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獅子

「──であるからして、ここに入る式は──」


「……あーあ」


 昼食になる前の授業は、やっぱり眠くなるな……後ろの席だからデカく欠伸しても何も言われないが、よくもまぁあんなに背筋真っ直ぐで、授業受けられるよな皆んな。

 まぁ、よく見ればノートに全然関係ない事とか落書きしてたり、教科書を盾にスマホ弄ってたりしてる奴らも居るんだが……学生あるあるだろうなこういう光景。


 キーンコーンカーンコーン

 

「むっ、今日はここまで。午後の授業も気を抜くなよ」


 教師がお決まりの注意勧告をするが、当然の事ながら殆どの生徒がそれを真剣には聞いておらず、適当に返事を返すが、そんな事は分かりきっているので何一つ表情を変える事なく、教師が教室を出ていく。

 それに伴い、楽しい昼食を取る為に友人達と輪を構成していく、生徒達を尻目に俺は鞄から菓子パンを取り出そうとした手がスカッと、無を掴む。


「あれ?」


 もう一度、手を鞄に突っ込むが結果は同じであり、頭を抱える。

 そう言えば、日野森の奴に顎蹴り抜かれたせいでAD本部に泊まって、その足であいつと一緒に登校してたから、菓子パンを買ってねぇ!!ウチに学食はねぇし……購買はもう絶対、売り切れてる……マジかよ。


「……午後の授業全部寝るか?そうすれば、空腹を気にしなくても……」


 現実逃避をしたくなる思考に取り憑かれていると、スマホがポケットの中で振動するのを感じた。

 こんな時になんだ?と思いながら、取り出して見てみるとADのアプリが起動しており、瞬間的に日野森を見るとどうやら彼女も、俺を見ていたようで視線が合った俺達は互いに頷き合うと、教室を出た。

 そのまま、互いのゴールこそ同じだがルートを変えて俺達は、この時間でも人が居ない校舎裏で合流しアプリを起動させた。


『何も言わずとも、二人が合流している様で何よりだ』


 アプリを起動させると、画面に茂光さんが映し出される。

 どうやら、ビデオ通話らしい。


「また、この学園に出るの?」


 またと言うのは前回、俺が襲われた時の事を指しているのだろうと思う。

 俺はまだ、アビス・ウォーカーの出現頻度を理解していないが、どうやら二週間も経たない内に同じ場所に出現するのはレアらしい。


『どうやらその様だ。アビス・ウォーカーが出現する予兆、空間の歪みを君達のいる学園の体育館で、確認できた。先森君が飲み込まれた時の様な例外が、起きない限り夜の九時辺りから周囲を警戒してくれ。体育館の内部か、その近くで待機していれば君達に釣られる形で、アビス・ウォーカーをある程度任意の場所に呼び出せる筈だ』


「……あぁ、そうか。アビス・ウォーカーはサードアイを優先的に狙うんだったな」

 

『その通りだ。その性質を利用し、君達が戦い易い場所に誘き出すんだ』


 戦場をある程度、選べるというのは大きいとは思うが一つだけ心配がある。

 俺の時みたいに、足元から突然出現とかそういうのは無いのだろうか?


「アンタの例が稀よ。連中、私達を優先的に狙う癖に、自分達の領域からこっちに飛び出す時の狙いは、そこまで上手く無いのよ」


「しれっと心読むなよ」


「顔に出てるのよ」


 そんなに分かりやすいのか俺?まぁ、良いやそれは一旦、置いておいて馬のアビス・ウォーカーも俺を狙ったらしいけど、少し離れた場所に居たし、俺が音を出すまで見つけてる感じはなかったもんな。


『その辺りに興味があれば、いつでも僕に聞きに来ると良いよ先森君』


「ウッス」


 身の安全の為に学んでおくべきか、でも勉強は面倒だしな……という気持ちから自分が思っていた以上に軽い返事が出てしまったが、桜井さんが気を悪くした様子はなかった。


『先森君にとっては、力に目覚めてから初めての実戦となる。日野森君、君が出来る限りのフォローをしてやってくれ』


「分かってるって。もう二度と、同じような失敗はしないわよ」


 自信満々に髪をかきあげ、腰に手を当てるその姿は控えめに言って、かなり似合っており思わず、おぉっと小さく感嘆の声が漏れてしまったが、それにも気分を良くしたようでふふんっと微笑む日野森。


『よろしい。では、サードアイ諸君、君達の無事を我々は心より祈っている。決して、無理はするなよ』


「「了解」」


 俺達の返事に満足そうに頷くと、通信が終わりアプリが閉じた。

 さてと、このままサボってしまおうかなどと考えていると、日野森が教室に戻る訳でもなく、日陰になっている場所に座り弁当を取り出すのが見えた。


「教室、戻らないのか?」


「戻ってる時間が惜しいし、一緒に食べてた子達にはバイト先からの連絡で、もしかしたら遅くなるかもって言ってあるから此処で食べちゃおうと思ってね。アンタは?今から戻ってたらゆっくり食べてる時間なんて無いわよ?」


 あー……なるほど、確かに今から教室に戻って食べるのを再開すれば、昼休みは残り十分程度になるから、次の授業の準備も考えれば、慌ただしくなるだろう。

 女子らしいというか、可愛らしくそれでいて栄養価の事を考えているのが伺えるお弁当を食べている日野森を、思わず無言で眺めていると、グゥーっと腹の虫が鳴く。


「……アンタ、もしかして」


「何処かの猫かぶりのせいで、菓子パンが買えてないから昼飯抜きなんだわ」


「うっ」


 スッと目を逸らし呻く日野森と、追加で腹の虫が鳴る俺。


「とまぁ、責めたところで現実は何も変わんねぇから、序でにこの後の授業でもサボってその辺で飯食ってくるわ。九時には戻って来るから、安心しろ」


 そこの倉庫を利用すれば、学園をぐるっと囲ってる外壁も攀じ登れるし、ちょっと遠くまで足を運べば、サボりの生徒を見つけても何も言わない、個人経営の喫茶店もあるしそこ行って、ミートソースのパスタとブラックコーヒーでも頼んで、優雅な時間を過ごすか。

 

「ちょっと待ちなさい!」


「なに……って、本当になに?」


 日野森に呼び止められ、振り向けばそこには先ほどまで彼女が食べていた弁当が差し出されていた。

 ……中身は、半分くらい残ってるようだけど、え?本当になに?


「……わ、私もう、お腹いっぱいだから……良かったらあげるわ」


「日野森……お前に俺を気遣うという思考回路がある事に驚いてる」


「殴るわよ?」


 目が据わり、握り拳を見せつけて来る日野森に思わず、後ずさる。

 口開いたかと思えば、俺に対して辛辣でしかないコイツが、こんな気遣って来れば正直、嬉しさより驚き、困惑の方が勝るのは当然の摂理だと思う。


「……本当に良いのか?」


「良いわよ。私の責任もあるし」


「そっか。んじゃ、好意に甘えさせて貰う」


 日野森の手から弁当を受け取り、適当な所に座り、一口食べる。

 選んだのは小さめなハンバーグだったのだが、弁当に入っているにも関わらず柔らかく冷めても十分に美味しいものだった……うめぇな。


「自分で作ったのか?」


「いえ、お母様が作ってくれたものよ」


「ほー……んじゃあ、美味しかったって伝えておいてくれ」


 うん、他のお菜もめっちゃ美味い。

 日野森のお母さん、料理上手なんだな……母の味か、もう流石に思い出せないな。

 暫く、日野森とどうでもいい雑談を続けていると、元々の量が少ないのもあって弁当は綺麗に空になり、俺の腹は少しだけ膨れていた。


「うし、ご馳走様。助かった、日野森」


「そう。じゃ、夜、お願いね」


「あいよ」


 弁当を包み直し、立ち去っていく日野森の背中を見送って、数分だけ待ってから俺も教室に向かって戻る。

 サボっても良かったのだが、日野森から弁当を貰っておいてサボったら、彼女に後々文句を言われる気がして真面目に残りの授業にも参加したのだが、珍しいのか教室に入って来る教師達全員に、俺が居る事を驚かれた。

 そして、一度帰宅してから、夜の八時半頃に俺は学園に忍び込み先に来ていた日野森と体育館前で合流した。


「早いな、日野森」


「軽く見回りもしてたからね。というか、アンタが三十分も前に来る方が驚いたわ。ギリギリに来るか遅刻するのがお約束じゃないの?」


「うっせ、ヤンキー全員が遅れて来ると思うなよ」


「いや……そういう感性あるなら不良やってんじゃないわよ……」


 生憎、俺は好きな様に生きたくてヤンキーやってるだけなんで、規律とかに反発してる訳じゃないんだわ。

 まぁ、好きな様に生きる為に必要なら破ってきたけど……それでも警察とかの世話にはなりたく無いから、犯罪とかはしてない。


「ま、いっか。軽く見て回った感じ、アンタみたいな不良生徒は居なかったわ」


「ほー……つか、警備とか防犯どうなってるんだこの学園」


 普通は、この時間に簡単に侵入出来る訳がないというか校門が開いてるのが不思議だったし、防犯カメラとかセンサーとか警備員とか居るもんじゃないの?


「この学園の警備は、ADが買収してるわ。じゃないと、こんな簡単に侵入したり出来るわけないでしょ」


「流石は極秘組織……」


 俺達というか、正確には日野森が通ってる学園だったから、介入し易い様にしてたんだろうか?随分と、俺達に金を使ってくれるホワイト組織だな……いや、茂光さんの性格を考えれば当然か。


「今度、教師に紛れ込ませるつもりらしい。元々、計画にはあったんだけどアンタが見つかったから前倒しにするってさ」


「それは……有難いで良いのか?」


「さぁ?気ままな学園生活からは遠ざかるの間違いなしね」


 だよなぁ……監視の目があるってのはやっぱり無意識に気を使うというかなんというか。

 茂光さん達も悪気がある訳じゃねぇのは、分かるがそれとこれとは全くの別問題だな。


「そろそろね……良い、先森?体育館だと狭いし戦い辛いから校庭側に移動して、アビス・ウォーカーを誘き出すわよ。そいつが、一体なら主に私が攻撃するからアンタはフォロー、群れなら先手でアンタが飲み込んで。出来る?」


 時間を見て、キリッとした戦士と呼べる顔に切り替わる日野森に俺も否応なしに、背筋が伸びる。

 適度な雑談で気を紛らわそうと思っていたが、それも時間切れ──戦いが始まる。


「分かった」


 俺が頷いたのを確認すると日野森が、校庭側に歩き出したのでその背中を追いかけつつ周囲を警戒する。

 既に時刻は、二十一時になっておりいつ何処からでも、アビス・ウォーカーが出現してもおかしくない。

 心臓が、ドクドクと音を大きくしていき、思わず唾を飲み込んだ瞬間、ソイツは視線の二メートル先に現れた。


──姿形は、黒い霧で全体像がぼやけつつあるが、雄の獅子を連想させるものであったのだが、立髪に対応する部分はまるで触手の様なものが蠢き、巻き付いており生理的嫌悪を感じずにはいられなかった。

 そして、なによりも獅子からかけ離れている部分は胴体の部分に、一対の人の様な腕が生えておりその手に剣と盾を持っていた。


「……気色悪いし、生意気にも武器を使おうって訳?」


 獅子は既に俺達を捉えており、敵意を感じられる瞳を向けてきていた。

 目的地である校庭は、奴の後ろである為、戦いながら誘導していくしかないという面倒な形になってしまった。


「日野森」


「此処じゃ、狭すぎるわ。適度に誘導するわよ」


 体育館と校舎、そして校庭への行き来を可能とする連絡通路であるこの場所は、その使用用途に見合った広さしかなく、図体の大きい獅子を相手取ったり、距離を取って戦いたいであろう日野森には向いてない場所である為、校庭に行く為にも俺達は奴とのすれ違いを狙うしかない。


『ガァァァァ!!』


 獅子が咆哮と共に飛び掛かって振り下ろす、爪を日野森は余裕で、俺はギリギリのところで避けて全力で校庭目掛けて走り出す。

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