黒き太陽の巫女
「急いで傷の手当てと、軽い食事を!!」
「日野森さん、かなり衰弱気味です!!」
「死なせるな!!子供達に責任を押し付けた結果、何も出来ず死なせたとあっては何の為の自衛隊なのか分からないぞ!!」
綾人と飛鳥を回収した自衛隊員は、急いで戦地から離れた夜戦病院へと彼らを運び込みそれぞれの容態を確認したが、両者共に喜べる状況ではなかった。
先ず、闇のサードアイを持つ先森 綾人はその相性の良さのおかげか、目立った外傷は少ないものの骨にヒビが入っている場所が少なくなく、また無理やり体力を回復させた弊害なのか全身の筋肉にかなりの疲労が蓄積しており、今は安静に座らせているが、それすら辛そうな表情を浮かべている。
そんな彼より容態が悪いのが、日野森 飛鳥であった。
火のサードアイでは、完全に厄災が使う負のエネルギーを防ぎ切る事は出来ないのかEPSスーツの至る所が破れ、そこから血が流れており、サードアイの過剰使用による体力低下のせいか傷から入り込んだ菌に免疫が対抗出来ず、軽度の感染症を引き起こしつつあった。
幸いな事に、現代の医療技術であれば悪化するより早く、治せる事であった。
「先森君!」
「……ん?貴方は、確か警察の」
「佐々木だ。訓練以来だなっと、すまない。本来であれば、我々警官が負わねばならぬ責務を、君達に背負わせてしまって」
直角九十度の見事な謝罪をする佐々木に思わず、立ちあがろうとする綾人であったが筋肉痛の痛みに小さく唸り声をあげてしまう。
「無理をするんじゃない。ただでさえ、君達は我々の代わりに傷つきボロボロなのだから」
「……でも、アレは俺達じゃないと……」
「その件だがな、これを見てくれ」
そう言って佐々木は懐からスマホを取り出して、生放送されている動画を開く。
報道機関の意地なのか、厄災の天変地異同等の破壊力によって、警官や自衛隊の見張りをすり抜ける事は案外、難しくなくこの動画も、ルールを破った報道機関によって全国に届けられていた。
『先ほど、落雷が落ちたかと思われましたが、どうやらあの怪物に対抗する新たな救世主の様です!!見えますか!!子供達とは打って変わり、老人が戦っています!!あっ!!カメラから消えたと思えば、化け物の頭上を取っています!!驚きの速度です!!』
「伊藤の爺さん……」
「君達を回収してから、自衛隊員達による特攻が行われていたのだが、数分と経たない内にあの人が駆けつけてくれた。お陰で、今は撤退しているが……」
動画内で戦っている厄災と伊藤を見ながら、佐々木は悔しそうな表情を浮かべる。
「……ただ見ているだけと云うのはこんなにも歯痒いのだな」
「佐々木さん……」
元より、正義感の強い彼はサードアイというごく限られた才能の持ち主しか戦い術を持たない現状に、下唇を噛み締めるほどの悔しさとやるせ無さを感じていた。
自分では見ていることしか出来ない戦いで、傷ついていく者達、壊れていく建物、規格外の化け物に恐怖し怯える無辜の人々……そんな存在に対して佐々木が出来る事は極めて少なく、身を包んだ警察の制服に何の意味があるのかと。
「俺は確かに戦う力を持っています」
「先森君?」
「……でも、それだけです。佐々木さんみたいに、常日頃から犯罪者達からみんなを守っている訳じゃありません。俺が戦えるのはこういう時だけです……それだって、満足に全ての人を救えた訳じゃありません」
アビス・ウォーカーは予兆こそあれ、神出鬼没の存在であり音夢や女王という呼び水があれば、その僅かな予兆すらなく姿を現し、多くの人達を殺してきた。
暴走のキッカケとなった名も知らぬADの一般職員、助ける事の出来なかった恐怖に飲み込まれながら、蟻に食われてしまった女性、自らアビス・ウォーカーへと身を堕とした日野森の当主……身近に居たにも関わらず、どうする事も出来なかった音夢。
「だからこそ……俺達は今、自分に出来る精一杯をやらなきゃいけないんだと思います。俺に出来る精一杯は、厄災を相手に戦う事で、きっと佐々木さんにしか出来ない事もある筈です。だって、今までがそうだったんですから」
一人が出来る事には限りがある。
だからこそ、人は手を取り合い、自らに出来ない事を誰かにやって貰いそのお礼に、その人を助ける……そうして、人は手を取り、助け合いながらずっと生きてきたのだと、今の綾人は思っている。
「先森君……君は強いな、力ではなく心が」
「いえ……俺は弱いですよ。だから、色んな人と手を取る必要があったんだって、今更、気がついたんです」
『彼の持つ刀に瓦礫が集まり……巨大な剣です!!見てくれはかなり悪いですが、その余りある質量が化け物を襲っています!!』
動画の中で伊藤が持つ折れた刀に、無数の瓦礫が集まり大凡、人が振るう大きさを超越した暴力が厄災を襲っていた。
黄金に輝く伊藤の姿は、正しく人類の希望であり、その勇姿に多くの人々が救われると感激していく。
「……爺さん、アンタもしかして死ぬつもりなのか?」
そんな中、綾人だけが伊藤の戦いに違和感を感じていた。
動きや技のキレは確かに今まで以上のものであるのだが、明らかに彼の動きは自分を顧みておらず、無理な角度から身体を動かしている事に気がついたのだ。
「どういう事だ?」
「伊藤の爺さんは今まで、敵と戦っても基本、一撃で終わらせていました。報告書で見たんですけど、何回も技を使うと、吐血していたそうです」
「ッッ!?待て、今のあの人は既に何度も大業を放っている様に見えるぞ!?」
「はい……俺には今の伊藤の爺さんが、サードアイにより覚醒したのか自分の命を捧げる事で普段以上の力を発揮しているのかは分かりません……でも」
「先森君!」
壁に手を置き、無理やり立ちあがろうとする綾人に肩を貸す佐々木。
彼には、今目の前の少年が何をしたいのか理解していた。
そして、本来であれば自分はその無茶を止めなくてはならない側である事を理解しつつも、今、彼の身に襲っている焦燥感を他ならぬ自分も感じている為に、止める事は出来なかった。
「……行くんだな?」
「はい。なんだか、凄く嫌な予感がするんです」
「分かった。俺がギリギリまで君を送ろう」
忙しそうにしている周囲に目を配りつつ、佐々木は自分が着ていた制服の上着を綾人に被せ、彼を抱き抱える。
そのまま、他の者達の目を盗み、野戦病院を抜け出していくが当然、人を抱えている姿を隠し通せる訳もなく、佐々木は見つかってしまう。
「おい、誰を運んでいる?」
「くっ……」
身を包む緑の制服は自衛隊員の迷彩服であり、佐々木の権力が通じない事は明らかであった。
綾人を抱き抱えながら、後退りをする佐々木の姿は自衛隊員から見ればかなりの不審者であり、彼を問い詰めようと自衛隊員は他の者達を呼び集めようとする。
「彼は私の頼み事を引き受けてくれただけだ。すまないが、通してやって欲しい」
「貴方はAD司令官の……了解です」
敬礼と共に道を開ける自衛隊員の横を通り、佐々木は助け舟を出してくれた茂光と向かい合う。
「ありがとうございます」
「本当は休んで欲しいが、君は大人しくするタイプではないからな。私も後から向かう、君は君のやりたい事をすると良い。全ての責任は私が負うとも」
「……ありがとう、茂光さん」
大人達の助けを借り、綾人は佐々木の運転するパトカーに乗り、伊藤と厄災が戦っている戦場へと向かう。
その車中でも、動画を見続けていたのだが、急ぐ彼らの気持ちとは相反して、戦闘は最終局面へと突入していた。
『あぁっ!!見えますでしょうか!!彼の身体を何本もの黒い光線が貫いています!!』
「爺さん!!」
誰もが負けたと思った。
光線は明らかに人体の急所を貫いており、自由落下していく伊藤の身体を包む黄金に輝く雷もその輝きを失いつつあった。
それでも伊藤が止まる事はなく、落下の途中で天から雷が、彼に落ちたかと思うと再び、死の淵から伊藤は蘇り、ジグザグと空中をあり得ない速度で駆け抜ける。
「着いたぞ!!」
「ありがとうございます!!闇よ、我が道となれ!!」
スマホを佐々木に投げ渡し、綾人は全力で空中を駆ける。
痛む身体を無視し、全力で駆け抜けた先で血も何もかもが沸騰し、今まで以上に枯れ木の様になった伊藤を、落下ギリギリのところで抱き留める。
「伊藤の爺さん!!」
「……あぁ……綾人少年か……どうだ?儂は……遺せたか?」
もはや、綾人を見ることすらままならない伊藤は、虚空を見ながら問いかける。
ゆっくりと熱を失っていく彼の身体は、急速に死へと向かっており、急ぎ連れ戻っても間に合わない事を綾人に悟らせる。
「……はい……厄災のやつ、ピクリとも動いてません……俺達は貴方のお陰で生きています……みんな、みんな無事です……」
涙を堪える綾人の声は震えていた。
「そうか……これからはお主ら若いもんらの時代だ。負の遺産は……儂が連れて行く……だから、これからの世を頼んだぞ」
満足そうに綾人を見ながら微笑み、直後に伊藤の体がガクッと重くなり、熱が消え失せる。
涙を堪え、彼を背負おうとする視線の先で核を破壊された厄災の骸は、空中に溶けるように消えていき……
「ご苦労様。これで私は厄災の力を手に入れられるわ」
伊藤を背負った綾人を追い抜き、現れた壱与いいや、卑弥呼が厄災の骸に手を伸ばし、自らの体へと吸収し……姿を変える。
深淵を思わせる真っ黒な巫女服に、真っ赤な帯が彩りを加え、本来であれば黄金に輝いていたのであろう太陽の冠は、黒く染まり、彼女の背からは真っ赤な帯に繋がるように八つの頭を持つ蛇の頭が一様に綾人を睨みつける。
そして、厄災の出現と共に厚い雲に覆われていた空から、雲が失われてただ一つの漆黒に輝く太陽が鎮座していた。
「我が名は卑弥呼、邪馬台国の初代女王にして、黒き太陽の巫女である。人よ、今こそ、我が膝下でつまらぬ争いを止める時だ」
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