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歪み捩れた理想

『先森綾人ぉ!!』


「奴が戻るより、貴様が先に死ぬぞ?」


『グオッ!?』


 消えた綾人の場所を見て、隙を晒していたデクスターの腹部に地面を這いずる様に、素早く伸びてきた八岐大蛇が噛みつき、そのまま天高く、デクスターを掲げると彼を引き千切る為か、四肢に八岐大蛇が噛みつき、ギリギリと肉体を引っ張り始める。


『人間である事を辞め、己らと同じ存在に堕ちてまで……救世(ぐぜ)を願ったところで、そこに貴様の居場所はないぞ巫女よ』


 万力の如き力で肉体を引っ張られながらも、持ち前の剛力で耐えるデクスターは、卑弥呼を煽る様に笑いを堪えた声で敢えて、言葉を投げかける。

 より良き未来、より良き明日を望むのは人間の心理だとデクスターは、理解しているが目の前の人間は自らその立ち位置を捨て去っている様に思え、真意を聞き出したくなったのだろう。


「……それが新たな未来を歩き出した人類の選択ならば、私は粛々と受け入れよう。古く下らない世界を終わらせた化け物として、私が望み生み出した者たちが断ずるのならこの命、捧げる事も厭わんよ」


 先程までの熱に浮かされた狂人の様な態度は鳴りを顰め、代わりに冷たく凍てついた狂気が卑弥呼から発せられる。

 人類という種に対する異常なまでの滅私奉公の精神、それが卑弥呼を今日に至るまで立たせてきた在り方であり、人間賛歌を謳うデクスターから見れば、その不撓不屈の在り方は気にいる部分もあるが、納得の出来ない部分があった。


『貴様の事はよく理解した。だが、解せんな。なぜ、先森綾人を殺そうとする?貴様から見ればアイツは、選ばれた人間だろうに』


「簡単な理由だ。奴一人を目覚めさせたからと言って、人類は変わらん。その為の大量虐殺を阻止するというのであれば、大義の前の致し方のない犠牲だ」


『クッ、クハハハハ!!やはりな!!己の食指が動かん訳よ。大衆を導く事ばかりに意識が囚われ、今が見えていない。己の考えだけが正しいモノと縋り、先森綾人と手を取り合い、妥協点を探そうともしない……やはり、人間は与えられた時間以上を生きるモノではないな。届かぬ理想に手を伸ばし続けた結果、ソレしか見えぬ』


 救世を謳う目の前の女が酷く憐れに思うデクスター。

 自らの欲望以外に何も持たぬ化け物が故に、理想と欲望ソレら入り混じり、結果として原初の綺麗な理想から遠ざかっていると分かってしまうが、彼は化け物であるが故に導く事はせず、ただ卑弥呼という女を嗤う。


『フンッ!!』


 全身の筋肉が隆起し、放出される黒い粒子が増えると共にデクスターは、八岐大蛇の拘束から力技で抜け出し地面に着地し、それと同時に黒い粒子があたり一帯に散布される。

 

『断言しよう。先森綾人は必ず、この場に舞い戻る。それまでは……』


 デクスターが撒き散らす黒い粒子は、アビス・ウォーカーを呼び出す性質があり、彼自身も厄介だと思っていたその力は普段、自身のエネルギー補給の為に使われるが、今回は違った。

 彼の黒い粒子によって呼び集められたアビス・ウォーカーは次々と、空間に亀裂を作りながら飛び出し、デクスターと卑弥呼を爛々とした赤い瞳で睨み付ける。


「乱戦か」


『化け物は化け物同士、喰らいあおうぜぇ!』


 デクスターの咆哮を合図に、全ての化け物達が己以外の化け物を喰らおうとぶつかり合う。










「……どうしてだ。どうして、何も上手くいかない……」


 俺は確か……卑弥呼のやつに放り込まれたんだよな?って事は、此処はアビス・ウォーカーの領域の筈なんだが、どうして目の前には森を切り拓いた様な粗悪な道と、そこを歩くどっかで見たことある女性っつう光景が広がってるんだ?


「邪馬台国は滅びた……栄えていた私の国を疎んだ略奪しか能のない連中に……それでも弟が、民が私を生かしたのだからと周囲の村々にどうすれば、栄えるか教えれば……軌道乗ったところで同じ様に滅ぼされる……」


 生気が全く感じられない声だったが、今、こいつ邪馬台国と言ったか……え?って事は、この草臥れて今にも倒れそうな女があの卑弥呼!?

 嘘だろおい……てか、俺どうなってんだこれ……うわぁ、手が透けてる……死んだのか俺は?


「私は……女王。人を導く役割がある」


 ……サードアイの力もなんか上手く動かないし、今はこのまま卑弥呼に着いて回るしかないか。

 話はしたけど、全然、会話にはなってなかったこいつがどうして、ああなったのか知る事が出来るかもしれないし。


「見てください!!これが私の持つ奇跡の力です!!」


 何処かの村にたどり着いた卑弥呼は、憂鬱さが嘘の様に消えた偽りの笑顔を顔に貼り付け、無数の火の玉を生み出し、それをお手玉の様にし、人を集めたり、


「干ばつですか……分かりました」


 雨が降らず、乾き切った畑の前で祈り水のサードアイの力で雨を再現して見せたり、


「戦で家を……一先ずこちらに」


 戦で家が燃え、行く場所を失っていた民達に土と岩で作った簡易的な住居を提供したりと、行く先々でサードアイの力を使っては困っている大勢の人達を救っていた。

 そしてまぁ、当然と言えば当然なのだが、そんな便利な力を持つ彼女は救った先々で、救世主やら教主様と崇め奉られ、多くの村を発展させていた。


「……どうして」


 それでも、一年、二年と経つ頃には最早、彼女一人ではどうしようもない程に燃え盛る家々や、心臓を貫かれ動かなくなった死体などが目の前に広がっていた。

 ……なるほどな、誰かの為に力を振るえば、別の誰かに助けた者達を奪われ続けた……百聞は一見にしかずとはよく言ったものだな。


「みなさん、こちらを痛っ!」


「この妖め!!寄るな!!!」


 ……それでも折れずに誰かを救おうとした卑弥呼を待っていたのは、数多くの当たり前とは違う異端の力を持つ者への恐怖心からくる迫害か。

 程度は全然違うが、俺が喧嘩ばかりでチャラチャラとした格好しているからとろくに話した事ない奴にも、ビビられてたのと系統は同じだな……そして、この頃から彼女は騙し騙し持たせていた身体から完全に寿命の概念を切り離すことに成功していた。


「火のサードアイで、常に燃える命を強くイメージすればそれで良かったのか……ハハっ、いよいよ人間の枠組みから完全に外れたな私は」


 壊れた様に笑う卑弥呼は、正直、見ていられなかったが動けないこの状況では何もせず、見続けるしかなかった。

 何度も迫害を受けようとも、いつか誰かに届くと信じた彼女の旅は、弥生時代からやがて、戦国時代へと辿り着き、そこで彼女は本当の意味で心が折れてしまった。


「どこに行っても争い争い争い争い争い争い争い……何故だ、何故そうまでして己一人の欲望に走る事が出来る!!どうして、その手を隣人と結ぶ事に使えないんだお前達は……!!」


 燃え盛る本能寺の前で、卑弥呼は初めて人類を見下す言葉を発し、救おうと思えば救える織田信長の命を見殺しにした。

 ……これがアイツの旅か、報われる事はなく、ずっと自らの理想に傷付けられてきた卑弥呼という女の。


「……私が間違っているのか?皆が手を取り合える世界、それを夢見ちゃいけないのか?」


 どうだろうな……でも少なくとも、小さな汚れの一つすらないアンタの理想を持ち続けられる人間はきっと、多くない。

 他人が持っているものは、素晴らしく見えるし、自分に無いものを持っている人間は羨ましく思える……アンタの理想は子供の頃、誰もが胸に抱いて大人になるにつれ捨てていったものだ。


「……認めない……諦めてなるものか……私が理想とする世界が無いと言うのなら、私が無から創ってみせる……それが邪馬台国の女王、この世界を初めに歪めてしまった者の責務だ」


 ……こうして、人を愛するあまり、人を滅ぼしかねない化け物が産まれたという訳か。

感想待ってます!!!!!

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