プロローグ
青い空と気持ちのいい太陽の光を浴びて、少し騒がしいレンガの街を歩く。
今日は風が気持ちいい。
この空を浮遊する都市『ニクスツヴァイ』には四つの区画が存在する。
そのうちの一角である市街地は最高に風が気持ちよくて、最高に天気がいい区画である。
もちろん、安全性も四つの区画の中では高い方だ。
だから、何の気兼ねもなく過ごすことが出来る。
普段の生活と比べてしまえば、控え目に言って最高だ。
そんなことを考えながら、少し右に逸れてアイスクリーム屋に立ち寄ってみる。
「あの、バニラアイスを一つと…」
さて、どうしようか。
メニューを見てもアイツが何味を好きなのか全くわからない。
バニラ、チョコレート、イチゴ、等々…アイツの雰囲気に合うものは...
「バナナハイスペッククレイジーミント味と抹茶涙目激辛激甘混沌サラダ味のダブルでよろしくッス!!」
隣に急に飛び込んできた青い何かがやけに気合の入った声で店員に謎のアイスを追加注文する。
「あいよ、お二人さんとも、コーンで良いかね?」
店員が聞くと、私が答えるより早く「コーンで!!!!」という叫び。
「吹雪、自分のゲテモノアイス代は自分で払いなさいよ。」
私が綺麗な蒼い髪を煌かせ、純真無垢な顔で笑っている少女…吹雪に言ってやる。
「そりゃないッスよ~!!先輩~!!ゲテモノなんて言わないでくださいよ!!最高に美味しいんスから!!」
「じゃあ、お金は払うのね。」
そう言うと、ハッとした顔で吹雪はポケットやカバンを確認して、財布を取り出し中身を確認する。
そして吹雪は財布をカバンに戻して。
「すんません!!先輩!!財布を忘れましたんでおごってください!!」
そう言い放った。
「いや、あったじゃん財布。」
私が指摘すると吹雪は「いや~、なんのことかサッパリ...?財布なんてないッスよ~」とシラを切る。
「まったく…仕方ないわね…すみませんやっぱり普通のバニラ二つ。カップでお願いします。」
「へい、まいどあり~!」
私は二人分の代金を支払い、アイスを受け取る。
「うへぇ~...センパイ!!そりゃねぇッスよ!!普通のバニラなんて…」
そう言って吹雪はアイスを少しだけスプーンに乗せて口に運び「超美味いっすね!!」そう言ってアイスを爆食いしだす。
コイツは相変わらず自由奔放だ。
私も自分の分を食べようとする。
「ちょっと待つッス!!」
そう言って私の手を掴んできた。
「なに?」
「その前に…」
そう言って吹雪は自分の手に持っていたスプーンをこちらに差し出してきた。「えっ…」
「ほら、一口あげるッス!!」
ニシシと八重歯を見せて笑う吹雪には一点の曇りもない。
「吹雪、同じの買ったんだから味は一緒だよ。」
「わかってるッスけど……いいじゃないッスかぁ!はい、あーんッス!!」
吹雪は私の口にアイスを乗っけたスプーンをねじ込んでくる。
「どうッスか!?」
「ん、普通においしい。」
「なんか、冷たくあしらわれた気がするッス……」
「まあまあ、それよりこれからどこ行くの?」
「ふっふっふ……それはッスね……秘密ッス!!」
「は?」
「まあまあ、見てのお楽しみ……って先輩!!今すぐ走るッスよ!!」
「え?なんで…」
言った時には吹雪に腕を引っ張られ、投げ飛ばされる。
バニラアイスが宙を舞い、地面に落ちる。
「痛っ…吹雪!!一体何を…」
言った瞬間に先程まで私が立っていた場所の隣の建物が崩れる。
更に、爆音が何度も何度も鳴り響く。
「センパイ、本部から連絡ッス。アインの連中が市街地各地で破壊行為を行ってるらしいッス。」
今までに見たことが無い程に真面目で鬼気迫る顔をした吹雪は先程のアイス屋があった方向を眺めながら抑揚の無い声で私に伝える。
吹雪の見ている方向を見ると、アイス屋が合った場所はただの瓦礫の山になっていた。
「吹雪、一旦ここを離れるわよ。」
「…了解ッス。」
そう言って私達は走り出す。
数分走ったところでシェルターに飛び込み、一角で息を整える。
「…センパイ、住民の避難は?」
「今の私達は休暇中。だから今は自分の命を最優先…」
パンッ!!
吹雪に頬を叩かれる。
「センパイ。舐めたこと言わないでくださいよ。漣サンの事忘れたんスか?」
その名前を出されて私はたじろいでしまう。
閏坂 漣。
私と吹雪に生き延びる術を教えてくれた恩人。
何の理由が無くても見返りが無くても人を助ける、そんな人だった。
いつだって人を助ける度に『ん~、まぁ~、助けれたから助けた?かなぁ~』と間延びした声で言っていたあの人はもういない。
「わかっているわよ…でも、今は…」
「今がなんスか。助けれる人は助ける!!ボク一人でもやるッスよ。」
そう言って吹雪は蒼いスカートと蒼い髪を靡かせて走ってシェルターを出ていく。
全く、本当に。
「世話の焼ける後輩だわ。」
私も吹雪の背中を追ってシェルターを出る。
「吹雪…」
右か左か。
吹雪はどっちに…
「右ね。」
先程のアイス屋があった方向へ走る。
すると足音が聞こえる。
更に走ると「センパイ、こっちッス。」
声の聞こえた方へ曲がり、建物の屋上を見上げる。
そこには吹雪ともう一人。
「あなたは、吹雪ちゃんかしら。話には聞いてるわ。」
「ボクも結構有名になったもんスね。まぁ、あんたの知名度にゃ及ばないッスけど。」
そこにいたのは白い髪に赤い瞳、そして黒いロングコートを羽織った少女。
アイン・ユスティ。
ニクスアインが生み出した最悪の禁忌にして残存する人類にとって最大の脅威。
「さて、吹雪ちゃんにかまってる時間はないのよね。アレはどこに行ったのかしら。」
そう言ってアインは指を鳴らす。
吹雪は屋上から飛び降り、私の隣に着地する。
「センパイ、来るッスよ。」
吹雪の言葉と同時に私と吹雪の周りに無数の影が現れる。
数は…
「100……いや、もっといるッスね…センパイ、ボクの後ろに隠れてくださいッス。」
そう言って吹雪はカバンから拳銃を二丁取り出し、構える。
「ここはボクに任せるッス。」
「吹雪、私も戦うわ。」
「なっ…!?固有兵装無しの先輩とか雑魚じゃないッスか!!」
この後輩は普通に傷つくことを言う。
「帰ったらそのノンデリ治しましょうね。」
私もカバンから"刃の無い刀の柄"を取り出し、スイッチを入れる。
すると、ブオンという音と共に青色の光学刃が柄から展開される。
私達を囲うように現れたのは黒い異形達。
その姿は人型であったり、獣の姿であったりと様々な形をしていた。
その向こうでアインが奥へと走り去っていくのが見える。
「センパイ、一点突破ッス。正面ぶっ潰してアインを叩く!!」
吹雪は私の方を振り返らずに言う。
「わかった。」
「行くッスよ!」
吹雪は勢いよく飛び出す。
それにつられて周りの敵も一斉に飛びかかってくる。
「うおおぉぉぉッ!!!」
吹雪は叫びながら銃弾をばら撒く。
一発、二発、三発、四発、五発、六発、七発。
放たれた弾丸は次々と敵の急所を的確に撃ち抜いていき、敵は倒れていく。
しかし、数が多すぎる。
倒した分だけ新しく黒い異形が湧いてくるのだ。
けれど。
「センパイ!!今ッス!!」
「わかってる!!」
私は一気に踏み込み、一番近くに居た敵を斬り伏せる。
「邪魔!!」
横薙ぎの一閃。
青い光の残滓を残しながら、また一体、また一体と斬る。
「センパイ、次!!左に居る奴ッス!!」
「任せて!!」
更に左の異形を斬りながら着実にアインの逃げた方向へ進んでいく。
「センパイ、ナイスサポートッス!このまま行けばアインに……ってセンパ~イ!?」
吹雪が何か言っている気がするが、私はアインを追いかけることに集中していた。
アインを逃がすわけにはいかない。
アイツだけは絶対にここで仕留める。「センパーイ!!ストップッス!!」
突然後ろから吹雪の声が聞こえてきた。
アインの方しか見ていなかった私は一瞬反応が遅れてしまう。
しまったと思った時には既に遅く、異形の腕が私を掴んでいた。
腕を振っても、足をばたつかせてもびくともしない。
「コラーッ!!センパイを放せー!!」
私を掴んだ異形の頭に吹雪が十数発の弾丸を撃ちこみ、沈黙させる。
しかし、リロードの隙に吹雪は別の異形に吹き飛ばされてしまう。
私の、ミスだ。
また失うのか。
…その瞬間だった。
紅の焔が迸り、周囲の異形を散らす。
空から炎の羽根が舞い散り、焔を纏った三羽の鳥が旋回している。
これを知らない人はいない。
吹雪が「これは、火鳥風月…!?」と声を漏らす。
「二人とも、無事?」
茶髪に紅を散らした青年が問いかけてくる。
「え、えぇ。助かりま…」
「焔さんッスよね!!焔 暁さん!!最前線級のお方が何故こんなところに!?もしかしてボクに求婚ですか!?わっはー!!…でも僕にはセンパイが…ままりょうほ」
私は吹雪の手首を極めて黙らせる。
「え、えと、う~ん…無事でナニヨリ…とりあえず俺は街の住人の救助に向かう。二人は撤退して本部で待機。上官命令だ。」
焔はそう言って私たちにシッシと手を動かす。
「「ムカツク」」
私と吹雪が声をそろえて言った。
「センパイ、今のはマジで腹立つッスよね。」
「ええ、本当にさっきのは酷かったわよ。」
二人で焔を睨みつける。
「あの、命の恩人にそういうのは良くないと思うぜ?あと、君達は漣君の関係者だね。」
「「はい。」」
「あはは、仲いいんだな。それで、話に戻るんだけど、漣君はアインと一緒にいるみたいだ。」
「「は?」」
私と吹雪は再び声を揃える。
「いや、だからアインと一緒だって。」
「「はぁ!?」」
「いやいやあり得ない…」
「はああぁぁ!?なんスかそれ!!意味が分からないッス!!」
「いや、俺も驚いたんだよ。漣君は…もういないはずだし何よりアインと敵対関係じゃなかったのかって。」
「……つまりどういうことなんです?」
「うーん…漣君が生きていて何らかの理由でアインと行動を共にしている……とか?」
焔の言葉を脳が処理しきれない。
漣さんが生きているはずがない。
あの人はアインとの戦いで、私達の目の前で死んだんだ。
生きているはずがない。
生きていたとしても…どうして殺し合っていたアインと…?
あり得ない。
「っと、立ち話をしている場合じゃなかった。俺はアインを追う。本部に戻れ。」
そう言って焔は屋根の上にジャンプし、人間ではありえないような速さで屋根の上を駆けていった。
「センパイ。今は考えても仕方ないッス。とりあえず本部に戻りましょう。」
「……そうね。」
吹雪の提案に私も賛成する。
「にしてもセンパイ、固有武器が無かった割には無茶苦茶強いじゃないッスか。びっくりしましたよ。」
「あなたもたかが護身用拳銃二丁で十分強かったわよ。」
吹雪は照れたように頭を掻く。
「えへへ~あざますっ!!…って、あれは?」
吹雪が指をさす方を見ると、そこには黒い異形の残党が残っていた。
「センパイ、下がっててください。ボクがやります。」
吹雪は私を後ろに下がらせ、銃を構える。
「センパイの前でカッコ悪いところ見せられないッスから。」
「ふぅ……わかったわ。任せる。」
私は刀の光学刃を納める。
「行くッス!!」
吹雪は掛け声と共に異形に向かって走り出す。
異形まで残り20m。
15m。
10m。
その段階で吹雪が吹き飛ばされる。
吹き飛ばされた吹雪を何とか受け止め、前を見ると既に1mにも満たない距離に異形が居た。
その異形の右手は鋭い大剣の様で、左手は岩の塊の様に見える。
このまま二人、右手で貫かれる想像をしてしまう。
それなら…
私は咄嵯に吹雪を突き飛ばす。
瞬間、異形の右腕が私の体を貫いた。
「ッ…!!」
声にならない声が漏れる。
痛い。
熱い。
死が近づいてくるのを肌で感じる。
このまま死ぬのかな…?
不思議と笑いがこみあげてくる。
死ぬんだ。
そっかぁ…
痛みが消える。
「…パイ!!センパイ!!」
吹雪の声が聞こえる。
「…吹雪はまだコッチに来たらダメだよ?」
「何言ってんすか!?センパイ!!ほら!!もう大丈夫ッスよ!!あ、もしかして…記憶ない系ッスか?」
素直に覚えているところまでを伝える。
「…あの時、奏さんが丁度出撃してて、連絡入れたら飛んできて、助けてくれたんスよ。あのでっかい異形は死に物狂いでボクが倒したんスよ…なのにセンパイ死にかけて、褒めてくれなくて…ちゃんと褒めてください!!」
吹雪は半泣きで私に縋り付いてくる。
「ありがとう、吹雪。いつも助けられてばっかりだ。こんな先輩でごめんね。」
「センパイ、そんなこと言わないでください。ボクにとってのセンパイは五月雨 枢たった一人なんですから。」
「そっか、ありがとう。」
私も涙がこみあげてくる。
「はーい、イチャついてるとこ悪いけど、目が覚めたってことで病室だけど軽い状況説明をするわね~」
そう言って茶髪の長髪に丸眼鏡、白衣を着た女性が病室に入ってくる。
この人こそニクスツヴァイ最高の医者にして焔 暁の姉、焔 奏だ。
「さて、と。まず漣については暁から聞いたかしら?」
「はい、でもあり得ないです…漣さんは…」
「ええ、そうよ。漣は死んだわ。そしてアインも死んだはずなんだけどね~」
「どういう事なんですか?」
私が質問すると、奏さんは「はぁ」とため息をつく。
「漣はアインとの戦いで死んだ。でも、その時アインも道連れにしたはずだったのよ。少なくとも記録上は。でも、実はアインが生きていた。」
「いや、生きてたって相討ちだったはずッスよね…?」
吹雪が震えながら問いかける。
「ええ、そうね。アインは確かに殺したわ。ただ、アインの能力の一つで蘇ったのよ。」
「それは、どういう能力なんスか?」
「アインの能力は『不死』。アインは死んでも生き返ることができるの。」
「そんなの、チートじゃないッスか!!」
「まあ、実際そうよね。」
「とりあえず、アインが生きていたとして、何故漣さんが生きているんですか?どうして一緒にいるんですか?そもそもアインは一体何をしようとしているんですか?あと、アインは今どこに?」
「はいはい、そんな一気に言われても答えられないわよ。」
奏さんは呆れ顔で言う。
「とりあえず、アインの目的はこのニクスツヴァイを奪う事。そしてアインは市街地区画の一角を制圧していて、恐らくそこにいる。漣と共にいる理由は分からない。ってところね。」
そこまで行ったところで奏はハッとした顔をする。
「あっ、そうだ~枢ちゃんが意識を失ってもう一週間経ってるって、伝えた?吹雪ちゃん。」
「やべッス!言い忘れてたッス!」
吹雪は少しテンパりながら「まず、先輩はバケモノにお腹貫かれて死にかけてて、そこに奏さんを呼んで何とか助けて貰って…それで、この病院で入院してて一週間経ってやっと目を醒ました!!ってところッス!!」と言い放つ。
「あはは……いやぁ~中々詰めた説明の仕方ねぇ~」
奏は苦笑いしながら言う。
「あはは……じゃあボクはこれで失礼しますッス!!」
吹雪はそう言って部屋を出て行ってしまった。
「……嵐のような子ね。」
「あはは……吹雪はいつもあんな感じですよ。」
「ふふふっ、面白いわ。あの子が後輩で良かったわね。」
「はい。本当に。……あ、それと一つお願いがあるのですが……。」
「何かしら?」
「私の固有武器のメンテナンス依頼を代わりに出しておいて欲しいんです。あの子はクセが強い癖に寂しがり屋だから…」
「分かったわ、工房の人達に伝えておく。それじゃ、私もここで失礼するわね。」
奏が病室から出て行くと、急に睡魔が襲ってくる。
「…あれが…死の恐怖、か…漣さんは…どうして…」
そんなことを考えながら、眠りについた。
「アイン、こういうやり方は僕の好みじゃない、知ってるでしょ?」
白髪の中性的な青年がアインに問いかける。
「そうね、だからこのやり方を選んだのよ。ところで漣、東の黒き獣が一気にやられた。おそらくここが叩かれるのも時間の問題ね。」
「なら、ニクスアインに撤退する?僕の固有武器を使えば簡単に帰れるよ。」
「いえ、必要ないわ。まだこちらには奥の手が残っているもの。」
「奥の手って、市街地にわざわざ仕掛けまくったあの小型爆弾?あれは使わない約束じゃ…」
「あれは私の魔力を最大限に込めた物。こうなったら使うべきよ。ニクスツヴァイの生存機能を停止させるには十分…まって、誰かが見ている。」
アインが周囲を見渡す。
「…これは…成長したね。」
漣が微笑みながら言った瞬間、視界は暗転する。
目を覚ますと、見慣れない天井が出迎えてくれる。
たしか、化け物に貫かれて入院してたんだったか…
「ぐう…ぐう…」
しかし、記憶が曖昧だ…
「ぐう…ぐう…」
それに、なんだか足の上が重い気がする。
「ん…吹雪?」
青い髪の少女が私のベッドに突っ伏して眠っている。
どうやらぐっすりお眠りのようだ。
「黙ってれば、美人だよね…吹雪って。口を開けばなんだかペット感が否めないけど…」
「ボク!!可愛いッスか!?」
吹雪が飛び起きる。
「わっ、びっくりした……」
「センパイ、おはようございますッス!!」
「うん、おはよう。吹雪。」
「センパイ、傷の具合は?」
「ん~、まだ痛むけど概ね大丈夫。」
「そっすか、良かったッス!!」
吹雪は嬉しそうに飛び跳ねる。
「ところで、吹雪、ずっとここにいたの?」
「当たり前じゃないッスか!!センパイを放って置けるわけ無いじゃないスか!!」
「なるほどね。ありがと。」
「ところで、さっきなんて言ってたんスか?その…美人とか…」
吹雪がモジモジしながら聞いてくる。
「ああ、口に出してたんだ。いや、吹雪は可愛いなぁって思ってね。」
黙っていればって言う所は言わないでおく。
「へ、変なこと言わないでくださいッス!!」
吹雪は顔を真っ赤にして言う。
「ところで、アインは?」
「あー、それがちとまずいんスよね~」
吹雪が表情を曇らせる。
「このままじゃ市街地が占拠されちまうッス。だから討伐隊を組んでアインに強襲をかける予定ッス。明日の午前4時に。」
「そう、私も行くわ。」
立ち上がろうとした瞬間、その場に倒れそうになってしまう。
よろめいた私を吹雪がすかさず抱き止める。
「センパイ、今回は私と、私の固有武器『獄氷ノ双砲』を信じてはくれませんか?」
吹雪は真剣な目で言う。
「わかった。信じてるよ。」
私は笑顔で言う。
「あざます!」
吹雪も笑顔になる。
「私もゆっくり休んで身体を治すわ。」
…君が笑顔でいられるように。
その言葉は口にしないでおく。
「そんじゃ、行ってくるッス!!」
元気よく病室を出て行った吹雪を見送り、再び眠りにつく。
翌朝、爆発音で目が醒める。
窓の外を見るとそこは一面銀世界になっていた。
身体に鞭を打ち、病院を出て吹雪を探す。
すると、遠くの方から爆発音が聞こえる。
急いで音の方向に向かう。
この白い景色は…吹雪の…!
角を曲がり、音の元へたどり着く。
そこには、血塗れになった吹雪の姿があった。
「吹雪!」
私が叫ぶと同時に吹雪はこちらを振り向く。
「セ、センパイ…こっち来ちゃ、駄目ッスよ…」
吹雪の声が銀色の世界に響くと共に、吹雪の背後の建物が吹き飛ぶ。
「吹雪っ!!」
まずい…
固有武器は強力な能力を持つ代わりに、能力に過負荷をかけすぎると暴走状態と呼ばれる状態に変化する。
吹雪の『獄氷ノ双砲』の暴走状態は固有武器の中でも最高クラスに危険であり、暴走した段階で殺害することが義務付けられている。
でも…
「吹雪、落ち着いて。大丈夫…」
瞬間、右腕に強烈な痛みが走る。
右腕が完全に凍り付いていた。
肩にまで氷が登ってくる。
「…吹雪、あなたなら大丈夫。制御できる!頑張って…」
今度は背中に鋭い痛みを感じる。
下を見ると、背中から腹部までを氷の槍で貫かれているようだ。
痛い。
…そんなこと気にするな。
「…ふぶき、このままじゃあなたがころされちゃう…」
吹雪はただ涙を流している。
しかし、その涙は吹雪の頬を離れた途端に凍り付く。
…もう手段は一つしかない。
力を振り絞り、ペンダントを千切る。
漣さんがいなくなってからずっと身に付けていたペンダント。
漣さんが遺してくれた次元に干渉できる力。
「…ふぶき、ごめんね…こんな…せんぱいで…」
ペンダントを開くと、虹色の光が溢れ出す。
その光が、銀世界を更に照らし、眼を開けていられない程に眩しく、美しくする。
吹雪は私が何をしようとしているか気が付いたようだ。
大粒の涙を流しながら私の方へと近づいてくる。
最後に見る吹雪の顔は今までで一番つらそうで悲しそうな顔をしていた。
視界が白く染まる。