過去と未来そして今 中編
「──そう。自らの後継に望んだ未来を潰された。そして、貴女は私にとって忌々しい血を受け継いでいるのですよ」
今までの圧倒的な支配者らしくない伏し目で、悲しみと微かな怒りと憎悪に滲んだ声を出す卑弥呼──あぁ、私は支配者の地位に座った事はないけれど、話を聞くだけでアンタが絶望した事は分かる、分かるけどさ……けど、私は被害者ですって態度は気に入らないな!!
「……なにそれ。裏切られて夢破れて、それで人類に絶望したって不幸話?」
「は?」
「あぁうん。話を聞いていなかった訳でもないし、アンタがどんな気持ちかは察している。その上で言うけど、アンタなに様のつもり?」
辛い事、上手くいかない事、望んだ通りにならない事……そんな事は生きていれば誰しも一度は必ず味わうものでそれ自体は決して珍しい事じゃない。
確かに卑弥呼が経験したっていう出来事は一般人からしたらスケールが大きすぎるし、大きすぎるが故に心の底からその絶望を理解して寄り添ってあげる事は出来ないけど、正直言って私にはそんな同情よりも怒りが勝る。
「自分を裏切った後継が許せなくて、そんな後継の諫言に乗った人間達が憎くて、自分が必死に築き上げてきたモノが急に無価値に思えて……それが嫌だからこれからの人類を全てサードアイに覚醒させて自分と同じ土俵に持ち上げる?──ふっざけんじゃないわよ!!」
「くっ!?何処にこんな力が!!」
私の怒りに合わせて無意識に噴き出した火が衝撃となって、卑弥呼を弾き飛ばす。
ダメージで震えていた足は止まり、全身に力が満ちていくのを自覚しながら私は自分の胸の内から湧き上がってくる怒りを怒涛の勢いで卑弥呼にぶつける。
「アンタは凄い奴なのかもしれないけどさ!!そうやって高みに座して、人間を見下ろして憐れんで同情して手を噛まれたからって怒り狂って……この機会だから言ってあげるわ!!アンタの独り善がりのソロプレイに私ら人間を巻き込んでじゃないわよ!!!!!!!!」
誰も憐れんでくれなんて頼んでない!!誰も同情してくれなんて言ってない!!
……そもそも、アンタが勝手なソロプレイに勤しんでなければ綾人は家族を失わず、音夢と敵対する事なく優しいアイツのまま笑って過ごせていたんだ。
「目先の人間すらまともに救えないアンタに全人類を救える訳ないでしょ!!」
「黙れェェェェェェェェェェぇ!!!!!」
足から火を噴き出し、両手に雷を纏わせた卑弥呼が絶叫と共に迫る姿を見ながらも私の心は微塵も怯んでいなかった。
むしろ、私の言葉に黙れとしか返せない事を憐れんでいるくらいだ。
「ハァァァ!!」
右手に火を纏い、深く──深く腰を落として腕を引き絞る。
綾人の様に、父の様に上手くは出来なくても私だって体術の鍛錬は積んできているんだ……それに何よりも今は遠距離技とかじゃなく、私自身の攻撃で卑弥呼のやつをぶん殴りたくて仕方がない。
その一心を込めた真っ直ぐな小細工なんて微塵も考えてない右ストレートを放つ。
「ガッ!?」
「せりやぁぁぁ!」
顔面を捉えて、仰け反ったの見るより早く一歩前に踏み込み左拳を鳩尾に叩き込み、卑弥呼の右足を私の左足で踏みつけ逃さない様にしてから、引き戻した右手で顎を捉えたアッパーを叩き込む。
「カッ!ハ!」
私の拳は二人より軽いけど、その分連撃を放つのには向いている──だから、流れを止めるな!!
右、左、右、左の流れを意識しながら思いつくところに次々と素早く拳を叩き込んでいく。
逃さない様に捉えている足に力を入れながら、拳に火を纏う事を忘れずに呼吸を短く、そして素早く行い身体中に酸素を行き渡らせ、途切れぬ連撃を卑弥呼に叩き込む。
「こ、んの!!」
「アンタのせいで、多くの、人の人生が狂った!!子供の成長を見たかった親だって、祭りを一緒に見に行く友達だって──アンタの勝手な行動で当たり前の未来が奪われた人達が大勢いる!!」
「そんなもの……そんなものは大義の前には──「不必要だなんて言わせない!!」ぐっ!!」
「もしも、アンタが平和な手段を取っていたのなら……協力したかもしれないけど」
卑弥呼の腹を全力で殴ってから、ぐっと体重を落として再び力を溜める。
私の右手から沸る火が辺り一面を照らし出し、高熱と共に周囲の景色を歪めるほどに至る。
「誰かの人生を壊してまで成そうとする正義を私は決して……認めない!!」
「この火は……この輝きは……正しく太陽!?馬鹿な、この私が日ノ本の初代女王である卑弥呼の前に太陽など!!」
「──吹き飛べ!!天照!!」
渾身の一撃を卑弥呼に叩き込んだ。
瞬間、辺り一面の闇が消え去るほどの輝かしい火の光が巻き上がり、私の右手から解放された火は不思議な事に私や灰都、なんでか分からないけどデクスターの奴を燃やす事はなく卑弥呼の傀儡である八岐大蛇と、深淵からこぼれ落ちて来ていたアビス・ウォーカーを飲み込み焼き尽くす。
『ォォォ……己が太陽の光を浴びる日が来るとはな』
「なんでアンタは燃えてないのよ」
『知らん。が、お前が己を味方として捉えているせいではないか?』
えぇ……どうせ燃やせるのならコイツも燃やしたいところではあるんだけど?
まぁでも、戦力になってくれていたのは事実だし目を瞑ってあげるか、私は優しいからね。
『あの女は吹き飛ばされたか』
「らしいわね。でも倒せてるとは思えないわ。ダメージは入っているだろうけど」
その証拠に卑弥呼が吹き飛んでいった方向にはまだ色濃く闇が残っているしね。
綾人がやっていたみたいにあの闇を吸収して、立ち上がって来ても全然おかしくない。
『……む。どうやらその予想は正しい様だぞ』
「余韻にすら浸らせてくれないって訳ね」
構える私とデクスターの視線の先で、瓦礫の山が崩れていきそこから少しだけボロボロになった卑弥呼が顔を伏せたまま立ち上がる。
今まで彼女の背後に付き従っていた八岐大蛇はまだ再生してないみたいだけど……このまま終わってくれるほど彼女の妄執は弱くない。
「──太陽すらも我が敵となるか。ハッ、ハハハハハハハ!!!!!何もかもが私の邪魔をする!!ふざけるな……私は……私は、人類を次の段階へと進化させ争いを無くす救世主だぞ!!」
『……筋金入りだな』
「あの人はもう引けないところに立っているんでしょうね」
これ以上の妥協や諦めは確実に卑弥呼の心を殺す。
だからこそ、もうこれ以上彼女は足を止めることが出来ないのでしょうね……あれほどの絶望を味わってもなお、卑弥呼は人類を愛しているから。
「だから私は貴女を止めるわ。卑弥呼」
「──はっ、先程は油断をしたが人間一人とアビス・ウォーカー一体で何が出来る!?」
まぁ……それはそうとも言えるのよね。
正直、私はさっきのでかなり疲れてるしデクスターも本調子ではないでしょうし。
「はんっ。やってみなきゃ分かんないでしょうが。まだゲームオーバーには早いのよ!!」
『あぁ。その通りだ。よく言ったぞ飛鳥!!』
──え?この声は……
「馬鹿な……馬鹿な馬鹿な馬鹿な!!深淵の奥深くへと落としたはず……何故、人の形を保っている!?」
『クッハハハハハ!!やはりお前はそうでなくてはな!!』
目の前の空間に亀裂が生まれる。
「おりゃぁあ!!」
聞き慣れた声と共に拳がそこから突き出せば、パリンっと空間が割れて私が会いたかった彼がまるで、コンビニにでも買い物に行く様な気楽で軽い足取りで現れる。
「──お前の火は何処から見ても綺麗で暖かいから良い目印になったぞ飛鳥」
「……馬鹿っ、戻ってくるのが遅いのよ綾人」
「ハハっ、悪い悪い。ちょっと色々と話し込んで来ちゃってな……俺達で止めるぞ卑弥呼を」
なんだか今までよりも格好いいと思ってしまうのは惚れた弱みなのかしらね……ニヤリと笑う綾人の顔が妙に印象に残って心臓が高鳴る──あぁ、でもこれなら私達は絶対に負けない。
「えぇ。やるわよ綾人」
「おう!」
感想など待ってます




