表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

【コミカライズ】真実の愛とお幸せに

作者: 黒須 夜雨子

ざまぁモノとしては何番煎じなありがちパターン。

夢見がちな脳味噌ゆるふわ殿下の残念思考と、そんな彼へのざまぁが展開されます。


2023/8/31

ジャンル別日間ランキング(恋愛) 1位!

誤字報告も助かってますし、感想も読んでいます。ありがとうございます。

今回は王子様の末路が見たいみたいな感想を頂いた気がしたので、コッソリ追加しています。

奈落の底へ落とすことはせず、とりあえず夢だけは叶えてあげました。


ジャンル別週間ランキング(恋愛) 2位!


「アリーチェ、聞いて。

真実の愛に出会えたんだ」

月に一度、約束されている婚約者同士のお茶会の場で、非常に嬉しそうに報告してくるオルランド殿下に笑顔のままでいられたのは長年の教育の賜物だろう。

もしくは慣れ、だ。殿下の後ろに控える彼の侍従も無表情でいる。

「まあ殿下。真実の愛だなんてロマンチックなこと。

どのような方かお伺いしても?」

お見せしようとしていた指輪をそっと手の中に閉じ込め、殿下が口を開くのを待つ。

そうして始まった殿下のラブロマンスを、溜息を喉奥へと押し込めながら拝聴する羽目になるのだった。


ゆくゆくは国を背負った王になるわけでもない、第三王子のオルランドが出会ったのは一人の編入生だ。

膨大な魔力と優秀な成績を認められ、平民で行ける水準の高い学園から推薦状を携えてきたのはアンジェラ・ニコリ。

ふわふわのピンクブロンドと淡い若草の瞳が可愛らしい少女だった。

貴族ばかりの学園に通うことになったのだが、学園が広くて迷ってしまったところをオルランドと出会う。

最初は王子であるオルランドに対してどう対応したらいいのかわからなかったが、オルランドが誰にでも気さくな態度を取るので、アンジェラもすぐに笑顔を見せてくれるようになった。

恥ずかしそうに差し入れのクッキーを渡してきたり、生家がパン屋であることからシンプルなハムとチーズのサンドイッチを作ってくれていたりと、貴族令嬢では見られない素朴な好意がオルランドには新鮮な体験だった。

そうしてから彼女とは行く先々で偶然に出会い、言葉を交わすにつれて無邪気で素直な姿に強く惹かれることとなる。

今では昼食を一緒にしているらしい。


王道な攻略パターンの達成である。


オルランド殿下の後ろに立つ侍従を見れば、表情を変えないままに視線だけ逸らす。

ツッコミを入れる気にもならないのだとはわかっていたが、腐っても第三王子という人物の侍従なのだ。せめて形だけでも止めてほしかった。

仕方なく立場上の役割と諦めて口を開く。

「何点か確認させてくださいませ。

まず、学園の入り口には護衛と職員がいます。

学園に初めて登園される方は名前を確認されますし、転入生は職員が教務室まで案内するはずですが」

殿下の婚約者として生徒会の采配をすること2年、学園の対応については熟知しているつもりだ。

貴族の令息令嬢が通うこの学園で、迷子を出すなんて不手際は起こらない。

「そういえばそうだけど、たまたま他の人を案内していたので不在だったかもしれないね」

言ってもオルランド殿下の呑気さが改まることはないままに、新しいケーキへと手を伸ばしていた。

「次に学年が違う生徒が頻繁に出会うことはありません。学年ごとに使用されるフロアが違いますから。

頻繁に会うのならば故意としか考えられません」

「だからこそ偶然に会うのは運命だし、真実の愛だと私も判断したんだよ」

どこまでもおめでたい思考は出会った頃のまま。

今も昔も変わらず扇で張り飛ばしたい気持ちは隠しているが、これが何十年も続くと思ってしまうと、気が滅入るのも仕方ないだろう。

「それに大半は食堂で会うから、それはごく普通だよね」

「殿下は生徒会の打ち合わせがありますのと、お立場から食堂の使用はご遠慮されるよう学園長から伝えられていたはずですが?」

名ばかりの生徒会長だが、それでも最終的なサインはオルランド殿下の役割なのだ。

最近来ないと思っていたが、噂通りの話を悪びれもせずに本人から聞かされると思ってもいなかった。

「え、でもアンジェラに誘われたから食堂に行っただけだし、そうでもしないと彼女と昼食を一緒に摂れないからね」

「……それは食堂で会ったとは言わないと思います」

どう考えても狙われているのだが、指摘したところで『真実の愛』とやらの前では盲目でしかないだろう。

とはいえ出会ったことも狙われて落とされていることすら、アリーチェにはどうでもいい。

大事なのは以降の彼の方針だ。


「それで、殿下はアンジェラ・ニコリ嬢とどういった関係を望まれるのですか?」

婚約破棄か、愛人同伴での婿入りか。

いつもの質問をしてみれば、オルランド殿下は不思議そうな顔をして私を見る。

「何が?」

「有り体に申し上げれば、私と婚約解消してアンジェラ嬢とご結婚されたいのかということですわ」

「どうして?私はアリーチェと結婚しないとは言っていないけど?」

彼のとりとめない話の登場人物であったアンジェラ・ニコリの髪はふわふわしているらしいが、殿下の髪も子犬のようにふわふわとした薄茶色だ。

婚約したての頃にはそういったところだけは可愛らしいと思ったけれど、いくつになっても頭と中身までもがふわふわ過ぎるのはどうしたものか。

「オルランド殿下は『真実の愛』という言葉を使われましたので、彼女と添い遂げたいのかと思いましたけど」

そう返せばオルランド殿下は目を丸くして、否定するように首を横に振る。

「そんなことしたらアリーチェの家に婿入りできないじゃないか」

さすがに後ろ盾のない、第三王子という立場は理解できているらしい。


オルランド殿下の兄君は二人いて、どちらも優秀かつ王太子としての品格を兼ね備えたうえに、第二王子は王族としての責務をよく理解して兄を補佐すると言っているというのに。

この第三王子は、王の寵妃を母に持つだけあって顔はいいのだが、成績は下の下、剣技は中の下、兄を支えるどころか迷惑をかけているといった状況で、飛び出た言葉が「兄上たちが嫌だったら王様になってあげてもいいよ」だったくらいにボンクラだ。

あまりのポンコツぶりに頭を痛めた国王陛下が女侯爵として私が当主となることを認めたうえで、愚息の引取りを申し入れてきたのはアリーチェが10歳の頃。

この頃既に駄目人間の片鱗を見せていた彼であっても、外見だけは可愛らしく無害ではあったので致し方なく了承したが、年頃になればなるほど頭の出来は悪化していき、真実の愛を軽いノリで見つけてきてしまう。


最初は同級生のキアーラ・ポージオ伯爵令嬢、次に一学年下のマルティナ・デルネーリ子爵令嬢、学園の図書室に勤めるソフィア・ウベルティ司書官、行きつけのカフェのリアーナ・カファロ夫人と数えればきりがない。

しかも現在進行形で真実の愛が複数存在している始末。

「殿下、愛人は二人までと申し上げたはずです」

アリーチェが後を継ぐ侯爵家の予算的には問題無いが、やたら愛人を作られては後々のトラブルの素となる。

保険としてアリーチェの子のみが後を継ぐという条件も婚約の際の誓約書に盛り込んでいるが、だからといって不要な関係者を大量に生ませるつもりはない。

「うーん、家族は沢山いる方が楽しいと思うよ?」

「愛人は家族ではございません」

王が持つ側妃と貴族が持つ愛人では立場が違う。いくら王族だからといって、望むままに何でも手に入ると思われても困るのだ。


オルランド殿下は納得されていない様子で、瞬きを増やして夏空に似た瞳に陰りを見せた。

「もし君と私に子どもができなかった時、誰かの子をコッソリ引き取ることもできるんだよ。

当主の仕事が大変だったら、アリーチェとは子どもを作らなくていいし。

ほら、私に愛人が沢山いれば子どもも多くなるし、気に入った子を選ぶこともできるから。

その中から選んだ子を君が好きに育てればいいし、そうすれば君の子になるだろう?」

貴族令嬢としての矜持で笑顔はそのままにオルランド殿下を見たが、きっと目は笑っていないだろう。

どうせ殿下は気づかないでしょうけど。

「そうだね、働いてもらわないといけないから、アリーチェと子どもは作らない。

そして皆が頑張って産んでくれた子を全員、アリーチェが育てれば解決するんじゃない?

彼女達も子育てなんて大変なことをしなくて済むし、私も皆と穏やかに過ごせる。

大丈夫。皆が子どもに会いたくなったら、本当の両親として会わせてくれるだけでいいから」

「殿下が恐ろしく浅慮だということはわかりました。

もう結構です」

「もしかして、怒った?」

アリーチェは微笑みを絶やさない。けれど、片方の眉だけ気づかない程度に上げた。

「怒る、ですって?

残念ながら殿下。怒りという感情はとっくの昔に失っていますわ」

じゃあ喧嘩することもないからいいね、と笑うオルランド殿下は木々から差し込む陽射しできらきらして、絵本の中に出てくる王子様らしかった。

本当に顔はいいのだから、せめて有効活用できればと思ったのに。

アリーチェは残念だと思いながらお茶会を終えてオルランド殿下を見送ると、手の中の指輪を見つめた。


-*-*-*-



この日のオルランドはご機嫌だった。

つい昨日にもアンジェラと家族になる話がまとまったからだ。

アンジェラと家族になりたいのだと伝えれば、正妻ではないことを悲しんでいたが一緒にいてくれることを選んでくれたし、オルランドも4人目の家族となる女性を手に入れられて満足している。

彼女の家族も最初は難色を見せたものの、経営しているパン屋に対して侯爵家から多額の支援があると伝えれば、思い直して納得してくれていた。

同じように真実の愛だったキアーラとソフィアからはお断りされたのは残念だが、全員が賛同してくれるわけでもないと思っていたから多めの女性に声をかけていたのだ。

「……随分ご機嫌のご様子で」

無表情な侍従がオルランドの向かいでチェスの駒を一つ動かす。

気に入らない一手だ。

父親から贈られたガラス製のチェス盤は、腕の良い職人たちによって作られたもので、細かなカットが宝石にも似た光を反射している。

チェス自体は頭を使うので好まなかったが、見た目が綺麗であったことから窓際で遊ぶことは気に入っている。

だからいつだって盤上をひっくり返すことは躊躇わない。

「お前が楽しそうではないので終わりにしよう」

既にオルランドのポーンは半数以上を失っている。これ以上遊んでも勝てないとわかっているのに続ける理由なんてない。

侍従はいつだって無表情だったが、いつだって楽しくなさそうには見えるので何かを途中で止めたいときには都合がいい。

何も言わずチェスを片付けていく侍従を横目に、自然と鼻歌が流れてしまう。


アリーチェとの結婚まで半年となった。

10歳の頃に出会ってから彼女と喧嘩などしたことがないくらいには、仲が良好であると思っている。

賢く勤勉な彼女はオルランドを婿に迎えて支えるため、いつだって頑張ってくれているし、今の当主であるアリーチェの父親だって娘の手腕を認めている。

オルランドの母は取り澄ました娘だと気に食わないようだったが、第三王子であるオルランドに相応しい高位貴族であることは認めていた。

ゆくゆくは侯爵家の当主となってオルランドを婿として迎え、生活に困ることがないよう仕えてくれるのだ。

唯一の不満は、愛人を二人までしか許してくれないことぐらいか。

愛人は家族ではないと言われたが、オルランドの父は妻を三人持っているのだから、オルランドも同じように家族を沢山迎えても構わないのだと考えている。


自分が暮らす侯爵家を家族一杯にしてみせる。それがオルランドの夢だ。


寵妃として召し上げられた母の生家は、少しばかり経済に余裕のない男爵家の大家族であったらしい。

事ある毎に王宮で摂る食事は少人数で寂しいことを、温かい食べ物をそのまま食べれないことの異常性を、そして大家族の良さをオルランドにこんこんと諭していた。

大きな皿に載せられたホールになったキッシュや、鍋のまま卓上に出された兎とキノコのシチュー、カットされていないトマト、籠に盛られた季節のフルーツ、必要な時に自分で切り分けるパン。

そんな話を聞く度に、子どもの頃のオルランドはワクワクしたものだ。

いつか自分も大家族になろうと思ったのは、出来のいい兄達と距離を置かれて寂しかったからかもしれない。

だからアリーチェの家で過ごす際に寂しい思いをしないよう、できるだけ沢山の女性に声をかけた。

アリーチェは二人までと言っていたが、連れて行ってしまえば許してくれるはずだ。猫や犬ではないのだから、可憐な女性たちを蔑ろになんかせず家に入れてくれるだろう。

子どもが出来てもアリーチェに頼めば、きっといいようにしてくれる。

当主はアリーチェなのだから、婿入りしただけのオルランドが考えることではないのだ。

そんな考えが先程のチェスのように、一方的に終了されるのは後僅かであるということを、オルランドは全く考えていなかった。



-*-*-*-



「オルランドとアリーチェ嬢の婚約を解消とする」

父親である国王に呼び出されたかと思えば唐突な宣言に、侯爵家に連れていく大事な家族達に必要なものをリストアップする作業に入っていたオルランドは何事かと驚いた。

「何を唐突に言われるのですか!」

思わず声を荒げて異を唱え、表情を変えず横に立つアリーチェを見る。

「どうして、アリーチェ。

私達は喧嘩をしたこともないくらいに仲が良かったじゃないか」

一歩近寄るオルランドに対し、アリーチェは一歩下がって距離をとる。

「オルランド殿下。手続きはまだですが、国王陛下の宣言がされたのならば決定事項です。

私のことはブリアトーレの名前の方でお呼びください」

そうしてから変わらない笑みを向けたことで、彼女の表情がいつだって変わらなかったことにオルランドは今更気づいた。

喧嘩をしなかったわけではない。喧嘩が出来る仲ですらなかっただけなのだと。


「オルランド殿下に思い当たるご様子がないようですので、端的に申し上げましょう。

今回の婚約解消につきましては、婚約の際に交わした誓約が守られていないからでございます」

「確かに愛人は約束したより多いけれど、でもそれくらい侯爵家はお金があるし、私のためにアリーチェが働いてくれるから何とかなるでしょ」

途端、父親である国王が盛大な溜息を吐いた。

どうやらアリーチェが拗ねているのに気づいてくれたようで、これなら婚約を解消するなんて言葉を無かったことにしてくれるだろう。

オルランドは安堵する。

けれど国王は何を言うこともなく、アリーチェはオルランドの前で初めて溜息を落とすと、指輪を一つ抜き取った。

「こちらにはオルランド殿下との会話が記録されております」

指輪に嵌められた石に触れると、仄かな輝きを灯す。


『そうだね、働いてもらわないといけないから、アリーチェと子どもは作らない。

そして皆が頑張って産んでくれた子を全員、アリーチェが育てれば解決するんじゃない?

彼女達も子育てなんて大変なことをしなくて済むし、私も皆と穏やかに過ごせる。

大丈夫。皆が子どもに会いたくなったら、本当の両親として会わせてくれるだけでいいから』


指輪から聞こえたのは先日のお茶会の会話だ。

「あの時、本当は今まで録音していたものをお聞かせして、大事にすることなく婚約解消を進めたかったのですが」

アリーチェの金茶色の瞳が紅蓮の炎を得たように燃え輝いている。

「まさかオルランド殿下が我が家を乗っ取るおつもりだとは思いもしませんでしたわ」

「何でそんなことを言うの?アリーチェが働かないと私が皆と暮らせないから、少しでも負担にならないように思い遣ってあげたのに。

こんな裏切るような真似をするなんて」

オルランドは正しいことを言っているつもりだ。そのはずなのに父の冷めた目が、失望を隠さない顔がオルランドに向けられていて居心地が悪い。

どうしてなのかわからない。本来ならば我が儘を言い出したアリーチェを責めるべきだというのに。


「私を妻として扱う気も無く、ただただ働くことを強い、ご自身は多くの愛人に囲まれて放蕩三昧のご予定。

あまつさえ、愛人の子を育てることが大変だからと乳母代わりに押し付けようとする挙句、侯爵家の血筋でもない者を跡継ぎに据えようとする有様。

どのように言い訳をされようと、殿下に悪意があろうとなかろうと、王家が侯爵家を簒奪しようとしているとしか映らないのです」

重ねられていくアリーチェの言葉の意味が、オルランドには全くわからない。

アリーチェと結婚するのだから彼女が妻なのは間違いないし、当主が働くのは当然で、王族であるオルランドが働く理由はない。

愛人はアリーチェだって許したのだし、子どもが必要だと言うから、オルランドの子どもを跡継ぎにしてもいいと言ってあげているのに。

侯爵の血筋というが、王家の血の方が勝るのだから侯爵家が優先される道理はない。

誓ってこれは簒奪ではない。オルランドが今まで通りの生活を得るために、オルランドの夢を叶えるために必要なだけだ。


「ご納得されないお顔ですね。

殿下に申し上げてもご理解頂けないこと、非常に残念に思います」

最後にアリーチェは貴族らしい礼をして、国王へと向き直った。

「これが実際に行われたら他の貴族は王家を恐れ、以降は王族からの降嫁や婿入りを拒否するでしょう。

殿下がされようとしているのは、王家から貴族達の心が離れる行為でございます」

隣で静かに、それでも力強く口上を述べるアリーチェは、今更ながら目を奪われるほどに美しかった。

「ブリアトーレは貴族の一席として、この婚姻を受け入れることは出来かねます」

アリーチェが最高礼をとる。

国王はアリーチェに頷いて見せてから、ブリアトーレ侯爵へと視線を移した。

「ブリアトーレ侯爵とアリーチェ嬢には長く無駄な時間を使わせたことを申し訳なく思う」

「勿体ないお言葉でございます。

結果はどうであれ、娘が当主として恥じない人間に育ったことは事実でございます」

アリーチェが寄り添うブリアトーレ侯爵に普段では見せないような笑顔を見せ、それがオルランドの心を酷くざわつかせる。

あんな笑顔をオルランドには見せてくれたことなかったくせに。


オルランドが黙り込めば、国王は眉間に深い皺を刻んで口を開く。

「お前が王位から離れた三番目であるからと、いずれは王族を抜けさせて侯爵家に婿入りさせるのだからと思い、余は甘やかし過ぎたのかもしれん。

婚約破棄ではなく婚約の解消であるのは、ブリアトーレ侯爵とアリーチェ嬢の温情である。そのことに感謝せよ」

吐き出された言葉は後悔と疲労の色が濃い。

暫し無言となれば、オルランドの処遇をどうするか考えているのが明白である。

オルランドが不安げに見つめる中、少しの無言となり、そうしてから強く目を瞑ってからオルランドを見返した。

「オルランドよ、そなたには王家の直轄地の一部を分け与え、親としての情けで伯爵位を授ける。

ただし伯爵位は一代限りとし、そなたの代が終われば領地は王家に返却されるものとする。

無能な領主によって民が困ることのないように監査官はつけるが、そなたが監査官に全てを任せ、領主としてまともに働けないようであれば、肉体労働に従事させても構わないこととしよう。

今より一年後には適当な領地へと送り出すので、今からでも学びたいのであれば教師を呼ぶことぐらいは許可しよう」

「父上!そんな!」

オルランドが悲痛な声を上げるも、国王はもう彼を見ずに席を立つ。

「最後に。以降はブリアトーレ侯爵家及びアリーチェ嬢への接見を禁止する。

そのような不祥事を起こした場合は、即時騎士見習いとして国境に送り出すので覚悟しておけ」

こうして呆気なく婚約解消は受理された。


誰もいなくなった謁見室でオルランドは立ち尽くす。

唐突に何もかもを失ってしまった。

今とほぼ変わらないだけの水準を保った生活を。夢見た大家族という新しい家族形態を。元王族として、これからは侯爵家の者として敬われる立場を。


「殿下」

無感情な声を掛けられ、侍従がいたことに気づく。

「お前、まだいたのか」

「はい、お暇の挨拶だけでもしようかと」

一年経てばオルランドは王族ではなくなり、伯爵として過ごすこととなる。

けれどまだ暫くは王族として王宮内で過ごすのだ。

他の侍女や使用人、護衛騎士だっているが、事細かに世話をするのが侍従である。

アリーチェとの婚約時に侍従を迎えたから、相応に長い付き合いなのに薄情ではないかとオルランドは苛立たしく睨みつけた。

「こうなった瞬間に主を見捨てるとは、その薄情さで次に仕える相手を見つけられると思うな」

苛立ちをぶつけるように言えば、気にした様子も無く返事が耳へと届く。

「そのようなもの、必要ないので」

短い言葉は、まるで王家自体に仕えることを辞めるかのようだった。

ではどうするのかと思った時に、侍従であった彼がどこの家門の者か気にしたことも無かったことを思い出した。

「殿下の侍従になる人がいないからと、仕方なく頼まれただけですから、別にもうここにいる必要がないんですよ」

無表情なままの顔に後悔や未練の色はない。

「そういえばお前、どこの家の者だ?」

今更な質問にも表情が崩れることなく、侍従は事も無げに答えた。

「最初にお会いしたときに言ったと思うんですが、殿下が興味を持たないのは知ってましたけど。

ロッシ伯爵家の次男です。ブリアトーレ侯爵家の外戚と言っても、まあ、わからないですよね」

消えた婚約者の外戚となれば、暇を告げられてもおかしくはない。


「オルランド殿下には感謝致します」

立ち去るだろうと思っていた侍従の言葉が続き、その言葉の不思議さに侍従へと目を向ける。

こちらを見る侍従の瞳にあるのは嘲笑だ。

顔は無表情のままなのに、確かに彼は嗤っていた。

「殿下のお陰でアリーチェ様の婿の座が再び私に回ってきました。

物心付いた頃からの約束だったのに王家からの横槍のせいで反故にされましたが、本当に彼女の婚約者が殿下でよかった」

彼の『よかった』は決して良い意味ではない。いくらオルランドでも、さすがに気づいている。

「ご安心ください。アリーチェ様のことは私が大切にします。

愛人など作らず彼女だけを愛しますし、当主としての責務をお支えできるよう、殿下のお世話の傍らで経営についても学んできました。

殿下の代わりに領地の視察だって何度も行きましたし、その度に彼女へのお土産を欠かしたこともありません。

誕生日だって忘れたことなどありませんし、ドレスは無理でも夜会でのアクセサリーはいつもロッシ家で用意していました。

だから、殿下はこれ以上アリーチェ様に近づかれないようにお願いします」

最後に彼は唇の端を上げ、誰もがわかるように笑ってみせた。


「それでは殿下、真実の愛とお幸せに」






-*-*-*-






本日も晴天なり。

雲一つない空の下、太陽の光を浴びながらオルランドは手慣れた仕草で鍬を持ち直した。


アリーチェとの婚約解消から3年。

もしかしたらアリーチェと侯爵が許してくれるかもしれないとか、オルランドを反省させるための演技かもしれないとか、いざとなれば温情をくれるかもしれないとか、まあ色々期待してみたけれど。

学園は瞬く間に退学となり、半年後には領地が決められ、そこから領地経営の勉強が始まって缶詰状態が始まり、領地へ向かう直前に伯爵位がごく儀礼的に与えられた。

この間にオルランドは父である国王と会うことはなく、それどころか父に止めるようお願いしてくるといった母も、離宮から出ることを禁止される始末。

そして一年後、雨が降りしきる中でも天候の悪さなど意に介さず、今まで乗ったことのないような簡素な馬車に押し込められて送り出された。

逃げ出さないよう監視のためか、暑苦しそうな騎士が御者役を務める馬車の中には、オルランド一人が酔いに苦しんでいる状態。

そう、新天地への旅立ちはオルランド一人だけだったのだ。


結局、オルランドに付いてきてくれる『真実の愛』は一人もいなかった。

アンジェラはお金以外に役立つ要素が一つもないから無理だと断り、他の女性からもオルランドが与えてくれる金銭がないなら一緒にいる意味はないとの回答。

ここにきて『打算の愛』だったのだと気づいても、こぼれたミルクが戻ることはない。

間違えなければ手に入ったはずの豊かな生活は、掬い上げることができないまま消えていった。

更に日頃の勉強不足かつ、一年詰め込んだくらいにしかない知識で領主などできるわけもなく、監査官に役立たずのレッテルを貼られ、肉体労働で汗を流すこととなるのはすぐのこと。


意外と適性があったのだけは、本人も意外だったが。


王族として過ごしている時には勉強をするよう散々言われていたが、新天地に着いたオルランドに期待することを止めた監査官は口煩いことも言わない代わりに、容赦なく伯爵であるオルランドを橋を作るための石運びなどの雑用に向かわせた。

けれど行った先にあるのは指示されるままに働けばいいだけの単純作業で、頭を悩ませることがないのはオルランドに楽でよかった。

伯爵という名の肉体労働者として領地で働き始めてからは筋肉量も増え、あれほどまでに白かった肌も今では健康的な小麦色。

香油をつけなくなった髪は艶を失っていたが、それよりも風邪をひかなくなったことのほうがありがたい。

何より体を動かせば、どんな食事も美味しいことだ。

王族を抜けて田舎領地に居ついたことで、夢にみた湯気の立つシチューも食べれるし、果物が洗っただけで出されたのも初めての体験だった。


願い事は一つ叶った。

後は大家族である。


とはいえ、考えなしであったオルランドでも、与えられた爵位が結婚するうえで旨味にならないことは理解している。

いくら王家から認められていないとはいえ王族の血は流れているから、そこらの領民に手を出してはいけないことも叩きこまれた。それはもう毎朝復唱させられるくらいに。

以前より少しだけ考えるようになったとはいえ、肉体労働に従事するほうが適性のあったオルランドに知恵など出るはずもない。

適材適所、という言葉の意味をなんとなく考えながら、相談した先は監査官であった。

オルランドより幾分年上の監査官は少し考え込んだ後、肉体労働が続く可能性があることと、与えられた伯爵位に未練があるか聞いてきた。

悩むことなく首を横に振る。

王族なんてメッキはとっくに剥がれて、監査官の前にいるのは頭を使うことが苦手なマッチョになりつつある男でしかない。


数日後、国王の御璽が押印された書類と共に、西側の防衛を務める辺境伯がオルランドを迎えにきた。

王位継承権は剥奪されたままだが、王家の末席として婿入りしてもらえるよう約束してもらったのだと言った女性は、監査官と同じ髪色の、少しくすんだ赤毛を結い上げた、オルランドが気に入り始めた晴天を思わせる、豪快に笑う女辺境伯だった。

真実の愛はないが家族にはなってやれるぞと言ってくれた彼女は、オルランドが起こした婚約解消騒動の顛末を知っていて、それでもオルランドに価値を見出してくれたのだ。

うちは大家族なので食事の時は大変ですよ、と少し笑った監査官に頭を下げる。

きっと彼女の言うように、オルランドの思っていた『真実の愛』は与えられることはないだろう。

それでもオルランドの伸びた襟足の髪を摘まんで、ふわふわした子犬のような子が沢山産めそうだと言ってくれたから、多分、きっと、向かった先で汗水を垂らしながら自身に相応な幸せを手に入れられるのだと思った。


まだまだ先の予定だった領地返還を行って、オルランドは新しい家族のもとへと旅立つ。

車中で酔いやすいことを思い出しながら。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
悪く言えば暗愚。良く言えば純粋なのかな?女好きってわけでもなく大家族に憧れがあるからその為に声かけてるみたいですね。放置じゃなく親も適性を見て育てていればまた違ったのかもしれないけど結果的には最良にも…
オルランドは環境が合わなかったんだな。 悪意はなくただアホで考えなしなだけなんだけど、王族や高位貴族の立場でそれは罪だからね。 上に立つんじゃなくて人に指示されて自由に制限があるような環境の方がなんだ…
コミカライズおめでとうございます。 そちらの宣伝から辿って参りました。 ----------------------------------------------------------------…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ