嵐は鳴り止み雷は静かに
身体が軽いのぅ……心臓も痛まないし、刀を握る腕も何年振りかと言うぐらいに思い通りに動いてくれとるし、何よりこれだけサードアイの力を使っておるのに、全く息が切れる事もなく、あれほど憎いと思っていた厄災に対する憎悪も不思議と鳴りを潜めておる……いやはや、全くもって不思議な感覚じゃな。
「のぅ、厄災。お主も儂の気持ちが分かるか?」
『ガァァァ!!』
気を失う前より、随分と生に固執しておるお主に問うても、無意味か……そもそも、何を言うているのか分からん。
半分しか無くなった刀身に雷を纏わせ、厄災の咆哮と共に放たれる黒い極光を断ち切り、自衛隊の者の前にもう一度、着地をし彼が持っていた銃を借り受ける。
「これ、借りるぞ」
「えっ、あ、はい」
「カカッ、ほれ、もう逃げよ。無駄に命を散らす必要はなかろう」
初撃で斬り裂いた瞳を再生させた厄災を、真下から見上げつつ銃に雷を纏わせ、片手でマガジンの弾全てを撃ち切る。
儂の予想通り、サードアイの力を纏った弾丸は厄災の逆鱗に当たり、そこが弱点なのか絶叫と共に身をくねらせる厄災。
「サードアイでしか攻撃は通らん。だが、その力を通したものであれば通じる……あの女に感謝せねばならんな」
儂の刀は、鉄のサードアイから生み出されたものであるから、儂の雷のサードアイを通しても壊れんのだと思っておったが、それは間違いだった。
壱与が使っておったワイヤーは何一つ変哲のない、その辺で手に入る様な代物であったにも関わらず、サードアイの力を纏い儂でも容易く斬れない武器へと生まれ変わっておった。
「なら、現代兵器もこの通りよ」
『ガァァァァァ!!!!!!!!』
「っと」
本当に身体が軽い。
一瞬で、噛みつきを放ってきた厄災を飛び越えるほどの高さへと跳躍し、奴を見下ろしながら考える──『この状態はいつまで続くのか』と。
『本当に丸くなったな。昔のお前なら玉砕なんて微塵も恐れなかったろうに』
「儂も歳を取りましたからなぁ……佐々木隊長」
折れた刀から声が聞こえるなど、いよいよ儂も耄碌したかと思ったが、これが不思議と身体中から力が湧き出る源泉となっている以上、幻聴であろうとなんであろうと儂には関係ない。
……それに聞こえてくるのが、佐々木隊長の声であれば百利あって一害無しよ!
『実のところ、俺もなんでこんな事が出来てるのか分かってないが、俺が遺したお前が今度は、遺す側になるってなら今出来る全力をお前に貸してやる』
「感謝しますぞ佐々木隊長」
『という訳でまずは一つ、刀を横に向けろ』
言われた通りに刀を横に向けると、その先にあった瓦礫や砂鉄が折れた刀身の先に集まり、巨大な鉄塊と呼ぶべき姿やと変貌する……不思議な事に全く、重さは感じない。
『一々、言葉にせんくても集まってくれるとは便利だな全く!これで斬れるか伊藤?』
「斬るというよりは、叩きつける方が近い気がしますが、まぁ、やってみせましょう!」
厄災から放たれた光線を再び、跳躍で避け棍棒の如き、外見へと変化した刀を握りしめる。
弘法筆を選ばず……儂が真に優れた使い手なのであれば、例えどの様な刀であろうとも敵を斬れるであろうよ。
「雷神の一太刀ぃぃ!!」
『ギァァァァァァ!?!?!?』
チィ──浅いか!!未だ、逆鱗を健在!!であれば!!
「もう一太刀喰らわせるのみぞ!!雷神のニノ太刀!!」
振り下ろした刀の刀身を、暗雲立ち込める天へと向け、今まで以上に雷を纏うその刀を再び、厄災の逆鱗目掛けて振り上げ、その力のまま一気に振り下ろす。
構想にはあったが、今までは身体へと負担が大きすぎると止めていた技じゃが、今のこの身体なら幾らでも放てる気がしてきたわい!!
『これでも壊れねぇか……おい、伊藤、気を抜くなよ!!』
「分かっております、佐々木隊長!……韋駄天!!」
顎を叩き切ったと言うのに儂を喰らおうとしてくるとは、厄災も余程、死にたくないのであろうな……今ならなんとなく貴様の正体が分かる気がするぞ、人の悪意そのものよ。
「これも儂らがいくつもの争いを積み重ねてきた結果、なのじゃろうな」
回り込んだ儂を睨みつける様に、奴の複数の目と視点が合う。
儂はこの視線を知っておる、呆れるほど戦場で見続けてきた敵を憎む人の目じゃ。
同胞を殺し、生まれ故郷を奪わんとする略奪者達を見る兵士達がよくしておった相互理解を放棄し、ただ憎しみだけで突き動かされておった『儂』の目だ。
「……だから、俺を叩き起こしたのでしょう隊長?」
厄災の攻撃を受けて、意識を戦意を完全に失っていたところに、偶然、少年少女の戦いの余波で折れた刀が刺さる?そんな訳はない。
しかも、刺さってから隊長の声が聞こえ出すとかいうオカルトを叩き込まれては、もうサードアイが何か奇跡を起こしたと考えるしかないさ。
隊長にも何がどうなっているかは分からないようだが、奇跡とはそこまで長続きしないからこその奇跡。
「せいっ!」
『ギァ!?』
「雷は高く、そして電気をよく通すものに吸い寄せられるのを知っているか?厄災」
今のこの身体は殆どが雷と言って差し支えがないと、本能が理解している。
故に、目から放たれた光線が当たるより早く、刀の元へと即座に転移出来る。
「これが俺の全力、儂が生涯を磨き上げ、たどり着いた極地……いざ!『雷様の座す所!!』」
曇天の空を打ち破るように、黄金に輝く雷が儂へと降り注ぎ、刀を通し厄災の全身を焼いていく。
「ガァッ……カァァァ!!」
その強すぎる雷は、儂の身すらも焦がす言ってしまえば自爆に等しい大業。
放つのは生涯において、たった一度と決めておきながら嘗て、この刀を受け取ったあの日、暴走に等しい形で使用してしまった業……既に一度、この身は死んでいる。
であれば、何を恐れる必要があろうか。
『……身を焦がすほどの雷を受けながら、厄災の頭目掛けて直走るか……俺の知る伊藤の姿だな』
血が沸騰し、身体はとうに激痛を訴えなくなった。
心臓は止まるたびに、無理やり動かされ、残された時間を可能な限り引き延ばすだけの器官に成り果てた。
自らを通して発せられる光以外、何も見えるものはなく、それでもなお、朽ちる身体を走らせる。
『ガァァァァァ!!!!!』
「ゴフッ……まだ……まだ止まらんよ!!」
腹に、肺に、腕に、足に黒い光線が刺さり、穴が空いた。
朽ちゆく身体を必死に支える血液が、吹き出し、瞬く間にこの身に纏う雷により蒸発していく。
五感の全てが失われてなお、儂は逆鱗に向かって直走る……そして、その時は来た。
『そこだ。斬れ、伊藤源三郎!!』
全く、目も見えず、音も聞こえない、臭いも触覚も役に立たない儂に『そこ』とは曖昧な指示を出してくれるな隊長。
だが、その言葉が何よりも儂には必要であったのだ。
「厄災よ……儂と共に消えよう。嵐はもう去る時だ──雷神の黄泉送り」
引き抜いた瞬間に分った、この一撃は間違い無く、生涯最高の一太刀であったと。
「伊藤の爺さん!!」
あぁ……聴こえるぞ……儂にも聴こえる……古き時代から飛び立とうとする若き、次代の声が。
なるほど……佐々木隊長、これは良いものですなぁ……
感想など待ってます。




