大和魂
『グルァァァア!!』
ただの咆哮で、焼け残っていた全ての建物が音を立てて崩れ落ち、厄災から放たれる強力な重力場が強まった為か、降り頻る雨が嵐の様に勢いを強め、雲が竜巻となって瓦礫の街を跡形もなく消しとばしていく……元々、人が住める様な場所ではなかった灰都が完全な更地へと確実に姿を変えていく中、絶対の滅びを前に抗う者達が反撃に出る。
「火よ、燃えろ!!人々に仇なす厄災を、灰燼に帰すほどに燃えよ!!」
「闇よ。包め、厄災を封印する箱となれ!!」
飛鳥の火の羽根が無数に散らばり、厄災を囲うと火山を彷彿とさせる引きおいで、火を噴き出し厄災を火の海に沈めると、そこへ綾人が作り出した真っ黒な闇が四角い箱となり、厄災が逃げ出せないよう囲っていく。
『グルァァァァァ!!』
「「ッッ!!」」
だが、その程度で厄災が発するバリアを破壊する事は出来ず、ただ力任せに身を捩るだけで彼らの連携は容易く突破され、天候すら書き換えるほどの暴力が迫る。
「綾人、手を!!」
「ダメだっ!!間に合わねぇ、飛べっっ!!」
地面を抉り砕き、飲み込みながら迫る厄災に飛鳥が伸ばしては、綾人に届くことなく彼は氾濫した川の如き、荒れ狂う厄災に飲み込まれていく。
「綾人!?」
慌てて追いかける飛鳥を迎撃する様に、血走った無数の瞳から今までとは比べ物にならないほどの巨大な光線が幾つも放たれ、必死の抵抗も虚しく直撃を喰らった飛鳥は、火の翼に風穴を開け、地面へと墜落する。
「ぐっ、ぉぉ!!」
『ガァァァ!!』
厄災という巨体を形成する闇の一部を、自らの力にしながら尋常ならざる剛力で、どうにか捕食を逃れている綾人だが、その背には高速で移動する厄災によって生み出される風圧を一身に受けていた。
「クソッ……!?」
グンっと彼に襲いかかる圧力の向きが変わり、僅かに見える眼下には崩れゆく灰都の景色が広がる。
不味いと焦る綾人を他所に、厄災はグングンと高度を上げていき、綾人の吐き出す息は白く染まり、身体が凍え始める。
過去に飛鳥と共に、かなりの高度を飛んだ綾人であるが、その時は飛鳥という燃え盛る熱源がいた為に、耐えられた寒さであり今、彼女が居ない状態での高高度は、明確な死の象徴だ。
「……闇よ。我が身を包め!」
耐え抜く為に闇を身に纏い、自らの生命力へと変換する綾人だが、噛みつきに抵抗するための力へと回す分が減った為に、彼の手に厄災の牙が刺さり出血し、そのままあまりの冷たさに凍りつく。
雲を抜け、空気が薄くなり、宇宙との境目に差し掛かった瞬間、再び厄災を向きをかえ、一気に地上目掛けて降下する。
『グルァァァァァ!!!!!』
昇ってきた時より早く、暴力的な加速度で落下する厄災と綾人。
人は脆い生き物だという事を、厄災はよく知っていた。
高高度ですらなく、高々、ビルの三階から飛び降りるだけでも当たりどころが悪ければ、人間は死ぬ脆い生命だと人から人へと向けられた殺意によって、生み出されている厄災は知っていたのだ。
「闇よ!!」
『グルァァァァァ!!』
巨大過ぎる質量が高速で落下した事により、崩れゆく灰都にまるで隕石でも落下したんじゃないかというクレーターが形成され、更に荒れ狂う嵐と巻き上がった灰と土煙によって、辺り一帯が瞬く間に何も見えなくなり──そこから勝ち誇る様に咆哮を上げる厄災が、その姿を現し全ての障害を吹き飛ばす。
「……」
クレーターの中央で、どうにか纏った闇で肉体がミンチになるのを避けたものの、あまりの衝撃と痛みで立ち上がる事の出来ない綾人は、はっきりとしない視界の中で、厄災を睨み付ける。
「(本気出したら……こんな一瞬で俺達がやられちまうのか……)」
追い込んだと思ったら、一気に形成は逆転し、もはや飛鳥も綾人も動く事すらままならない。
けれど、滅びの厄災に一切の慢心はなく、地に伏せる彼を殺そうと大口を開き、黒い光線を蓄えていく。
「……すまねぇ」
誰に向けた謝罪か。
綾人の口から、後悔に塗れた言葉が零れ落ち、全てを飲み込む黒い極光が放たれる刹那、ヘリコプター特有の音が鳴り響き、自衛隊の者達が飛び降りていく。
『グルァァァァァ!!』
突如として目の前に現れた者達を殺そうと、厄災が上を見上げて未だに自衛隊の者達が降下しているヘリコプターへと狙いを変えると、地上から戦車による砲撃が放たれ、物理法則に縛られない厄災に直撃する事はないが、厄災が纏うバリアに着弾し、轟音と爆炎を上げて厄災の視線を覆い隠す。
「今だ、回収を急げ!!」
「子供達を死なせるな!!」
攻撃ヘリや、戦闘機までも姿を現し、厄災へ次々と攻撃を放っていく。
アビス・ウォーカーにサードアイ以外の攻撃手段は通用しないと、事前のブリーフィングで言われてもなお、子供の危機、国民の危機に留まっておく事ができなかった者達の必死の抵抗が厄災に向けて放たれ、瞬く間に厄災は煙に包まれる。
「こちら、回収部隊、英雄の場所へ辿り着いた。これより連れ戻ります!」
「……どう、して……」
「君たちを死なせないと約束したんだ。それに、元々、こういった災害時に武器を手に取り、戦うのが私達だ」
倒れたままの綾人を担ぎ上げ、ヘリコプターが降ろしたロープに、自分ごと巻きつける自衛隊員は通信機で合図を送ると、ロープが回収されていくが担がれている綾人の視線の先で、数名の自衛隊は敬礼を行うと歩兵武器を手に持ち、厄災へと接近していく……明らかに無謀な行為だと言うのに彼らの顔に恐れは一切なかった。
「「「うぉぉぉぉ!!!!」」」
──少しでも良い、時間を稼いで彼らが再起するだけの猶予を生み出す。
悔しいが自分達では、この滅びを前にして抗う手段を持ち得ないが、だからと言ってただ黙って何もせず、希望が潰えるのを見届けるほど、愚かでも諦めが良い者達ではないのだ。
「まってくれ……これじゃあ……」
「何か思う事があるのなら、傷を身体を少しでも癒してくれ。我々は君達という大きな希望を頼りに、この地に来ているんだ……良いぞ!!引き上げてくれ!!」
綾人と飛鳥を乗せたヘリコプターが、戦地を離れていく。
その背で、黒い光線が光り輝き爆音が悲鳴を掻き消す。
「怯むなぁぁ!!放てぇぇ!!」
大勢が死んだ、共に飯を食らい、共に苦しい訓練を乗り越え、共に楽しき思い出を共有した者達が。
それでも数秒後には訪れるであろう死の恐怖に抗いながら、雄叫びを上げ、自らを奮い立たせる彼らの必死な抵抗が、若き英雄達を逃し──古き英雄を目覚めさせた。
「うっ、わぁぁ!!」
その自衛隊員は、不幸な事に今回が初の任務であった。
歩兵隊である彼は、先輩達と共に銃を握り化け物を前に、必死に引き金を引いた。
しかし、化け物にとって豆鉄砲ですらない攻撃では、ただ化け物を苛立たせるだけで倒せる訳もなく、身を捩ると共に放たれる黒い波が若き隊員の所属する隊を、吹き飛ばそうとし──金色に輝く稲妻が、黒い波を掻き消すどころか、大元まで遡り、厄災のバリアにヒビを入れた。
「──全く、今時の若いもんは、命を粗末に考えてしかたねぇな」
ただでさえ、枯れ木の様に細い身体がボロボロになっているというのに、金色に輝く稲妻を身に纏う姿は、正しく雷神の如き、威容を放っており彼の背後にいる者達の心にあった恐れを掻き消していく。
「いや、儂等程ではないか……お前らの大和魂は儂が確と見届けた。これよりはこの死に損ないに任せぃ」
折れた日本刀を右手に握り締め、停止した心臓を無理やり動かしながら、三度、現世に舞い戻った伊藤 源三郎は若き日の様に獰猛な笑みを浮かべ、厄災のヒビ割れたバリアを斬り裂き、まずは一つと右眼を貰い受けるのだった。
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