滅びに抗う者達
アビス・ウォーカーとは、幾年もの間、人類が目を背けてきた自らの業の集合体である。
人だけを襲い、人の生み出した武器や科学を使い、憎悪を撒き散らすその姿が何よりもの証拠だとアビス・ウォーカー及び、サードアイ研究の第一人者は語る。
隣人を憎む。
金持ちを妬む。
友人だった者に殺意を抱く。
異なる言葉を使う者を、誰のものでもない世界を切り分ける為に殺す。
人という生き物は他の生物に比べて、本能を抑え制御する極めて高い知性を有しているにも関わらず、その知性から育まれた豊かな感情が、同族を滅ぼす業を生み出し、群れを形成し優れた者を仰ぎ、自然にはない強力な武器を持つようになった。
──故に、厄災は人類の業を自らの力で再現したのだ。
己という群れを生み出し、己とはコインの裏表の関係にあるサードアイの者達を殺す為に。
厄災の瞳に映る敵は、たったの二人だが憎悪を持たぬ者と我らとは対極の者を前に、那由多ほど先の可能性ではあるが、自らが敗北する未来を感じ取っていた。
『──ァァァア!!!!!!!!』
火と闇の槍に貫かれ、身動きの取れない厄災が吠えると同時に、全ての厄災が彼らへと襲いかかる動きには、微塵も慢心はなく速攻で仕留めるという意思が如実に現れている。
「ふっ──!」
翼を大きく広げ、羽ばたくと真上へと勢いよく上昇する飛鳥は、下で爪を構える綾人への心配を微塵もする事なく、自らに惹きつけられた厄災の群れをチラリと見てから、逆V字を描き反転すると燃え盛る蒼い刀で大口を開ける厄災の一体を、バターの様にスラリと切り裂き、燃やし尽くす。
「手応えが軽い?」
時を同じくして、飛鳥に釣られなかった厄災を見つめながら、綾人はゆっくりと前に向かって歩き出しそのまま、大口を開けた厄災に飲み込まれ──腹部に風穴を開けて飛び出し、骸を吸収し自らの力へと変える。
「外見だけか。まぁ、攻撃力はオリジナルと遜色なさそうだが」
放たれた黒い光線が地面を抉るのを見ながら、綾人は空中へと身を翻し、身動きの取れなくなった彼を狙った厄災が降り注ぐ火の羽によって、穿たれ燃え上がる。
「助かるっと、闇よ我が敵を呑め!」
飛鳥の背後をとった厄災が黒い球体に触れるとその姿が粒子となって消え去る。
「お互い様よ!それより気がついた?」
「あぁ!一体一体の耐久力は高くない!今の俺たちなら、多少力を温存しても殺せる!」
「とはいえ……この数が問題よね」
一体一体は確かに脆いが、今もなお彼らの視界を埋め尽くすほどの厄災が蠢いており、彼らを吸収し力を補充できる綾人は兎も角、幾ら温存しても戦闘続きの飛鳥がガス欠を起こすのは、明らかでありその事実に気がついている飛鳥は、僅かに表情を歪めている。
「……少しだけ時間を稼いでくれ。そうすれば俺が全部、片付ける」
「分かったわ」
厄災の群れから距離を取る様に後方へと飛び退く綾人と、彼を守る為に纏う火を激らせる飛鳥。
具体的になにをするかは聞いていないが、それでも彼がやると言ったのなら信じるのが飛鳥という女であった。
「さぁ、来なさい!」
『──ァァァァア!!!!!!!!』
群れを成して迫る厄災へと飛び込んでいく飛鳥は、舞い散る羽根による爆撃を四方へとばら撒き、気を引くと同時に飛び上がり、放たれる黒い弾幕を高スピードを維持しつつ、躱していきながら時折、自分への興味を失い綾人へと迫る厄災に向け、火球を放ち小規模な爆発を起こし群れの大半を自分へと惹きつける。
しかし、それでも中にはダメージを受けてもなお、飛鳥ではなく綾人へと向かう個体もいる為に、彼女は舌打ちをしながら今度は本体へと詰め寄っていく。
「アンタらは所詮、劣化コピー……本体の危機とあれば見逃せないでしょ……!」
雨と見間違うほどの黒い弾幕をゲームで鍛えた反射神経と、戦闘経験で培った予測を元に一切の被弾なく突き進むその姿は、まるで流星の如き有り様で駆け抜ける青い火の鳥は、槍で未だに固定されている厄災本体へと辿り着く。
『■■──!!』
全ての瞳が飛鳥を睨みつけ、黒い光線を放ち、それらが発する強い重力場が彼女を引き寄せ、身体の自由を制限するが実体のない火の翼に穴を空けるだけで、本体を貫く事はない。
元々、直撃を許されない環境で戦っているサードアイの者達にとって回避は必須技能である為だ。
「力を貸して……布都御魂御剣!」
再三の主の呼び掛けにも関わらず、火を激らせ青い火が刀身から広がっていき、周囲一帯を明るく照らし出す。
『ァァァ……!』
彼女は一切知る由もないが、人間の恨み嫉みと云った負の感情をエネルギー源とし、実体を獲ている厄災にとって飛鳥が──いや、火ノ守の一族が使う浄化という強い意志が込められた布都御魂御剣は、一切の負の要素を持たない数少ない弱点である。
その為、本体をやられては敵わないと全ての厄災が身を翻し飛鳥へと迫るが、それより早く剣は厄災へと振り下ろされる。
「やぁぁあ!」
黒い衝撃波の様なバリアと布都御魂御剣がぶつかり合う余波によって、数体の厄災が粒子へと消えていくが、流石は本体と言ったところか、バリアを貫く事は出来ず拮抗状態へと移行し、そうなれば剣に全力な飛鳥よりも余力を残している厄災の方が有利であり、バリアの向こう側で開かれた瞳から赤い光が輝き出した瞬間、全ての光を飲み込む闇の帷が下りた。
「──人を暖める事は出来なくとも、静かに安らぎを与える暗き闇よ。その暗き優しさにて、人の業を受け止めただ静かな眠りを与えたまえ」
両手を広げた黒い影の様な女性が綾人によって、下された闇の帷の中に浮かび上がると大きな腕で、無数の厄災を抱き抱える。
『──!?……』
触れられた瞬間、抵抗する厄災達であったが、やがてゆっくりと目を閉じていき安らかな表情を浮かべると腕の中に、静かに沈んでいき──本体以外の全ての厄災が消え失せ、新しく生まれ落ちようとする厄災も全て彼女が受け止めると同時に消えていく。
「やれ、飛鳥!!」
「……アンタ、本当に規格外ね!!」
守りを気にする必要がなくなった飛鳥は全力を、布都御魂御剣に集めバリアを徐々に貫通していく。
厄災も死なない為の抵抗として、攻撃を試みるが綾人の生み出した女性の腕が伸びてきて、攻撃を吸収されてしまい、抵抗すら儘ならぬ内に、厄災の視線の先でバリアを貫通した切先が姿を現す。
このままであれば、厄災は死ぬのだろうと自分を定義した。
持たざる者達の嘆きの集合体である己は、やはりなにも出来ずに消えゆく運命なのだと化け物でありながら、永き時間の中で獲得した知性が告げ──次の瞬間には荒れ狂う嵐の様な慟哭が全てを否定しろとその身を貫いていた。
産みの親である持たざる人間達からも、不要だと棄てられた掃き溜めに生を受けた己が、最後の慟哭すらも棄ててしまえば、悲しみの中で生を終えた者達まで不要になる……それを厄災という滅びは受け入れられなかった。
『──ガァァァァァ!!!!!』
「なに!?」
身体を貫く槍を無理やり捕食し、同化させ力を得た厄災はバリアを広域に展開し、飛鳥を吹き飛ばし、綾人の生み出した女性すらも否定する。
再び、自由になった身体を空中で畝らせながら眼下の人間達を睨みつける。
『ガァァァ!!!!』
炉心とも言える核を顎の下、所謂、逆鱗と呼ばれる場所に出現させながらその身を赤黒く染め上げる厄災。
前向きに考えれば、弱点を自ら曝け出したと言えるが、逆に言えば内に留めておく事が出来ないほどの膨大なエネルギーを解放したという事だ。
「……」
──ピクリと倒れていた者の指先が動いたが、誰も気がつく者はいない。