あ、それと……失礼かと思ったんですが、ティアラさんが着ていたドレスもかなり血がついていたので洗っておきました。それも一緒に乾かしますから、乾かし終わったら着替えてくださいね」
「えぇっ!?」
ど、ドレスを……こんな若い男の子に洗わせてしまうだなんて……!!
「すみません。お手数をおかけして……」
「気にしないでください。部活着とかは洗濯機使えないから、自分で手で洗濯してたので慣れてます。だからほら、俺はこっち向いてるから、身体を拭いて」
「は、はいっ」
私は泉から上がってアユムさんのマントを羽織り身体を隠すと、泉から取り出した魔石で洗濯物を乾かす青年を見て思った。
──お母さんだ……!!
そしてそんなお母さん気質の年下勇者様は、私が着替えてからも、濡れた私の長い銀髪をタオルと炎の魔石で丁寧に乾かしてくれたのだった。
アユムママン……!!




