世界が単純だったとしても
『己が壁になる。先森綾人、貴様はあの人間と戦え』
「良いのかよ?あの蛇ども結構強いぞ?」
『クハハ!!貴様に比べれば取るに足らん相手だ』
相変わらずの高評価に綾人は、呆れの表情を浮かべるがデクスターの強さをよく知っている為、奴が大丈夫と言うなら大丈夫なんだろうと、すんなり受け入れ、しれっとデクスターが生成している闇を吸収しながら、走る準備を行う。
『せめて一言ぐらい了承を取れ。思わず、貴様を殴るところだったぞ』
「ちょっとくらい良いだろ。それに、目の前にたっぷりなぁ?」
その言葉を発してすぐに一人と一体は、揃って飛び退き、突っ込んできた八岐大蛇の攻撃を避け、舞い上がった土煙を利用し、綾人はすぐ近くの瓦礫に身を隠し、デクスターはわざと八岐大蛇と卑弥呼の気を引くために、叫び声を上げながら煙幕から飛び出す。
「喧しい口だな。即刻、黙らせるとしよう」
『その役目は貴様ではないなぁ!──黒色凶星!!』
デクスターの右手に集約した黒い極光が、向けられた八岐大蛇三匹の頭部とぶつかり合い、一瞬の拮抗の後に、全てが爆ぜ爆炎の中から、無傷のデクスターが飛び出し、真横から飛び出してきた八岐大蛇によって、脇腹を噛みつかれ卑弥呼から距離を取らされる。
『ハハハハハッ!!緩いわ!!』
「……改めて化け物だと実感したな」
「貴様、何処からっ!」
「そこの瓦礫からという解答は不十分か?──喰らえ、黒色凶星!!」
デクスターと同じく、右手に黒い極光を携えた綾人の一撃が、化け物に気を取られていた卑弥呼へと迫るが、当たる寸前のところで八岐大蛇が割り込み、両者共に爆風によって後方へと吹き飛ぶ。
「盾仕事しろや!」
『クハハ!!次はもっと手早く攻めると良い先森綾人』
抉り取った八岐大蛇の頭部を吸収し、全身の筋肉を肥大化させるデクスターに対し、再生するとは言え、一瞬のうちに八岐大蛇の半分以上を失った卑弥呼の表情は、怒りに染まっておりその怒りがより強く彼女の闇と取り込んだ厄災の闇の結び付きを強化していく。
「……どいつもこいつも、私の理想を理解しようともしない愚か者め!!そうまでして、人類の負の遺産と共に在りたいのなら、くれてやろう!!これが人類の愚かさだ!!」
頭部を失った八岐大蛇から、黒い粒子がばら撒かれると共に、いまだに開け放たれている厄災が出てきた門から、無数のアビス・ウォーカーが突如として出現し、綾人とデクスターの目の前に落ちていき、灰都の地面を埋め尽くすほどのアビス・ウォーカーが、彼らに敵意の視線を向け吠える。
状況の変化はそれだけで終わらず、八岐大蛇が群れの上からでも彼らが見える様に伸びると頭が変化し、AK-47を初めとする小銃や戦車の砲身、ミサイルへと形を変えていく。
「同族を如何に効率よく処理するか……それに重きを置いた人間の恐怖を味わうが良い」
『己は兎も角、先森綾人には少々、荷が重いのではないか?』
「はっ、舐めんな。こちとらずっと、全身筋肉痛で正直、歩くのすらしんどいわ」
無数の軍勢と、兵器を目の前にしても綾人とデクスターには恐怖の感情などなかった。
『ならば、諦めるか?』
「冗談。此処まで来たら、全力で駆け抜けてやるだけさ」
『アァ……なぜ、今、貴様の敵は己ではないのだろうなぁ』
「気色悪い声出すなっての!?来るぞ!!」
銃火の音を合図に、無数のアビス・ウォーカーが彼に向かって迫る。
それに突っ込む様にして、銃火を避ける一人と一体に、まず真っ先に飛び掛かったのは、移動力に優れた四足歩行生物がベースとなったアビス・ウォーカーで、強靭な爪と口についた剣を振り翳し、彼らを両断しようとする。
「ライオン?猫か?まぁ、なんでも良いか。オラァ!!」
懐に入り込み、髭が特徴的な顔面を剣ごと、叩き折る様にぶん殴り飛ばす綾人によっと、ぐるぐると回りながら吹き飛んでいくアビス・ウォーカーは、空から迫ろうとしていた梟のアビス・ウォーカーとぶつかり、爪と嘴が互いに深々と刺さり、落下していく。
『ほぅ!己と同じパワー自慢か!!』
古代において、戦車の位置付けで使用されるほどの力ある生物、象を模したアビス・ウォーカーがまるで、チェンソーの様に回転する牙がデクスターとぶつかり合い、火花を散らす。
『己を抉るには回転が足りんなぁ!!』
バギンッ!!!という音を響かせ、剛腕で牙を砕くと武器を失った象型アビス・ウォーカーの脳天に思いっきり、牙を突き立て、巨躯が崩れ落ち、他に群がっていたアビス・ウォーカーを轢き潰す。
「オラァ!!」
『クハハ!!』
迫る銃火を、アビス・ウォーカー達を盾にすることで数を減らしながら、凌ぐ一人と一体は力のゴリ押しで迫るアビス・ウォーカーの群れを次々と葬っていく。
不思議な事もあるものだと男は戦いの最中、思った。
大切な幼馴染との約束を貫き通す為、ヒーローとして人々を救おうと思っている自分と、肩を並べ脅威に立ち向かっているのはその倒さねばならない脅威の一つだという事に。
しかも、何度も拳を合わせたせいか元々の戦い方が似ているせいなのか、凄く戦い易いのがまた男を不思議な感覚にさせた。
化け物は同じ、化け物を喰らいながら思った。
己は有象無象の人間などどうなろうが知ったことではないのに、この世界で唯一己を惹きつけてやまない人間と共に、自らの同類を喰らっている。
同類を喰らう──それ自体は何も不思議な事ではないが、己の欲望に従い、殺される事だけを考えていた化け物がこうして、共に戦える時間を悪くないと思っているのだから、世界は不思議だと。
「なぁ、デクスター!!俺達って敵同士だよなぁ!」
犬型アビス・ウォーカーを叩きつけながら、男は叫ぶ──自らの疑問を。
『当然だ!!己は貴様に殺されたいのだからなぁ!!』
「その割には随分と楽しそうな顔してるぜお前!!」
化け物は笑っていた。
今までの様な嗤いではなく、楽しくて仕方がないといった純粋な笑みを。
『そういう貴様もな!!全てが終われば、また己らは殺し合うんだ!!分かっているよなぁ、先森綾人!!』
男もまた笑っていた。
仮面で隠れて見えないが、化け物には男が笑っているという確信があり、それは事実当たっていた。
「分かってるよ!!お前はそういう奴だ、でもよ敵同士だった俺達がこうして肩を並べているってのはさ!!」
『──存外に心地よいか?クハハハ!!憎しみ合うだけの己らではなかったと!!』
──一人と一体は思った、世界は時としてこんなにも単純なのだと。
「ならば、その夢物語を抱えて久遠の闇に堕ちるが良い」
「なっ!?」
無数のアビス・ウォーカーの群れと、別たれた八岐大蛇を囮にして綾人へと接近していた卑弥呼は、アビス・ウォーカーを殴り飛ばし、隙だらけになった身体に触れる。
その瞬間、黒い泥の様なものが綾人を包み込み、デクスターが駆けつけるより早く彼は、飲み込まれ姿を消してしまった。
『先森綾人!!』
「はははは!!アビス・ウォーカーの故郷、『深淵』へと堕ちるが良い!!」